「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

118 / 142
第31話 ナツキ「すぐに済むので」/☆コハル「宣戦布告ですよっ!」

 俺はナツキと2人で寄り添い合って、ゆるやかな時間を過ごす。

 

 文化祭の喧騒は、文芸部室の防音設備に阻まれている。うだるような夏の熱気は、冷房完備のこの部屋には入り込めない。

 

 俺たちは世界に取り残されているかのようだった。

 

 ナツキの穏やかな息遣いが聞こえる。黒髪を手で梳くたび、スミレの花の香りがふんわりと漂う。

 

 俺はというと、窓越しに空を眺めていた。

 青く澄み渡る七月の空に、入道雲が立ち上る。ゆっくりゆっくりと形を変えていくその様を、俺は見つめていた。

 

「ところで」

 

 ナツキは出し抜けに、俺の腕の中で声を上げた。

 

「今後については、心配しないでください」

 

「何が?」

 

「昨日のことです」

 

 ナツキが演劇の上演中、観客の前で俺とキスしたことだ。

 

「私は目立つつもりはありませんから。また瓶底メガネをかけて髪を乱しておけば、同一人物だと気づく人間はほとんどいないでしょう。そもそも私は授業に出ないので、何とかなるはずです」

 

 ナツキは平然と言ってのけた。

 

「……それ、本気で言ってる?」

 

 授業には出ておいたほうがいいし、ナツキに身を隠すようなことはしてほしくない。

 

「本気です。私の素顔を知っている人間は、事実上、先輩を含む四人のみです」

 

 俺とフユミとコハルとアキハ先輩の四人だ。

 ナツキはたまにしか授業に出ないので、彼女を知る者は極端に少ない。

 

「私は元々、目立つのは嫌いなので」

 

 ナツキは有無を言わさぬ口調で断じる。

 

「正体不明の美少女として、静かに生きていきます」

 

「自分で言う? 正体不明の美少女って」

 

「事実の陳述です」

 

 キリッと言ってのけるナツキ。決め顔は凛然としている。顔が良いと得するな、ほんとに……。

 

「あと」

 

 ナツキは続ける。

 

「フユミさんとコハルさんのファンクラブの方々についても、問題ないかと」

 

「マジで?」

 

「さすがに、観劇中に倒れた人間を袋叩きにはできないでしょう。誰しも、多少は世間体を気にするものです」

 

「それは……俺の気絶を言い訳にする、ってコト?」

 

「免罪符と言ってください」

 

「より悪くないか!?」

 

「事実を述べているだけです。先輩は倒れました。当面の間、その事実が抑止力になります。稼いだ時間でアレコレ工作しましょう」

 

「工作って……」

 

 俺はナツキの謀略に(おのの)く。

 

「まるで、アキハ先輩みたいなことを」

 

「私といるのに他の女の話とは、随分と良い御身分ですね」

 

 アカン墓穴掘った!

 ナツキが俺を見上げる。感情の読めない瞳は、それはそれは冷たく、俺は思わず身震いした。

 

「ところで先輩。この後の予定は決まっているのですか?」

 

「予定? 別にないけど、なんで?」

 

「『なんで』って、今日は七曜祭の最終日ですよ?」

 

 言われてみれば、その通りだった。

 朝はアキハ先輩とタカさんと過ごし、そのままコハルの家にオジャマして、文芸部室へ訪れ、今に至る。

 

 濃密なスケジュールのせいで時間感覚がおかしくなっていたが、よくよく考えれば、今日は七曜祭の最終日。

 

 とは言え、もろもろが一段落特した今、特に予定はない。

 

「もしかして、ヒマなんですか?」

 

 ナツキの問いは単刀直入だった。

 

「ま、そういうことになるね」

 

 俺の答えは、曖昧だった。

 

「そうですか」

 

 ナツキは机上のリモコンを手に取った。

 

「──言質を取りましたよ」

 

 ピ、という電子音。

 カチッ、という金属音。

 

 文芸部室は、電子的に施錠された。

 

