「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第30話 ナツキ「ずっと隣に置いてください」

 文芸部室へ続く廊下を歩きながら、俺は頭の中でナツキへの言葉を探していた。

 

 俺の気持ちを伝えたい。伝えなきゃいけない。

 

 どう言えばいい。

 ナツキは頭がいい。俺が取り繕った言葉を並べても、絶対すぐに見抜かれる。

 

 下手な言い訳は逆効果だ。

 

 じゃあ正直に言えばいいのか。

 

 正直にって、何を?

 

 好きだ。

 その気持ちは本当だ。

 でも、四股をかけておいて「好きだ」の一言では済まない。

 

 そして、今後の学園生活をどうするのかも決めていない。観客の前でナツキとキスしてしまったわけで……お互いにどうすべきなのか、全く決めていない。

 

 ナツキはきっと、悩んでいる。

 あいつは不器用だから、悩み出すと寝られなくなる。食えなくなる。視野狭窄でグルグルし続ける。

 

 ……俺と、よく似ている。

 

 どうすればいい。

 何を言えばいい。

 

 答えの出ないまま、足だけは止まらなかった。

 

 旧校舎の廊下は静かだった。

 文化祭の賑わいは遠く、窓から差し込む西日が、古びた床板をオレンジ色に染めている。

 

 文芸部室の扉の前に立つ。

 

 ノック。

 

 返事はないが、気配がある。

 

 中から音がして、扉が開いた。

 

 ナツキがいた。

 

 四人がけのテーブルの端、いつもの席。

 

 テーブルの上には1.5Lコーラと、開封済みのピザの箱。でかい。Lサイズだ。一人で食うサイズじゃない。両手にピザを一切れずつ持っている。

 

 目が合った。

 

「ナツキ、俺は──」

 

 ナツキは無言だった。

 

 俺のことをまっすぐ見ながら、口をもぐもぐしている。リスみたいになってる。ってかこいつピザ食いながら両手にピザ持ってたのか? ワンパクにも限度あるだろ。

 

 俺が呆然と眺めているうちに、ナツキはピザを飲み込み、右手に持っていた一切れを口へ運ぶ。咀嚼、嚥下。

 

 そして、左手の一切れに口をつけつつ、右手で隣席をポンポン叩いた。

 

 ……やはりまだ言葉に迷って、俺に何も言えないのか。感情の整理がついていないのか。それとも、俺への怒りを言葉にできないのか──

 

 いや違う。

 こいつ、口いっぱいにピザ頬張ってるから喋れないだけだ。

 

「……おじゃまします」

 

 俺はナツキの隣に座った。

 

 ナツキはごくん、と豪快に飲み込んでから、ピザの箱をこちらへ向けた。

 

「一緒に食べましょう」

 

「……⋯⋯いただきます」

 

 俺はピザを一切れ手に取った。

 

 チーズと、トマトと、バジルの匂いがする。冷めているが、悪くない。むしろうまい。そう言えば、朝食を食べたきり何も口に入れてなかった。

 

「うまいなぁ、これ」

 

「でしょう。奮発しました」

 

 ナツキは「ふふん」と鼻で笑って誇ってみせた。

 

「一人で食べるには多くないか?」

 

「先輩が来ると思ってたので」

 

「え、マジで?」

 

「ええ。アキハさんから連絡がありましたし」

 

 あの人、ほんとに全知全能だな……。

 

 俺たちはしばらく黙って食べた。

 文芸部室は静かだった。コーラの泡が弾ける音を、聞き取れるくらいに。

 

 ナツキは意外とよく食べる。小柄なくせに、俺とほぼ同じペースで、同じ量のものを平気でたいらげる。覆面作家の実態は、健啖家であった。

 

 以前、一緒にコラボカフェに行ったときも、サンドイッチとケーキをぺろっと完食していた。俺が驚くと、彼女は『往年の大食いヒロインのようでしょう』と笑った。

 

「ナツキ、よく食うよな」

 

「何ですか、乙女に対して」

 

「ごめんって」

 

「セクハラですよ」

 

「ピザの話だよ!?」

 

 ナツキは最後の一切れを手に取る。俺が一瞬だけ視線をやると、

 

「……半分にしますか」

 

 きまり悪そうに言った。なんでここでそんな表情ができるんだコイツは……。

 

「いや、食べな」

 

「遠慮しなくていいですよ」

 

「食べなって」

 

「では」

 

 ナツキはピザを二つに割り、片方を俺に渡した。受け取らぬわけにもいくまい。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 ナツキは涼しい顔で、自分の取り分をもぐもぐした。

 

