「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第21話 ☆フユミ「死んでも好きだから」

「さて、どうしましょうかね」

 

 フユミは小さな吐息とともに、トーンを切り替えた。さきほどまでの重苦しい空気を切り裂くような、どこかサバサバとした響きだった。

 

「私たち四人で過ごすってことは、妬み合いながら過ごすわけだから……今のうちに、わだかまりは(ほど)いときましょ。ナツキも、アキハ先輩が気になるんでしょ?」

 

 碧眼が向けられる。

 ナツキの細い喉が、う、と呻いた。

 

 図星である。

 ナツキにとって、木南(きなみ) 秋葉(あきは)という存在は、フユミと同等以上の嫉妬の的だ。

 

 あらゆる点において完璧な女性。先輩(トーマ)の命の恩人であり、フユミの次にトーマと結ばれた女。気になって気になって仕方がない。

 

 だが、どう言語化したものか見当もつかない。

 ナツキは、わずかに目を伏せ瞳を泳がせる。小さな手に力がこもる。

 

 それらの些細な動作だけで、

 

「アキハ先輩に、何か恩があるの?」 

 

 フユミは本音を読み取った。

 

「アキハさんは、私の、最初の……」

 

 ナツキは言い淀みつつ、適切な表現を探す。

 

 見当たらない。

 ナツキが覆面小説家として新人賞を取った直後、真っ先にコンタクトしてきたのがアキハだった。日本一の財閥令嬢による規格外のプロデュースによって、ナツキはミリオンセラーを連発し、ヒットメーカーへと押し上げられた。

 

 ビジネスの枠を超えた関わりもずっとある。雑談なら、対面かLINEで毎日している。ナツキにとってアキハは無二の存在だ。

 

 しかし、友人とは言い難い。

 小説家とパトロンで、後輩と先輩で、恋敵で……特異でイビツで不思議な関係。

 

 ナツキは言葉に窮した。

 

「腐れ縁、ってトコかしらね」

 

 フユミがぽつりと(こぼ)した言葉が、ナツキの胸の奥にすぅっと落ちていった。

 

 そう言われれば、その通りだ。

 的確に過ぎる表現を、仮にも小説家の自分がなぜ思いつかなかったのか。

 

 ナツキは不思議な心地を覚えた。

 

「腐れ縁なら、私と同じね」

 

 フユミは、雨上がりのように爽やかに笑った。

 

 ()()()()

 

 それは、今ここで秘密を共有しているフユミとナツキの関係を指しているのか。

 それとも、フユミとアキハとの関係がそうであるという意味だろうか。

 

 きっと、その両方なのだろう。ナツキはそう思った。

 

「まあ、私としても同じ気持ちなのよ。アキハ先輩には……思うところがあるわ」

 

 フユミは、組んでいた脚をゆっくりと組み替えた。

 

「トーマの命の恩人だし、私がトーマと仲直りするキッカケを作ってくれた人だし。感謝してもしきれない恩がある。……そして……私からトーマを寝取った、泥棒猫でもある」

 

 感情の読めない声だった。

 無感情なのではなく、いくつもの色が混じっていた。

 

 窓の外では太陽が天辺に達した。陽光は容赦なく世界を照らしつける。

 

 網膜を焼くほどの日射しの最中(さなか)、フユミは真っ直ぐ虚空を見据える。ややうつむいた美貌を、ブロンドの前髪が覆い隠す。

 

 黄金色のストリングカーテンの奥、涼やかな碧眼が、青白い炎の如くに燃えさかる。

 

 不意にフユミは目をつむった。

 部室を支配していたヒリつくような熱がふっと散らされた。

 

「あの人、昔っからああでしょ?」

 

 フユミの微笑みは呆れ混じりで、どこか母性的だった。

 

「ワガママで飽きっぽくて、高飛車で寂しがり屋で、強情(ごうじょ)っぱりで子どもっぽいのよ」

 

「……確かに」

 

 うなずいたナツキの脳裏に、この三年間の記憶がフラッシュバックする。

 

 急な呼び出しに応じて向かってみれば、高級ホテルのラウンジで。

 優雅にティーカップを傾けていたアキハ先輩は、こちらに気付くと無邪気に手を振って招く。

 

 当意即妙に文学を語る。

 その数分後には、気まぐれでボードゲームを始める。少しでも劣勢になると頬を膨らませる。毎回勝利するのに、圧勝できない限り何度でも再戦したがる。

 

 負けず嫌いの子ども。

 それが木南(きなみ) 秋葉(あきは)という人だ。

 

 フユミは、やれやれと首を振る。

 

「アキハ先輩がトーマを好きになった理由も、だいたい想像つくわ。チョッカイかけてるうちに、ムキになって好きになっちゃったのよ、あの人。……私のときもそうだったから」

