「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
前回までのあらすじ!
コハルのお家にオジャマしている。
「コハルの母です〜。まぁ、そんなカタくなんないでよ。話はたっぷり聞いてるからさ」
バチバチの
「うちのコハルがいつもお世話になってるんだってね」
コハルママは俺の肩を、ぽんぽん叩く。
この距離だとデコルテが目につき、俺は視線のやり場に困る。
「ちょ、ママ!」
コハルは珍しく慌てた様子で、
「出てくるならもっとちゃんとした服で来てよ!」
お母様と俺の間に割って入る。
「んだよー、減るもんじゃなし。カレシさんがわざわざウチまで来てくれたんだから、挨拶くらいするっしょ」
「まだ心の準備ってもんがあるの! もう、トーマ、早くアタシの部屋行くよ!」
コハルは俺の腕をぐいっと引っ張った。
見れば、彼女の耳の先まで真っ赤になっている。
インフルエンサーとして何百万人もの視線を浴びているコハルも、身内の前では完全にペースを崩されていた。
「あ、えと、お母様!」
引きずられながらも、俺はどうにか礼儀を捻り出す。
「本日はお休みのところ突然お伺いしてしまい、申し訳ありません! 後ほど改めてご挨拶させてください!」
するとコハルママは、ニヤリとワイルドな笑みを浮かべる。
「んふふ、いーよいーよ。ゆっくりしてきなー。あ、コハルの部屋、防音仕様だから。アタシらそろそろ出てくから、
「ママっ!」
コハルが顔から火が出そうな勢いで叫ぶ。
「あとで説教だからね! もう!!」
俺の腕を強く引いて、逃げるように階段を駆け上がっていく。
背後からは、ママさんの豪快な笑い声が、いつまでも楽しげに響いていた。
◆
階段を上がり、廊下の突き当たりにあるドアを開ける。
分厚い防音扉が閉まった瞬間、階下からの喧騒が嘘のように断ち切られた。
「テキトーにくつろいじゃって」
そう言ってコハルが招き入れてくれたそこは、イマドキのギャルの部屋だった。
デスクには、撮影用と思しきリングライトやマイクアームが鎮座している。ドレッサーには流行りのコスメが並ぶ。
その脇の棚には、シミュレーションゲームのパッケージや、ライトノベルが整然と並んだ本棚があった。
陽キャの極みのような空間に、突如として顔を覗かせるゴリゴリのオタクカルチャー。
部屋全体をほのかに香る、ココナッツの香り。
コハルの多面性が一室に凝縮されていた。
俺はクッションの一つに腰を下ろす。
いきなりベッドに座るわけにもいかないし、キャスター付きのゲーミングチェアを奪うのも気が引けたからだ。
すると、コハルはもう一つのクッションを抱え、俺のとなり──肩と肩が触れ合いそうな距離に、ピタリと身を寄せた。
「…………」
「…………」
無言。
防音室に外界の音は届かない。エアコンの微かな駆動音だけ。
沈黙は重くない。
むしろ、落ち着いている。
「初めて話した日のこと、覚えてる?」
ふいに、コハルがぽつりと呟いた。
クッションを抱きしめ、膝の上に顎を乗せたまま、どこか遠くを見るような目。
「覚えてるよ。一年生の、ちょうど今頃だった」
俺は頷く。
コハルと出会った季節はちょうど、梅雨の真っ只中だった。
「そ。アタシが雨ざらしになってるの見て、『ウチ近いから』って雨宿りさせてくれたんよね」
……実際には、ずぶ濡れのコハルの方から「着替えさして〜」と俺の部屋に上がり込んできたのだが。
いいムードだから言いっこなしだ。
「……今になって思うと、コハルは無防備すぎだね」
俺は少しだけ説教じみたトーンで言った。
当の俺からすれば嬉しいイベントだったが、いくらなんでも危なっかしすぎる。
「一人暮らしの男の家に上がり込むのは危ないよ。ダメだよ、絶対」
横を向いてたしなめると、コハルもこちらを向き、俺の目を見つめ返してきた。
至近距離。
長いプラチナブロンドから、ココナッツの甘い匂いがふわりと漂う。
「そう思うよ。……トーマだから、だよ」
悪戯っぽい表情と裏腹の、ひどく真剣な声。
俺の心臓が、トクン、と跳ねた。
「え……そんときからなの?」
「そんときから、って?」
コハルの艶めく唇が、意地悪そうに弧を描いた。
「まさか、『今のコハルちゃんはトーゼン俺のことが好きだけど、もしかして一目惚れだったのカナ??』って聞いてるわけ? そういうの、女の子に言わせたい系? 言わせたい系だ? えー、もー、トーマってアタシのこと好きすぎか〜〜?」
「好きだよ?」
「はぅあ!?」
コハルは変な声を出した。
余裕たっぷりの笑みが崩れ、みるみるうちに頬から耳まで真っ赤に染まっていく。
「う……あー、くっそー」
コハルは小さな両手で顔を覆った。
「今のトーマはフユちゃんの力で強くなりすぎてるなぁ。からかいがいのない……」
コハルは口元をクッションに埋め、ぶつぶつと恨み言を呟いた。
俺がささやかな勝利感に酔っていると、コハルは気を取り直すように、コホンと小さく咳払いをした。
「……トーマって、変なことしなそうだし、誰にも言わなそうだし。まあ、タオルと服を貸してもらうくらいならイイかぁ、って思ったんだよね」
少しだけ早口で、言い訳するように語るコハル。
でも、その直後。彼女はクッションから顔を上げ、ドヤ顔を復活させて俺に向かってピースサインを作った。
「アタシ、人を見る目あるし」
自信満々にそう言い切った彼女の笑顔は、出会ったあの雨の日から何一つ変わっていない、それはそれは眩しいものだった。
人を見る目がある、か。
そう言われては、こちらとしては嬉しくて言い返せないなぁ……
などと思っていると。
ヴヴッ。
コハルのスマホが鳴った。
LINEの通知だ。
コハルはスマホを手に取り、画面をスクロールする。くりくりした瞳には、いつもより真剣な色がある。
「どしたの?」
俺の問いかけに、
「ガールズトークで〜す」
コハルは軽く答えた。
突っ込んで聞きたいところだが、どうにもはぐらかされそうだ。
コハルは何を見ていたのだろうか?
◇◇◇
同刻、文芸部室の前にて。
締め切られたドアの前、フユミはスマホを確認する。
フユミはコハルからのLINEに、たった一言だけ返信した。
『任されました』
フユミは決意を胸に、扉を叩く。
返事はない。
「入るわよ」
ドアを開ける。
その中では、ナツキが椅子に深く腰掛け、うなだれていた。
ナツキは、わずかに顔を上げる。
虚ろな瞳が、フユミの姿をとらえる。
「……なんで、あなたが来るんですか」
かすれた小声は、静かな文芸部室の中ですら響かなかった。
「別に。どんな顔してんのか見に来ただけよ」
フユミは後ろ手で鍵を締めた。
ガチャン、という音とともに、ナツキとフユミは二人きりになった。