「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
アタシが日村くんへの恋心を自覚してから、2ヶ月以上が経った。
ゴールデンウィーク真っただ中。
アタシたちはいつものように、日村くんの部屋で肩を並べてマリオパーティをやっていた。
画面の中では、キャラクターたちがドタバタとミニゲームを繰り広げている。
けど、アタシの脳内はゲームどころじゃなかった。
……なんで誘ってこないの、このヘンテコ男子は!
コントローラーのボタンをガチャガチャと押し込みながら、アタシは心の中で盛大に叫んだ。
あの日、雪道で自分の恋心を自覚してから。
アタシは強めにアピールしてきたつもりだ。
用事もないのに家に入り浸って、一緒にご飯を食べて、休みの日も何かと理由をつけて隣り合っている。
「……あ」
「どったの?」
日村くんは気の抜けた声をかけた。
「いや、なんでもない」
アタシは適当にごまかした。
アタシたちにとって、一緒にいるのは
アタシは日村くんに恋する前から、日村くんと過ごしてきた。
今さら恋人になるために、何をすればいいのか分からない。
あー、こういうことか。
フユミちゃんが何で日村くんに厳しいか、改めて分かった気がする。
近づけるのに、届かない。
すぐ隣にいて、寄り添ってくれる。それが心地よくて、好きになってしまう。
でも日村くんは、絶対に自分から触れようとはしない。それがもどかしい。
ちょうどいい距離感が心地よいから一緒にいたのに、今は『もっと踏み込んできてよ』と思ってしまう。
自分勝手、かまってちゃん、めんどくさい女。
そんな自分がイヤになってくる。
不真面目なアタシでもそうなんだから、マジメなフユミちゃんは、もっと辛かっただろう。
ため息がこぼれた。
「どしたの、ホントに」
日村くんはコントローラを置いて、私の顔を覗き込む。
「今日は……」
日村くんは何か言いかけて口ごもる。
「気圧差あるからね。ホットココア用意しようか」
「生理じゃないよ」
「俺の配慮を返してくれよマジで!」
日村くんは恥ずかしそうに顔を覆う。
大きな手の隙間から見える表情は、安心感で緩んでるようで……日村くん、アタシのこと心配してくれたんだ。
日村くん、アタシのこと結構すきだな?
アタシも日村くんが好き。
好きなのに、好きだから、ちゃんと伝えられなくてグルグル悩んでしまう。
こういうのがイヤだから、恋なんてしたくなかったのに。
今のアタシは全然アタシらしくない。
「…………日村くんさぁ」
口が勝手に八つ当たりを言う。
「女の敵だよね」
「え゙、今の俺が悪いんですか!?」
「いや、アタシが悪い。アタシが女の子なのが」
「哲学?」
「そーかも」
首をかしげる日村くんを置いて、アタシは考える。
受け身じゃダメだ。
このまま待ってたら、卒業するまでずっと放課後の友達で終わってしまう。
──よし。
アタシは小さく息を吸い込み、覚悟を決めた。
日村くんがビビって踏み出せないなら、アタシから誘う。
今日で一気に、恋人になっちゃおう。
画面を見つめたまま、アタシは口を開いた。
「今日はさ〜」
日村くんの目線が、横目でこちらに向くのを感じる。
「カラオケ、行かない?」
ドキドキして震えそうになる声を、できるだけ平坦に保つ。
「おー、いいね」
日村くんは、いつも通りの、少し気の抜けた声で返事をした。
よしっ!!
アタシは内心で小さくガッツポーズをする。
「じゃ、決まりね。フリータイムで入ろ」
「うん」
平静を装ってそう返したけど、コントローラーを握る手には、じわじわ汗が滲み出す。
ただカラオケに行くだけじゃない。
今日、絶対に日村くんを落としてみせる。
◆
「いやー、やっぱ火伏さんチョー歌上手いね」
日村くんが拍手をしながら言う。
「へへーん、昔からやってるからね」
アタシはピースサインで返した。
カラオケに訪れたアタシたちは、一時間ほど歌い続けていた。
アタシの家の最寄りの、駅前にあるカラオケ。
二人で外で遊ぶときは、だいたいアタシの家の近くまで来てもらうことにしている。学園や日村くんの家の辺り一帯は都会だから人が多くて、ファンの人に見つかりかねないから。
それに、
アタシは明らかに浮かれてる。
「次、日村くんの番ね!」
「ん。なに歌おっかな〜」
「履歴から選べば?」
デンモクを渡すふりをして、少しだけ身を乗り出す。肩と肩が触れるくらいに。
日村くんは少しビクッとして、さりげなく距離を放す。でも、嫌がっているわけじゃない。
耳の先が少し赤くなっているのが、薄暗い部屋でもよく分かった。
初々しくて、ぎこちない。
友達以上、恋人未満。
この甘酸っぱくて安全な距離を潰すために、今日アタシはここに来た。
でも、いざ二人きりになるとアタシも変に緊張してしてしまっている。
最後の一歩が踏み出せない!
そうこうしているうちに、帰宅間近になってしまった。
「あー、歌ったねー」
「うん。楽しかった。火伏さん、やっぱ歌うまいよね」
日村くんが満足げに笑いながら、テーブルの上のスマホを手に取った。
その瞬間。
「あ、電車止まってる」
画面を見た日村くんの顔から、スッと血の気が引いた。
アタシも自分のスマホを開く。
ニュースアプリの通知が何件も溜まっていた。
気象情報。運行情報。大雨。強風。倒木の影響により運転見合わせ。復旧の目処は立たず。
「あらら……」
日村くんが使う路線が、見事に全て止まっていた。
カラオケにいたせいで気づかなかったが、外は大荒れらしい。
「電車、いつ動くか分かんないなぁ」
タクシーも無さそう、と日村くんは続ける。眉が下がった困り顔。
どうしよう、とアタシが口を開きかけた、その時だった。
ピロン。
アタシのスマホに、LINEのメッセージが届いた。ママからだ。アタシの無事を確認するメッセージの下には、
『ヒヨリと一緒に、近くのお姉ちゃんの家に泊まらせてもらうことになった』
と書かれていた。
つまり──
アタシは、固まってしまった。
電車が止まって、日村くんは家に帰れない。
そして今夜、アタシの家には
これって。
アタシが日村くんを、自宅に泊めるしかないってことじゃん。
「火伏さん? 大丈夫? 親御さん心配してる?」
日村くんが覗き込んでくる。
「あ、ううん! なんでもない!」
アタシは慌ててスマホを伏せた。
心臓の音は、耳に響くほど高鳴っている。
カミサマなんて信じてなかったけど、もしいるんなら最高のプレゼントだ。
自分から誘う勇気が出なかったアタシに用意された、これ以上ない
「とりあえずドリンクバー行ってくるよ。火伏さんは次もオレンジジュースでいい?」
日村くんは呑気に立ち上がり、空のグラスを掴んだ。アタシは慌ててうなずく。
「う、うん。お願い」
「了解。すぐ戻るね」
バタム。
防音扉が閉まり、日村くんが部屋を出ていく。
アタシは一人きり。
スマホカメラを手鏡代わりに、前髪とメイクを整え直す。
顔が赤い。触ると熱い。バカみたいに
「らしくねぇ〜〜」
自分で自分を笑い飛ばしても、恋心は冷めてくれない。
ひとしきり笑い終えてから、アタシは息を整える。
そして、
「……よし」
これまでの人生で一番の覚悟をした。