「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第20話 ☆ナツキ「私と同じ」

 ナツキが泣き止むまでに、さほどの時間はかからなかった。とうに何度も泣いていたから、ものの数分で枯れ果てた。

 

 その間ずっと、フユミはただ、そこにいた。

 慰めるでも突き放すわけでもなく、そこにいた。

 

 不意に、BGMが途切れる。静寂が広がる。

 ナツキは腫らした目をこすり、ぽつりと呟いた。

 

「……フユミさんは、嫌じゃないんですか」

 

 かすれ声は続く。

 

「自分が一番じゃなくなっちゃうの、嫌じゃないんですか。誰かに取られちゃうの、怖くないんですか」

 

 ()()を口にしてしまえば、もう取り返しがつかない。

 恥ずべきだ。軽蔑されても仕方ない。ナツキ自身、それがどれほど見苦しい問いかけであるか理解していた。

 

 それでも、一度こじ開けられた感情の蓋は、もう閉まらなかった。

 

「アキハ先輩に嫉妬したり、しないんですか?」

 

「嫉妬するわよ」

 

 フユミの返答にナツキはハッと息を呑み、顔を上げた。

 

「あったりまえでしょ」

 

 視線の先で、フユミはひどく堂々としていた。

 

「妬ましくて妬ましくて、しょうがないわよ。アキハ先輩は、トーマの命を救ってくれた。トーマが『死んでもいい』って自暴自棄になったとき、アキハ先輩が無理に手術を強行したからこそ、今のトーマは生きている……。命の恩人なんだから、私よりも深い関係なのかも」

 

 そして、それだけじゃない。

 フユミは、張り詰めた無表情で言葉を紡ぐ。

 

「あの人は、何でも完璧にできちゃうから。トーマを虜にするくらい簡単でしょうね。スラッとしててスタイルも良いし、顔だって優しそうでキレイ系だし。……何より、ヘンなトコ子どもっぽいのが可愛いのよね。男の人って、アキハ先輩みたいな女がふと隙を見せると、コロッと行っちゃうでしょ」

  

 だから、妬ましい。

 フユミは、淡々と、しかし熱を帯びた声で、そう言い切った。

 

「それに、コハルも。あの子はね……裏表がない。それって、サイアクじゃない? 本当はすごく頭が良いのにそれを隠してて、でもイヤミがないの。ただ思いやりがあって気遣いが上手なだけ。明るくて、カラッとしてて、誰にでも優しくて。それなのに、肝心なときには何も言わずに静かに寄り添ってくれるのよね。……あと、これはただの偏見だからナイショにしてほしいんだけど。コハルって、ああ見えてすごくピュアなとこ、あるでしょ?」

 

 図星を突かれたナツキは、自分では何も反応を返さなかったつもりだった。

 

 しかし、フユミは鋭かった。

 

「やっぱり。コハルみたいな子がピュアだなんて……ズルいでしょ。トーマが夢中になるわけだわ」

 

 ため息混じりのフユミの言葉が、室内の空気に溶けていく。

 

 いつの間にかテレビからの音楽は止んでいる。

 真昼の陽光がカーテンの隙間から差し込み、文芸部に漂う塵埃を、キラキラと輝かせる。

 

 世界から隔離されたような静寂が、二人を包んでいる。

 

「で、あなた」

 

「え……?」

 

 フユミから不意に矛先を向けられ、ナツキは一瞬きょとんとした。

 

 フユミは目を丸くするナツキを真っ直ぐに見据え、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「私ね。……あなたみたいに、なりたかったの」

 

 ナツキは自分の耳を疑った。

 思わずフユミの顔を凝視する。しかし、フユミの涼やかな瞳は、一切の冗談を孕んでいなかった。

 

「お人形さんみたいにちっちゃくて、可愛くて。誰が見ても守ってあげたくなるような、あなたみたいな女の子がよかった。……私、こんなに大きくなるつもり、なかったのよ」

 

 そう言って、フユミはわずかに微笑し、ほんの少しだけ自嘲気味に肩をすくめた。

 

 この人も、こんなふうに笑うのか。

 

 ナツキはそう思った。その瞬間。

 

(……ああ)

 

 ナツキの胸の奥で、カチリと何かが噛み合った。

 

 思えば自分は、ずっと分厚い色メガネで彼女を──月澄(つきずみ)・フユミ・エインズワースという存在を見ていたのだ。

 

 完璧なお嬢様。正妻。常に余裕があり、トーマを導く圧倒的な強者。強く、鋭く、決して折れず曲がらぬ、気高い少女だと思っていた。

 

 その思いは、今も変わらない。彼女は確かに強い。

 

 でも、きっと、それだけじゃなかったのだ。

 

 誰かを妬んだり。

 自分の手が届かないものを、心底欲しがったり。

 背丈のことで、密かにコンプレックスを抱えていたり。

 そんな、ごく普通の、泥臭くて人間くさい乙女心が、この完璧なフユミの中にも確かに息づいていた。

 

(……フユミさんも、私と同じなんだ)

 

 ナツキは、ゆっくりと息を吐き出した。

 フユミも少なくとも、今の自分と同じくらいには、もがき、悩み、嫉妬する一人の女の子なのだ。

 

 その事実が、凍りついていたナツキの心を、徐々に溶かしていった。

 

 

 

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