「お、おい、何を……」

 

 戸惑いを隠せない俺を置き、ナツキは窓へ向かう。カーテンを閉めきる。

 

 夏の真昼の最中にて、文芸部室は闇に隔てられた。

 

 ナツキは振り向く。大きな瞳は薄暗い部屋の中で、猫のそれのように光り輝いていた。

 

「先輩、スマホの電源を切ってください」

 

 俺が言葉を返す前に

 

「すぐに済むので」

 

 ナツキは、そう言った。

 

 一体これから、何が始まるのか。

 

 俺の心臓は、ずきずきと高鳴りはじめた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 同刻、七曜学園の第二会議室。

 

 木南(きなみ) 秋葉(あきは)火伏(ひぶせ) 琥春(こはる)は、テーブルとティーセットを挟み、向かい合っていた。

 

 うだる夏の午後、クーラーの効いた室内で、優雅なティータイム。

 

 ──だけでは済まないことくらい、二人とも理解している

 

「さて、話というのは何でしょうか?」

 

 アキハの優雅な声を聞き、コハルは我に返った。

 

 見惚れていた。

 完璧。完全。そういう言葉で人を褒めるのは珍しくない。コハルもよく褒めるし、褒められる。

 

 だが、木南(きなみ) 秋葉(あきは)より、『完璧』な人がいるのだろうか。

 

 濡烏の長髪、黒曜の瞳、白磁の肌。

 たおやかで澄んだ声、ほのかなダマスクローズの香り。

 

 一瞬で分かる美しさに、コハルは畏敬の念を禁じ得なかった。

 

 だからこそ、コハルは言ってのける。

 

「宣戦布告ですよっ!」

 

 アキハはティーカップを手に持ったまま、ぴたりと固まる。絵画みたいな光景だ、とコハルは思った。

 

「────なるほど」

 

 アキハはコハルの目を見据え、静かに一言つぶやいた。

 

 あからさまに敵意を向けたわけではない。が、そのプレッシャーは凄まじいものだった。コハルは、自分の体がズッシリ重くなったようにすら感じた。周囲が急速に冷え込む。空調によるものとは異なる悪寒。

 

(世界観が違うよ〜!!)

 

 コハルは胸中で悲鳴を上げるが、今さら引き下がるわけにもいかない。

 

 目をぎゅっとつむり、気を張り直す。

 

「フユミちゃんに先を越されちゃった以上、アタシも黙ってられません。どうせならと思って、言いに来たんです」

 

「ふむ……」

 

 アキハは紅茶にティースプーンを差し込み、ゆっくりと掻き混ぜはじめた。琥珀色の液体が渦を巻くのを、アキハは一瞥もしない。ただ、コハルを見つめている。

 

 銀製のティースプーンは、夏日を受けて眩しく輝く。反射光がチカチカとコハルの目に射し込む。しかしコハルは、瞬き一つしない。ただアキハを見返していた。

 

 アキハはコハルを見つめつつ、優雅に紅茶を傾けた。一息ついてから、尋ねる。

 

「わからない点が、いくつかあります。『フユミさんが先を越した』というのは、どうしてわかったのですか?」

 

「トーマの雰囲気を見ればわかりますよ、そのくらい」

 

 コハルの即答に、アキハは楽しげな笑みを浮かべる。

 

「ええ、まあ、そうでしょうね。では、二つ目。なぜ、私たちが競い合う必要があるのですか?」

 

 アキハの声は静かだったが、声色は愉悦を隠しきれずにいた。

 

「一位以外は二位も最下位も一緒。どんな競争においてもそうです。ここは仲良く譲り合う、でも良いのではないですか?」

 

「心にもないこと言ってますね。アキハ先輩、二位を勝ち取る気まんまんでしょう」

 

 コハルの断定に、アキハは

 

「ふふふ」

 

 天真爛漫な笑い声を漏らす。

 

 コハルは改めて実感した。

 アキハは、自分でコントロールできない状況を楽しんでいる。なんでもできるからこそ、操れない物事に興味を示している。

 

