「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
ピロン、と。
コハルのベッドの上に放り投げられていたスマホが、短い通知音を鳴らした。
俺はついつい視線をやる。
画面にポップアップしたのは、一通のメッセージ。
送り主はフユミ。
文面は、『お話できました』。
たった一言、句点もスタンプもない簡潔な文面だった。
コハルはスマホを胸に抱きかかえ、ため息を長く吐き出した。
俺は思わず口を開いた。
「うまくいったみたいで良かったよ」
コハルの部屋にお邪魔してからというもの、俺はずっと気になっていた。
コハルの振る舞い。
いつも通り明るくフランクだったが、その笑顔の裏で、ずっと何かを気にしていた。
ふとした瞬間の表情や、声音のわずかな張り。俺に心配をかけまいと、精一杯に心を抑え込んでいるのがわかった。
ナツキのことだろう。
俺が倒れたせいで、罪悪感に沈んでしまった、俺のたった一人の後輩。
ナツキが今どんな状態なのか、そしてコハルがフユミに何を頼んでいたのかは、想像に難くない。
「あ。まーたアンニュイな顔してる」
コハルは俺の顔を下から覗き込む。
そしてパッと花が咲くような、いつもの笑顔を浮かべる。
「トーマってさぁ、ヘンなとこ敏感だよね〜。あ、エッチな意味じゃないよ?」
からかう口調でコハルが笑う。
今度は虚勢でもなんでもない、本当に安心しきった、あどけない笑顔だった。
「臆病なだけだよ、俺は」
俺は苦笑まじりにそう返した。
フユミと疎遠になって以来、仲良くしてくれる人に嫌われることが二度とないよう、周りの顔色をうかがって生きてきた。
そのせいで身についた察しの良さだ。
褒められたようなシロモノじゃない。
「んーん。そういうとこ、アタシは好きだよ」
こつん、と。
コハルが、俺の肩に自分の頭を乗せてきた。
さらさらとしたプラチナブロンドの髪から、いつものココナッツの甘い香りが、俺の鼻腔をくすぐった。
「ねえ、トーマ」
コハルは俺の肩に頭を乗せたまま、甘えるような声で囁いた。
「覚えてる? アタシたちの、
「覚えてるよ、もちろん」
忘れるわけがない。
俺とコハルが、ただのクラスメイトから、少しだけ仲良くなった日のこと。
◆
一年前の梅雨。
灰色の雲が空を覆い、五月雨がしとしとと降り続く放課後のことだった。
俺は通学路の途中で、あるものを見つけた。
屋根付きのバス停で、雨宿りをしている少女。
火伏《ひぶせ》 琥春《こはる》。
YouTuberでTikTokerでInstagramerのインフルエンサーだ。
入学して間もないというのに、すでに学年中で名前を知らない者はいないほどの一軍である。
だが、その日の彼女はいつもの華やかさとは打って変わって、ひどく儚げで所在なさげだった。
制服は雨でビショ濡れ。雨具を持っていないらしい。
白い夏服のブラウスが肌に張り付き、何とは言わんが派手な色のそれがくっきりと透けてしまっていた。
目のやり場に超困る。
何よりこのままじゃ、絶対に風邪を引いてしまう。
俺が傘を差し掛けようと近づくと、彼女がふと顔を上げた。
「あれ? 日村くんじゃん」
俺は内心、かなり驚いた。
一軍のトップギャルが、俺みたいな地味なモブ男子の名前を覚えていてくれたのかと、不覚にも喜んでしまいそうになった。
だが、すぐに思い直す。
同姓の有名なお笑い芸人がいる。だから、たまたま記憶の片隅に引っかかれたのだろう。
俺は勘違いをしない。オタクは勘違いをするから絶望するのだ。
ところで、その日は梅雨冷えで。
半袖では肌寒いほどに気温が低かった。
彼女の華奢な肩が、わずかながら震えている。
「
俺が声をかけると、彼女はきょとんとした顔で俺を見つめた。
バチバチのメイクが雨でやや落ちている。
スッピンも相まって、彼女の呆け面は何とも幼く見えた。
しまった。
あまり話したこともない女子に、いきなり「家からタオルを持ってくる」と言うのはキモかった。
とっさに自省して、雨音の中で冷や汗をかく俺。
しかし次の瞬間、彼女は「ふふん」と満足げに笑ってくれた。
「日村くん、やさしーねー。……じゃ、シャワー貸して?」
「……はいっ?」
突拍子もない提案に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
男の家でシャワー?
このギャル、警戒心というものがないのか?
戸惑う俺に、彼女は両手を合わせて拝み倒す。
「おねがい! 水道代と光熱費は倍にして返すから!」
「いや、お金とかそういう問題じゃなくてさぁ……」
とはいえ、ぷるぷる震え始めている彼女を放っておくわけにも、この濡れネズミ状態で帰らせて風邪を引かせるわけにもいかない。
「……わかった。ホントにすぐそこだから」
俺は頷きつつ、彼女を我が家へと招き入れた。
◆
我が家の浴室でシャワーを浴び終えた彼女に、俺はとりあえず母の服の予備を引っ張り出して貸した。
少し大きめのルームウェアを着た
「ありがとー。……これ、日村くんの彼女の?」
からかうような視線に、俺は慌てて首を振る。
「いやあ、母のです」
「あっは、なんで敬語〜?」
彼女はツボに入ったのか、ケラケラとおかしそうに笑った。
それから、珍しそうに俺の部屋を見渡し、本棚の前でピタリと足を止める。漫画しか置いてないのに……待てよ、ToLOVEる置いてあった気がする。気付かないでくれ! 頼む!
「お、カグラバチあんじゃ〜ん。単行本まだ買ってなかったんよね。読んでいい?」
「あ、いいっすよ」
「さんきゅ〜!」
俺が許可を出すと、彼女は我が物顔でリビングのソファにコロンと寝転がり、漫画を読み始めた。
なんという適応能力の高さ。そして無防備さ。
風呂上がりのいい匂いがリビングに漂い始めて、俺はなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
とりあえず何か温かいものでも出そうと、俺はキッチンに立つ。
「ココア作るけど、火伏さんも飲む?」
俺が背中越しに尋ねると、ソファから弾んだ声が返ってきた。
「え、いいの? ありがとー」