「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第18話 コハルのおうち

 前回までのあらすじ!

 コハルのお家にオジャマしている。

 

「コハルの母です〜。まぁ、そんなカタくなんないでよ。話はたっぷり聞いてるからさ」

 

 バチバチの睫毛(まつげ)の奥から、ぱっちり二重(ふたえ)が俺を見る。

 

「うちのコハルがいつもお世話になってるんだってね」

 

 コハルママは俺の肩を、ぽんぽん叩く。

 この距離だとデコルテが目につき、俺は視線のやり場に困る。

 

「ちょ、ママ!」

 

 コハルは珍しく慌てた様子で、

 

「出てくるならもっとちゃんとした服で来てよ!」

 

 お母様と俺の間に割って入る。

 

「んだよー、減るもんじゃなし。カレシさんがわざわざウチまで来てくれたんだから、挨拶くらいするっしょ」

 

「まだ心の準備ってもんがあるの! もう、トーマ、早くアタシの部屋行くよ!」

 

 コハルは俺の腕をぐいっと引っ張った。

 

 見れば、彼女の耳の先まで真っ赤になっている。

 インフルエンサーとして何百万人もの視線を浴びているコハルも、身内の前では完全にペースを崩されていた。

 

「あ、えと、お母様!」

 

 引きずられながらも、俺はどうにか礼儀を捻り出す。

 

「本日はお休みのところ突然お伺いしてしまい、申し訳ありません! 後ほど改めてご挨拶させてください!」

 

 するとコハルママは、ニヤリとワイルドな笑みを浮かべる。

 

「んふふ、いーよいーよ。ゆっくりしてきなー。あ、コハルの部屋、防音仕様だから。アタシらそろそろ出てくから、()()()()()、ね?」

 

「ママっ!」

 

 コハルが顔から火が出そうな勢いで叫ぶ。

 

「あとで説教だからね! もう!!」

 

 俺の腕を強く引いて、逃げるように階段を駆け上がっていく。

 

 背後からは、ママさんの豪快な笑い声が、いつまでも楽しげに響いていた。

 

 

 階段を上がり、廊下の突き当たりにあるドアを開ける。

 分厚い防音扉が閉まった瞬間、階下からの喧騒が嘘のように断ち切られた。

 

「テキトーにくつろいじゃって」

 

 そう言ってコハルが招き入れてくれたそこは、イマドキのギャルの部屋だった。

 デスクには、撮影用と思しきリングライトやマイクアームが鎮座している。ドレッサーには流行りのコスメが並ぶ。

 

 その脇の棚には、シミュレーションゲームのパッケージや、ライトノベルが整然と並んだ本棚があった。

 

 陽キャの極みのような空間に、突如として顔を覗かせるゴリゴリのオタクカルチャー。

 

 部屋全体をほのかに香る、ココナッツの香り。

 コハルの多面性が一室に凝縮されていた。

 

 俺はクッションの一つに腰を下ろす。

 

 いきなりベッドに座るわけにもいかないし、キャスター付きのゲーミングチェアを奪うのも気が引けたからだ。

 

 すると、コハルはもう一つのクッションを抱え、俺のとなり──肩と肩が触れ合いそうな距離に、ピタリと身を寄せた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言。

 防音室に外界の音は届かない。エアコンの微かな駆動音だけ。

 

 沈黙は重くない。

 むしろ、落ち着いている。

 

「初めて話した日のこと、覚えてる?」

 

 ふいに、コハルがぽつりと呟いた。

 クッションを抱きしめ、膝の上に顎を乗せたまま、どこか遠くを見るような目。

 

「覚えてるよ。一年生の、ちょうど今頃だった」

 

 俺は頷く。

 コハルと出会った季節はちょうど、梅雨の真っ只中だった。

 

「そ。アタシが雨ざらしになってるの見て、『ウチ近いから』って雨宿りさせてくれたんよね」

 

 ……実際には、ずぶ濡れのコハルの方から「着替えさして〜」と俺の部屋に上がり込んできたのだが。

 