 あらゆる分野で一位を取り続けてきたからこそ、今のアキハは戸惑っている。

 

 二位に甘んじるしかない自分に戸惑っている。

 そして、二位を勝ち取りたい自分に戸惑っている。

 

 その戸惑いを無邪気に愉しんでいるのだから、この人は相当な変人だ。

 

 コハルは心からそう思った。

 

 アキハはと言うと、浮かれたような様子で紅茶を注ぎ直していた。

 

 そして、ちらりとコハルを見やる。

 

「……最後の質問です。なぜ私に、宣戦布告したのですか? 黙ってやれば済むことをわざわざ対面で伝えるのは、非合理的に思えますが」

 

 コハルは紅茶をソーサーに置き、椅子の背もたれに全体重を預ける。

 

 そして、大げさに肩をすくめてみせた。

 

「かっこつけたくなったんですよ、トーマみたいに」

 

「んふっ」

 

 アキハは小鼻から息を漏らす。手で口を覆って、からからと笑った。

 

 コハルは呆気に取られた。

 

 アキハが声を上げて笑うのは初めて見た。というより、木南秋葉がそんなふうに笑うところを、今の今まで想像だにできなかった。

 

 アキハは鈴を転がすような声で、子供のように笑い続けた。

 

「はあ、失礼。取り乱しましたね」

 

 アキハは目尻の光を拭い、居住まいを正す。

 

「かわいい宣戦布告をありがとうございます。ですが、私はコハルさんに謝らねばなりません」

 

「何をですか?」

 

 コハルは問い返しながら、『答えはわかりきっている』と思った。

 

「私が必ず勝ちますから」

 

 アキハは当然のことのように言った。

 

「トーマさんには『迎えに来てください』と伝えてありますから。フユミさんの次に結ばれるのは私です。そして、ゆくゆくはフユミさんよりも強い絆を手に入れます」

 

 アキハの様子には、てらいも気負いも見て取れない。一分の陰りもない彼女の眩しさに、コハルは少し目を細めた。

 

「ゴールデンウィークに、トーマさんがフユミさんの次に選んだのは私です」

 

 アキハは澄まし顔でティーカップを手に取り、ゆったりした手つきで口を付ける。

 

「なればこそ、今回も私が二位です。そして、やがて私は一位になります。今の私がフユミさんに勝てないのは、懸けた時間の差があるからです。ですが、先の人生は長い。十年も懸ければ、私がフユミさんに負けるはずありません」

 

「……思ったより長期スパンで考えてるんですね。『夏のうちに圧勝します』とか言いそうなのに」

 

「私は楽天家ですが、非現実的なことは言いません。数ヶ月でフユミさんを上回るのは不可能でしょう。トーマさんが記憶を全て取り戻した今、難度はさらに上がっています」

 

 ですが、とアキハは言葉を切る。

 

「勝つと決めた以上は、勝ちます。どんな手段を使っても、どれだけ時間がかかろうと、必ず」

 

 コハルはアキハを見つめつつ、机上のマカロンを手に取る。

 

「アタシとナツキちゃんは眼中にないですか?」

 

 コハルは釘を刺してみるが、

 

「いえ。お二方とも可愛いと思っていますよ」

 

 アキハはどこ吹く風と言わんばかりだ。

 

「ですが、コハルさんもナツキさんも、自分から攻めるのは不得手と見受けられます。花も恥じらう乙女ですから」

 

 自分はそうじゃないみたいな言い方!

 コハルはそう思ったが、口には出さずにおいた。

 

 何と返したものか。コハルはしばし考えてから、

 

「ガールズトーク、しましょうか」

 

 雑談を持ちかけた。

 アキハは目を丸くした。こういう表情は子どもっぽいな、とコハルは思う。

 

「よろこんで。お題は何にしましょうか?」

 

「じゃあ、好きな人の悪口で」

 

「ふふ、素敵ですね」

 

 紅茶の匂いに包まれて、二人は話に花を咲かせた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。