「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
「……せんぱいの、けだもの」
シーツの陰に隠れたナツキは、かすれ声で俺を
「お互い様だろ……。てか、早く着替えなよ」
俺は呆れ混じりに返しつつ、冷蔵庫から取り出した麦茶に口を付ける。
壁掛け時計に視線をやると、時刻は十四時十三分。
ナツキが『すぐに済むので』と言ってから、二時間以上も経っていた。
ナツキはタオルで体を拭きつつ、ムッと頬を膨らます。
「お互い様とは何ですか。か弱い私は先輩に襲われただけですよ」
「おまっ……自分から誘ってきたくせに」
「私は上着のボタンを開けて『暑い』と言って、先輩の制服の袖を引っ張って、目を閉じてやや上を向いただけですが? 先輩がいきなりキスしてきたんですよ」
「明らかに誘ってるじゃねーか!」
「私がいつそんなこと言ったんですか? 何時何分地球が何回回ったときですか?」
「こ、こいつ……」
思えばゴールデンウィークのときもそうだった。
ナツキは明確に誘いをかけるタイプではない。そして、いざ俺が誘いに乗ると更に受動的になる。
あの日も、ナツキは『私って、そんなに女の子らしくないですかね』と卑屈なことを言い出し、俺が否定すると『じゃあ証明してください』と迫ってきた。
端的に言って、ナツキは卑怯者である。
俺は、そういうところも可愛いと思っている。
「いい性格してるよ、ナツキ」
俺が名前を呼ぶと、華奢な肩がビクンと跳ねた。
ナツキは未だに名前を呼ばれ慣れていないらしい。
弱点を
「どうしたんだナツキ。顔が赤いぞナツキ。熱でもあるのかナツキ。そういうところも可愛いぞナツキ」
ナツキは俺をスルーして、さっさとバスローブに着替えた。が、耳は赤いままである。
「先輩は、意地悪ですよ」
ナツキの震え声に、俺は肩をすくめて返す。
「後輩に似ちゃったんだろうね」
ナツキは俺に視線を向け、目を細めた。黒曜の瞳は、やや潤んできらきらしている。
「何その顔。可愛いんだけど」
「睨んでるんですけど」
全然そうは見えなかった。
ナツキはため息をつき、前髪をかき上げる。
「だいたい、先輩は色々と強引すぎますよ。『休ませて』って言っても全然やめてくれないし、『足が浮くと怖い』って言っても聞いてくれないし、体格差を考えるべきです」
「『やめろ』とは言われてないし。ナツキの方こそ、電気消したときに『コムギ、いるか?』って言うのやめろよ。普通は萎えるからなアレ」
「だ、だって。恥ずかしかったんですもん」
「ナツキ、照れ隠しが変だよ……」
ナツキは顔をそむける。
そしてベッドに腰掛けて、マットレスをぽんぽんと叩く。
俺はナツキの隣に座る。
ナツキは黙って倒れ込み、膝枕の姿勢になった。
なんとなく、俺はナツキの頭を撫でる。漆の色をした髪は、それはそれは滑らかで、指通りの良さに夢中になるほどだった。
「……二ヶ月前は」
ナツキがぽつりと呟いた。
「二ヶ月前は、こんな爛れた関係になるとは思ってませんでしたよ。夏日に部室で白昼堂々、なんて、官能小説の世界じゃないですか」
「……そうだねぇ」
俺も夢にも思わなかったので、上手い返しを思いつかない。未だに白昼夢を見ているような、独特の浮遊感がある。
それでも俺は今ここにいて、ナツキも確かに今ここにいる。
ただそれだけの事実が無性に嬉しくて、俺はナツキをじっと見つめる。カーテンを閉め切った部屋は薄暗いけれど、ナツキの瞳の潤んだ光は、確かに見て取れる。クーラーの作動音の中でも、ナツキの
ただ生きている。
それが本当に幸せだった。
「……『心配かけた』とか言ったら、許しませんからね。慰めたくて
ナツキが鋭く釘を刺した。俺は黙って、小さく肩をすくめる。手持ち無沙汰なので、ナツキの髪を撫でるのに集中する。
ナツキの髪は、ショートヘアというには少し長いくらいに伸びている。最後に切ってやったのはゴールデンウィーク中なので、もう二ヶ月前だ。それにしてもナツキは、髪が伸びるのが早い。
「髪が伸びるのが早い子はスケベである、という説があるよな」
「セクハラですか?」
「そうだよ」
「そうだよって、うわぁ⋯⋯先輩は、つくづくケダモノですね……」
ナツキは再び、ため息をついた。
俺は無言で、ナツキの髪を撫で続ける。しばらくそうしていたが、やがて、ナツキがぽつりと呟いた。
「いきなりどうしたんだー、とか、聞かないんですね」
俺は髪を撫でながら、どう答えたものか思案する。少し考えてから、答えを口にした。
「話したくなったら、話したいように話してくれればいいから」
ナツキは横目で俺を見て、そして静かに目を閉じた。
「……私は、何もかも言葉にしようと考えていました。そのくせ、大事なことは人任せで。言葉にしてもらうのも、行動してもらうのも、すべて先輩にやらせようとしていました」
だから、とナツキは続ける。
「だから今日は自分から動いてみました。言葉を使わなくても伝わるように。……ど、どうでしたかね?」
ナツキは俺の顔を見上げる。不安と期待の入り交じった表情は、いつもの生意気な顔つきより、ずっと幼く見えた。
俺は居ても立ってもいられなくなり、両手でナツキの頬をコネる。ナツキは揉みくちゃにされながら、もごもごと文句を言う。俺は忍び笑いをこらえきれなかった。
「可愛いよ、すっごく。それが一番伝わってきた」
「せ、先輩はやっぱり、けだものです。
ナツキは俺を見上げつつ、再び目を細める。
睨みつけるように、微笑みかけるように。目を凝らすように、眩しがるように。
そしてビシッと俺を指さした。
「私は勝つことを諦めません。一番はフユミさんに譲りましたが、二番は私のものです。記憶を取り戻した先輩と、二番目に結ばれたのは、何を隠そうこの私です」
宣言されんでも知ってるよ。俺は当事者なんだから。
と思ったが、言わないでおいた。ナツキがノリに乗ってるときは、静かに眺めるのが一番良い。
俺の無言を快諾か何かとして受け取ったのか、ナツキはふふんと鼻を鳴らす。
「次は最下位決定戦となってしまいますね。先輩がコハルさんを選んでもアキハ先輩を選んでも、残された方は絶対にヤキモチを焼きますよ」
あの二人に限ってそんなことはないだろう。
そもそも今となっては、順番なんて些細なことだろうし。
と思ったが、やっぱり言わないでおいた。
「ま、お二人には『お疲れ様』と伝えたいですね。勝者の私から掛けられる言葉は、そのくらいでしょうから」
ナツキは俺の膝の上で、ファサァと髪をかきあげた。
ナツキ、調子に乗りすぎだろ……と思ったので、言っておいた。
「調子に乗りすぎだろ……」
「さっきまでは先輩が私に乗ってたんですけどね」
「やめろセクハラは!!」
「どの口で言ってるんですか、先輩」
俺をせせら笑うナツキの表情は、それはそれは清々しげだった。