 全部食べ終わってから、ナツキはコーラの入ったコップを手に取った。一気に(あお)り、口元を手で覆う。

 

「けふっ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ナツキが顔を背ける。耳が赤い。横髪を整えるふりをして、ナツキは耳を隠した。

 

 今さらゲップで照れるなんて。

 

「これ可愛いって言ったらセクハラか?」

 

「セクハラです」

 

「でも可愛かったと思う」

 

「無敵ですか?」

 

 はあ、全く。

 

 ナツキはため息をついてから、表情を切り替える。さっきまでのポップな空気がスッと凪いだ。

 

「覚えてます?」

 

 静かな声だった。

 

「コハルさんと、三人で文芸部室に泊まったときのこと」

 

「覚えてるよ」

 

 忘れられるはずない。

 脚本制作のための合宿という名目で、かなり破廉恥にギリギリを攻めてしまった。俺が暴発して賢者タイムに至らなかったら、多分、大変なことになっていたはずだ。

 

 その点においてのみ、俺は自分の堪え性の無さに感謝している。

 

 それに、

 

「ナツキが『名前で呼んでほしい』って言ってくれた日のことだからね。忘れられないよ」

 

「んなっ──!?」

 

 ナツキは不意打ちを食らったように驚く。小さな手の甲で口元を覆う。透き通る白皙(はくせき)は分かりやすく赤らむ。

 

 驚きに見開かれた瞳は、抗議の意で細められる。

 

「先輩は……いつもそういう風に誑(たぶら)かしてきたわけですよね、私たちを」

 

「うっ」

 

 俺はうめいた。

 それを言われると弱い。

 ナツキは、恨めしげに言葉を続ける。

 

「私も、アキハさんも、フユミさんも、コハルさんも。先輩の毒牙にかかったわけです。この色魔(しきま)、女たらし、スケコマシ」

 

「どれも今日び聞かないけども……」

 

 事実なので抗弁できない。

 

 ナツキは意地悪そうな笑みを浮かべる。その表情すら愛らしいのだから、美少女というのは得である。

 

「合宿中に、言いましたよね。『できることなら何でもする』、って」

 

「……ゆ、ゆってない」

 

「でも頷きましたよね」

 

「…………はい」

 

 俺は観念した。

 ナツキは小さく息を吐いてから、ゆっくりと体を傾ける。

 

 そして俺の胸に、頭を預けた。

 すみれの花の香りが、ふわりと鼻をくすぐった。

 

「ずっと隣に置いてください」

 

 小さな声だった。

 

 俺は何も言えなかった。返す言葉を探しているうちに、ナツキが続けた。

 

「私は……一番になりたかったんです」

 

 声は静かで、淡々としていた。

 

「一番になったら、特別な誰かが私を見つけてくれると思ってたんです。ずっとそう思ってた。だから書いて、賞を取って、それでも親は私を見てくれなくて、だから、もっと書いて……」

 

 ナツキは遠くを見るような目つきになる。そして、少し間を置いてから、

 

「でも、一番って何なんでしょうね」

 

 問いかけるような声で、そう言った。

 

「競い合って優勝したら一番なんでしょうか。その『一番』って、永続したりはしないのに」

 

 ナツキは顔を上げて、俺を見た。

 

「先輩って馬鹿だから」

 

 その通りだから反応に困る。

 

「死んでも私たちのことが好きですよね」

 

 その通りだから大きくうなずく。

 

「好きだよ。もちろん」

 

 ナツキは少しの間、俺の顔を眺めていた。それから、ふっと微笑んだ。

 

 大人が子どもに見せるような、ひどく落ち着いた微笑だった。

 

「じゃあ」

 

 ナツキは再び俺の胸に頭を預け、言った。

 

「私はあなたの隣に居続けます。何があっても居続けます。ずっとずっと、居続けます」

 

 淡々とした声に、揺るぎない確信があった。

 

「私が最年少ですから、私が誰よりも長生きします。今際の際に二人きりになったら──」

 

 ナツキは無邪気に笑ってみせる。

 

「私が絶対に、永遠の一番です」

 

 俺は笑った。

 

 (こら)えようとしたけど、無理だった。声を出して笑ってしまった。

 

 俺は笑いながら、ナツキの頭に手を乗せた。

 

「それ、最強だな」

 

 髪を撫でる。ビロードのような感触。

 

「でしょう」

 

 ナツキは得意げに、しかしくぐもった声で言った。俺の胸に顔を埋めているから、表情は見えない。

 

 でも、耳の先が少し赤いのは分かった。

 

 俺たちはしばらく、そのままでいた。

 

 

 

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