 

 心底呆れたように長いため息をつくフユミ。

 

 だが、その表情は柔らかい。手のかかる姉妹について語るような顔だった。

 

 フユミはアキハを泥棒猫と呼び捨てながらも、彼女を心から許容していた。

 

 しかし、ただ黙って引き下がるつもりもない。

 

「だから、仕返ししてやりましょうよ」

 

 フユミは、悪戯を企む子どものように、口角を吊り上げた。

 

「……え?」

 

 ナツキは耳を疑う。フユミは無言で微笑む。

 

 しばしの静寂の後、ナツキは顎先に手を当てた。

 

「仕返し、ですか」

 

「そう」

 

 フユミが頷く。金髪が肩からさらさらと流れる。

 

「アキハ先輩はね、私が一番だってことは認めてるの」

 

 フユミは満面の笑みで得意気に、人差し指を立てる。

 

「でも、私の次は絶対に自分だって確信してる」

 

 言いながら、二本目の指を立ててみせる。

 

「だから、その二番目の座を、ナツキがかっさらっちゃえばいいのよ」

 

 フユミはVサインを振り振りしてみせる。

 

「あなたもそれで、多少はスッキリするでしょう。そういう『スッキリ』は大事だから」

 

 それに、とフユミは言葉を継ぐ。

 

「あの人もたまには(くじ)けたほうがいいのよ。なんでも思い通りになるなんて、大間違いなんだから」

 

「……そんな意地悪をして、大丈夫でしょうか」

 

 ナツキが少しだけ眉をひそめて尋ねると、フユミは小さく肩をすくめた。

 

「どんな意地悪したって大丈夫よ、あの人は。最強だから」

 

 冗談めかして信頼を示すフユミ。

 

 一方のナツキは、

 

「あ、いえ。アキハさんの心配なんてしませんよ」

 

 淡々と辛辣だった。

 

 フユミは少々、目をみはる。

 ナツキとアキハの関係性は、思っていたより腐れ縁のようだ。

 

 対するナツキは思案顔──というより、心細げな表情を見せる。

 

「私がそんな意地悪をしても、先輩は私のことを、好きでいてくれるでしょうか」

 

 フユミはキョトンとする。

 そして瞬きを二、三度繰り返し――やがて、

 

「──あははははっ!」

 

 笑い飛ばした。

 

「なんだ、そんなことだったのね!」

 

 ああ、おかしい。

 フユミは無邪気に大笑いする。その反応を受け、ナツキは少々ムッとする。

 

「笑い事ではありません。深刻な実存の問題ですよ」

 

「大丈夫よ。問題になんてならないわ。あいつ、アタシたちのこと好きだから」

 

 フユミは目尻の涙をぬぐい、当然のことのように言う。

 

「死んでも好きだから」

 

 ナツキは微動だに出来なかった。

 

 事実である。

 トーマは脳の血管奇形が見つかった際、記憶障害のリスクを恐れ、手術を拒絶した。

 ナツキやフユミたちとの記憶を保持するためだけに、トーマは命を懸けようとした。

 

 先輩(トーマ)のそういうところが、私は──。

 

 ナツキが没頭する直前、

 

「ねえ」

 

 フユミが声のトーンを落とす。

 

「最初に言ったこと、覚えてる?」

 

 ナツキは記憶を遡る。

 ナツキが『あなたのことが嫌いです』と言い放った際、フユミは『気が合うわね』と返したのだ。

 

「私も、私が嫌いなの」

 

 フユミは自嘲して、ナツキを見つめた。

 

「嫉妬深くて、お節介で、表裏が激しくて。めんどくさくて、重くて……そんな自分のことが、ずっと嫌いなの。──でも」

 

 フユミの碧眼は真っ直ぐだった。

 

「トーマが『好きだ』って言ってくれたから。……トーマが好きだから。トーマが好きなら、好き。自分のことも、みんなのことも、あなたのことも」

 

 凛然とした声が、文芸部室の薄闇に響く。

 呆気にとられるナツキの前で、フユミは小さく肩をすくめてみせた。

 

「でも、なんでもってわけじゃないわよ。生魚と納豆は今でも苦手」

 

 軽口が、空気をふんわり和らげた。

 

「じゃあ、私は帰るから。話したいこと話せて満足したわ」

 

 またよろしく。

 フユミはそう言い残し、去っていった。

 

 バタム、と重厚な防音扉が閉まる。

 後に残されたナツキは、椅子に座ったまましばらく放心していた。

 フユミの残した言葉、その温もりを反芻していると、仔犬の鳴くような音が響いた。

 

 ナツキのお腹の音だった。

 

「……ウーバーにしようかな」

 

 文芸部室で一人きり、ナツキはぽつりと呟いた。

 

 

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