 いいムードだから言いっこなしだ。

 

「……今になって思うと、コハルは無防備すぎだね」

 

 俺は少しだけ説教じみたトーンで言った。

 当の俺からすれば嬉しいイベントだったが、いくらなんでも危なっかしすぎる。

 

「一人暮らしの男の家に上がり込むのは危ないよ。ダメだよ、絶対」

 

 横を向いてたしなめると、コハルもこちらを向き、俺の目を見つめ返してきた。

 

 至近距離。

 長いプラチナブロンドから、ココナッツの甘い匂いがふわりと漂う。

 

「そう思うよ。……トーマだから、だよ」

 

 悪戯っぽい表情と裏腹の、ひどく真剣な声。

 

 俺の心臓が、トクン、と跳ねた。

 

「え……そんときからなの?」

 

「そんときから、って?」

 

 コハルの艶めく唇が、意地悪そうに弧を描いた。

 

「まさか、『今のコハルちゃんはトーゼン俺のことが好きだけど、もしかして一目惚れだったのカナ??』って聞いてるわけ? そういうの、女の子に言わせたい系? 言わせたい系だ? えー、もー、トーマってアタシのこと好きすぎか〜〜?」

 

「好きだよ?」

 

「はぅあ!?」

 

 コハルは変な声を出した。

 余裕たっぷりの笑みが崩れ、みるみるうちに頬から耳まで真っ赤に染まっていく。

 

「う……あー、くっそー」

 

 コハルは小さな両手で顔を覆った。

 

「今のトーマはフユちゃんの力で強くなりすぎてるなぁ。からかいがいのない……」

 

 コハルは口元をクッションに埋め、ぶつぶつと恨み言を呟いた。

 俺がささやかな勝利感に酔っていると、コハルは気を取り直すように、コホンと小さく咳払いをした。

 

「……トーマって、変なことしなそうだし、誰にも言わなそうだし。まあ、タオルと服を貸してもらうくらいならイイかぁ、って思ったんだよね」

 

 少しだけ早口で、言い訳するように語るコハル。

 でも、その直後。彼女はクッションから顔を上げ、ドヤ顔を復活させて俺に向かってピースサインを作った。

 

「アタシ、人を見る目あるし」

 

 自信満々にそう言い切った彼女の笑顔は、出会ったあの雨の日から何一つ変わっていない、それはそれは眩しいものだった。

 

 人を見る目がある、か。

 そう言われては、こちらとしては嬉しくて言い返せないなぁ……

 

 などと思っていると。

 

 ヴヴッ。

 

 コハルのスマホが鳴った。

 

 LINEの通知だ。

 コハルはスマホを手に取り、画面をスクロールする。くりくりした瞳には、いつもより真剣な色がある。

 

「どしたの?」

 

 俺の問いかけに、

 

「ガールズトークで〜す」

 

 コハルは軽く答えた。

 

 突っ込んで聞きたいところだが、どうにもはぐらかされそうだ。

 

 コハルは何を見ていたのだろうか?

 

 

◇◇◇

 

 

 同刻、文芸部室の前にて。

 

 月澄(つきずみ)・フユミ・エインズワースが立っていた。

 

 締め切られたドアの前、フユミはスマホを確認する。

 

 フユミはコハルからのLINEに、たった一言だけ返信した。

 

『任されました』

 

 フユミは決意を胸に、扉を叩く。

 

 返事はない。

 

「入るわよ」

 

 ドアを開ける。

 その中では、ナツキが椅子に深く腰掛け、うなだれていた。

 

 ナツキは、わずかに顔を上げる。

 虚ろな瞳が、フユミの姿をとらえる。

 

「……なんで、あなたが来るんですか」

 

 かすれた小声は、静かな文芸部室の中ですら響かなかった。

 

「別に。どんな顔してんのか見に来ただけよ」

 

 フユミは後ろ手で鍵を締めた。

 

 ガチャン、という音とともに、ナツキとフユミは二人きりになった。

 

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