「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第34話 トーマの帰り道

 オレンジ色の光に目を覚ました。

 

 目をこすり、室内を見渡す。文芸部室は、薄闇に包まれている。窓を閉め切っていることだけが理由じゃない。日が傾いている。

 

 スマホを起動する。時刻は十八時三十三分。

 

 ……寝てたのか、俺。

 

 どうやらナツキと一緒にいるうちに、そのまま眠ってしまったらしい。

 

 隣を見ると、ナツキも眠っていた。

 俺の腕を枕にして、規則正しく寝息を立てている。ナツキの華奢な肩が、静かに上下している。さらさらの黒髪がこそばゆい。

 

 起こすには忍びないほど、幸せそうな寝顔だった。

 普段の生意気な顔はどこへやら。思わず頬を緩めると、げしっと蹴りつけられた。

 

 コイツずっと寝相が悪いな……。

 

 俺は小さく笑い声を漏らした。

 そして音を立てないように立ち上がり、自分の荷物をまとめた。……と言っても、衣服くらいだが。

 

「──よし」

 

 俺は文芸部室を後にした。

 

 

 

 

 完全下校時刻を過ぎているのに、外はまだまだ明るかった。

 

 七月の日は長い。西の空は茜と橙が溶け合い、じわじわと紫へ変わっていく途中。地平線の向こうに沈もうとする太陽が、雲を黄金色に縁取っている。

 

 文化祭の喧騒は今日で終わった。屋台やら出し物やらはもう引き払っている。校庭には折り畳みテーブルの跡が芝生に残っていて、そこだけ草が踏みしだかれ、少しだけ白っぽくなっていた。

 

 校舎も校庭も、抜けガラみたいに静かだ。

 

 正門を出る。夏風が吹き抜ける。

 草いきれ。どこかの家の風呂の匂い。アスファルトはまだ熱を持っていて、足元には夏の気配がジワジワ這い上がってくる。

 

 俺は歩きながら、ぼんやりと考えていた。

 

 今日という一日が、そして、今に至るまでの記憶が、染み込んでくるような感覚。

 

 フユミ。

 昨夜(ゆうべ)のことを思う。俺を押し倒した、あの瞬間。『臆病者はもうやめた』と言ったときの、群青色のあの瞳。

 

 俺たちは、物心がついた頃から仲の良い幼なじみだった。それなのに、中学に入った頃から、互いに上手く話せなくなった。

 

 俺が勝手に引け目を感じてしまったせいだ。

 フユミは頑張っていた。勉強も、習い事も、身だしなみも、何もかも。『隣にいて恥ずかしくない女の子になりたかった』、なんて。

 

 どんな風になってもフユミはフユミで、かけがえのない幼なじみなのに。

 

 無神経で唐変木でダメ人間の俺に愛想を尽かすこともなく、フユミはずっと(となり)にいて、俺を見てくれていた。もう一度目を合わせることが出来て本当に良かった、と思う。

 

 アキハ先輩。

 俺が脳を病んだその日から、あの手この手で俺を助けてくれた。俺が記憶を失っても、不義理を働いても、ずっとフォローしてくれた。

 

 目的のために手段を選ばない完璧超人。

 でも、それだけじゃない。繊細で優しくて、誠実な人だ。

 俺の命のために、俺の反対を押し切って手術を強いてくれた。でも、そのことをずっと悔いている。

 

 『世界一嫌いだと言ってください』。

 

 アキハ先輩はそう言った。

 俺は彼女のことが大好きだ。嫌いになんてならないし、なれない。アキハ先輩がいなかったら、俺は間違いなく死んでいた。一生分の恩義がある。それを抜きにしても、出会えて良かった、と思う。

 

 コハル。

 一年生の頃は、放課後の秘密の友達だった。よくよく考えれば、恋人同然の距離感だったのに。

 臆病をこじらせていた俺に、ちゃんとケジメをつけさせてくれた。コハルからちゃんと踏み込んでくれなかったら、俺たちはきっと、ずっとずっと友達のままだったはずだ。

 

 ……裸で迫られたときは、気絶しそうだったけど。

 

 今日も、あえて俺に逃げ道を用意することで、俺の決意を更に強めてくれた。とにかく気が利く子で、頼み事も上手い。家族を大事にして、自分を大事にして、ナツキを大事にして、俺のことも大事にして、フユミのこともアキハ先輩も大事にしてくれている。何気に、一番オトナなのはコハルなんじゃないか? と思う。

 

 ナツキ。

 生意気で可愛い後輩。男友達みたいな女友達。いつも通りのからかい合いがエスカレートして、俺たちは気付けば一線を越えてしまった。

 

 オタクで、冷笑的で、理屈っぽくて、コミュ音痴で、情緒不安定。

 

 自称していた通り、一番の『いけない子』だ。

 

 そして、演劇を通して俺の記憶を取り戻してくれた。ナツキの書いた脚本が無きゃ、俺は記憶を取り戻せなかったかもしれない。

 

 そして、大勢の観客の前で俺の唇を奪った。勢いで無理をするタイプなのだ。

 

 とにかくほっとけない奴だ。

 今頃はまだ、文芸部室でまだ眠りこけているだろう。

 

 改めて思う。

 俺は、四人とも好きだ。

 

 一人でも欠けていたら、今の俺はいない。

 

 絶対に、四人と幸せになる。

 

 歩道の木が、夕風に揺れた。

 葉の隙間から、西日が差し込んでくる。光と影がまだらになって、アスファルトの上に広がっている。木漏れ日の描く影は、夕風に合わせて、ゆらゆらと揺れた。

 

 俺はその真っただ中を歩いていく。

 

 ここまで来れてよかったなぁ。

 

 と、ぼんやり思う。

 

 死にかけていた。記憶を全て失いかけていた。忘れていた。四人を傷つけた。

 大変なことは色々あったし、さんざん失敗したし、かけるだけの恥はかいたし、かけられるだけの迷惑をかけた。

 

 だから今がある。今はそう思える。

 

 夕日は、いよいよ地平線へ沈もうとしていた。

 

 

 考え事をしていると、帰り道はあっという間だった。

 

 ふと見ると、俺の家の前に人影があった。

 

 

 そこにいたのは……

 

 

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