「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
七月四日、文化祭最終日の夕暮れ。
俺の家の前に、人影があった。
プラチナブロンドの長い髪が、夕日を受けてキラキラ輝いている。緩くウェーブした毛先が夏風に揺られてたなびく度に、ココナッツの甘い香りがする。
彼女はスマホに向けていた視線を上げる。
くりくりした瞳が俺をとらえる。柔らかく微笑む。
「トーマ、おっつ〜」
コハルはスマホをポケットにしまい、ひらひらと手を振る。
「コハル? なんで……」
「なんで、って」
コハルは唇をつんと尖らせた。
「理由がなきゃ会いに来ちゃダメなの?」
「まさか!」
俺は手を振って否定した。
「嬉しいから気になったんだよ。それに、今日はショート動画の撮影があるはずだろ? だからビックリしちゃって」
「……ふーん?」
コハルはすっと視線を逸らした。スマホを胸に押し当てて、ほんの少しだけ俯く。プラチナブロンドの前髪に隠されて、表情は見えない。が、多分、照れてる。耳の先が赤らんでいる。
俺は気付かないフリをして問いかける。
「今日は時間あるの?」
こくん、とコハルが頷く。
「ならよかった。上がって行きなよ」
「……うん」
コハルの返事を確認して、俺は自宅の鍵を開ける。
「トーマさぁ」
コハルの声が背後から響く。
俺が聞き返す前に、コハルは続ける。
「チャラくなったよねー」
「誤解です!」
叫ぶ俺の声は、夕空に吸い込まれた。
◆
俺とコハルは、リビングのソファに並んで座って、他愛ない話をした。
七曜祭の話、SNSの話、コハルの妹・ヒヨリちゃんの最近の話。
ヒヨリちゃんは、コハルに憧れてダンスの練習を頑張っている。が、そのせいで学業がおろそかになっているらしい。
コハルは、「勉強優先って言ってんだけど、聞いてくんないんだよね〜」と、呆れ混じりに笑いながら話してくれた。
コハルはスナック菓子をつまみつつ、ふと思いついたように問いかける。
「てか、フユちゃんは? 今日いないの?」
「ああ、今日はアメリカの独立記念日だからね。家族で横田基地まで行ってるよ」
毎年七月四日は、フユミの家はいつもそうだ。
フユミのお母さんがアメリカ人だから、独立記念日はイベントに出かける。子どもの頃は、俺も何度かご一緒したことがある。
「へ〜〜。あ、ナッちゃんはどうだった?」
「ナツキは……元気だよ。いっしょにピザ食ってコーラ飲んだ。今は寝てるんじゃないかな」
「あっはは、よかった〜。元気いっぱいじゃんね!」
「ホントだよ」
俺たちは二人で笑い合った。
他愛ない笑いだった。
でも、こういう時間が、何より落ち着く。
窓から吹き込む風からは、夏の夕方の匂いがする。コハルの横顔は、落ち着いている。
リラックスした雰囲気だ。
こういう時間を、いつまでも続けたいと思う。
「あ、そーだ」
コハルは、ぽん、と手を叩く。
「アキハ先輩は今夜と明日の朝、パーティー入ってて忙しいんだって」
「ああ、そっか。七曜祭の後だもんなぁ」
アキハ先輩は、若くして社交界の顔役だ。
七曜祭を成功させた後の挨拶回り、名士との会合、その他もろもろ。それらが一晩で終わるはずもない。
あの人が俺たちと同じ高校生だなんて、時々信じられなくなる。
特に今みたいに、ヌルくて静かな時間を過ごしていると、別世界の住人のようにすら感じてしまう。
「アキハ先輩さぁ」
コハルの声のトーンが、少し変わった。
琥珀色の瞳は、どこか遠くを見ている。
つやめく唇は少し開きかけて、何かを探すように止まっている。夕暮れの残光が窓から差し込んで、コハルの横顔を柔らかく縁取っていた。
「……すっごく大人っぽいのに、ちょー子どもっぽいとこあるよね」
「そうだなぁ」
俺は少し考えてから、言った。
「みんな大人っぽくて、みんな子どもっぽいと思うよ」
コハルは、ぱちくりと瞬きした。
そして、ネイルチップで彩られた人差し指を、自分に向けた。
「アタシも?」
「コハルも」
俺は笑って頷いてから、自分自身を指差してみせる。
「俺も」
「おぉ〜」
コハルは少し感心したように嘆息した。
「トーマってやっぱ、ヘンに目ざといとこあるよね」
「変とは何だ変とは……俺は普通の男子高校生だよ」
「普通の男子高校生は4股なんてしないよ」
う、と言葉に詰まる。
アカン完全に詰んだ。返す言葉がない。反論が無いから俺の負けだが?
「はい勝ち〜! ウィ〜!!」
コハルはギャルピースを示してみせる。
「ま、負けました……」
俺は肩を落とす。コハルはケラケラ笑う。ひとしきり笑い終えてから涙をぬぐい、思い出したように言う。
「そうだ、お腹すいてない? お夕飯いるならカンタンに作っちゃうけど」
俺は少し考えてから答える。
「ありがたいけど、今はいいかな。ナツキとピザ食ったし」
「そっか」
コハルは軽くうなずき、
「じゃあ、もういっか」
トン、と俺を押し倒した。
俺が何か言う前に、ぎゅっと抱きしめられる。空気も通さないほどの密着感。
「こ、コハル?」
コハルは応えない。
どうしたものか分からぬまま、俺はとりあえず、コハルの腰に腕を回す。
コハルは俺の胸元に顔を埋めたまま深呼吸する。恥ずかしいが、抗議できない。
コハルがぽつりと呟いた。
「スミレの匂い……ナッちゃんとシたんだね」
「う、ああ、うん」
「昨日の夜から朝までフユちゃんとシてて、文芸部室に行ってからはナッちゃんとシてたんでしょ?」
「…………はい。そうです」
俺の答えに、コハルは再び黙り込む。俺はどうしたものかわからず、とりあえずコハルの背中をさする。
不意に、
「──別に、慰めてほしいわけじゃないんだよね」
コハルはそう言い、顔を上げる。
「ただ、トーマがすっきりしてても、アタシはずーっと
真剣な眼差しが俺を射抜いた。
「……わかった」
俺は小さく頷き、右腕でコハルのうなじを、左腕でコハルの膝裏をすくい上げる。
「え、ちょっと──!」
俺はコハルを抱き上げた。
「暴れないで、危ないよ」
お姫様抱っこである。
そのままベッドルームへ向かう。
コハルはと言うと、顔を真っ赤にしていた。
「ちょ、ちょっ、ちょっと、ちょっと待って!」
「待てない」
「まだ心の準備が!」
「いらないでしょ、今さら」
「てかシャワー浴びてない!」
「俺は気にしない」
「アタシが気にすんの!!!」
「じゃあ一緒にシャワー浴びる?」
う、とコハルが言葉に詰まった。
ゴールデンウィーク、コハルの家で一緒にシャワーを浴びた夜から、俺たちは恋人になった。
そのときの意趣返しのつもりで言ったのだが、効果は抜群のようだ。
コハルは無言で俺の胸に顔を埋める。火照った頬の熱さが、シャツ越しにも伝わってくる。
「……いじわる」
コハルの細く震えた声に、俺は笑って返した。
「好きな子には意地悪したくなるんだよ」