「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
七月五日。日曜日の朝。
俺はベッドの上で正座していた。
より正確に言えば、正座
目の前にはコハルが立っている。腕を組んでの仁王立ちである。
美人が凄むと怖い、とはよく言ったものだ。
今のコハルは、バッチリ決めたメイクも相まって、それはそれは恐ろしかった。
「アタシが何で怒ってるかわかる?」
この問い、インターネットで見たヤツだ!
俺は灰色の脳細胞をフル稼働させて答える。
「……お風呂入る前にしたから?」
「それもあるけど、それだけじゃない」
「『メイク落ちてて恥ずかしい』って言ってたのに、やめなかったから?」
「それもあるけど、それだけじゃないっ!」
コハルは俺をびしっと指さす。
「今のトーマ、オトナっぽくて可愛げがない!」
……静寂。
キジバトの鳴き声が、やけに響いていた。
「それは、怒ってるの? 褒めてるの?」
「怒ってるの! ちょっと前までのトーマはウブで可愛かったのに! なんか急にカッコよくなっちゃってさぁ!」
コハルは、やんややんやと声を張り上げる。俺はますます縮こまる。
そんな俺を見下ろすコハルは、ふたたび腕を組み直し、ふん!とそっぽを向く。
緩く巻かれた長髪が揺れ、甘い香りがふわりと漂う。
そしてコハルはぽつりと呟く。
「……アタシがリードしたかったのに」
しばしの沈黙。
俺はゆっくり顔を上げ、コハルを見つめた。目が合う。カラーコンタクトを外したコハルの瞳は三白眼で、いつもよりややワイルドに見える。俺はそれが好きなのだが、それを褒めると怒られるので、黙っておくことにする。
「何よ、何見てんの」
可愛いから見てる、とか言ったら怒られるので謝る。
「す、すみません」
そして、コハルに言われたことを反芻する。
『可愛げがない』。
言われてみれば、そうかもしれない。
記憶を取り戻して。フユミに元気づけられて。アキハ先輩とタカさんに勇気づけられて。コハルから想われて。ナツキから愛されて。
俺は少し、気が大きくなっていたのかもしれない。
「……面目ない」
俺は頭を下げた。
「面目ないのはアタシのほうだっつーの!!」
「どういう怒り方?」
「リードしようとしてたのに先越されたら、アタシが恥ずかしいじゃん!!」
「あー……まあ、恥ずかしがるコハルも可愛いからね」
「はぁ!?」
「あ、しまった」
俺は慌てて口を抑えるが、飛び出た言葉は戻らない。
「しまった、じゃないよ! もー!」
コハルは照れと呆れの入り混じった表情を見せる。
「トーマさぁ、元々ワルい男だったのに、日に日に悪化してるよね。マジで。アキハ先輩が超人だったから何とかなってるけど、女の子に刺されてもおかしくなかったんだからね!」
「それは、本当に……おっしゃる通りです……」
俺はひたすら平身低頭する。
コハルはやがて、大きくため息をついた。
「ま、いいでしょう。ぶっちゃけ、今のアタシは理不尽なこと言ってるだけだからね。朝ごはん作ったから、いっしょに食べよ」
「は、はい。ありがとうございます……」
「ほら、元気出して! 今の話ぜんぶアタシの八つ当たりなんだから!」
「コハルいま情緒どうなってんの?」
「それはゴメン」
◆
「おいしい?」
「超おいしい」
俺はコハルの作ってくれたサンドイッチに舌鼓を打っていた。
コハルはふふんと小鼻を鳴らす。
「アタシも、たまには料理するからね。いつもはトーマに作ってもらってたけど」
「合宿したとき焼きそば作ってくれたじゃん」
「もっと作ってあげたいの!」
「ありがとう」
なんやかんやで、コハルの機嫌は治ったらしい。
セミが遠くで鳴いている。窓から差し込む夏日は、昼のそれより優しい光だった。
平和だ。穏やかな食卓である。
食べ終えた俺たちは、しばらく無言でくつろいでいた。
俺は頃合いを見て口を開く
「……コハル」
「んー?」
「いつも気遣ってくれてありがとう」
マグカップを傾けようとしたコハルの手が、止まった。
「昨日、ナツキと会うタイミングも、
「……まあ、そりゃあね、人並みには」
コハルはどこか後ろめたそうに目を逸らした。
最近になって気付いたことだが、コハルは善人扱いされるのが苦手みたいだ。どこかシニカルで、期待されることを恐れるところがある。
だからこそ、俺は言う。
「コハルのそういうとこ、好きだよ」
「……っ」
コハルはフォークを置いた。視線を窓の外へ逃がす。耳の先が、じわじわと赤くなっていく。
「急に何!?」
「急じゃないよ。ずっと思ってた」
「朝から言う? そういうこと」
「朝じゃダメなの?」
「ダメじゃないけど! 心の準備が!」
「コハル、昨日も『心の準備』って言ってたね」
「トーマが準備させてくれないからでしょ!!」
俺は笑う。コハルはむくれた。
「……もう、ほんと、大胆になったよね」
「ありがとう」
「褒めてねーし!」
「怒ってくれてありがとうってことだよ」
「〜っ! もう、バカ!」
コハルは両手で顔を覆った。指の隙間から、真っ赤な頬が見えていた。
俺は紅茶を一口飲んでから続けた。
「これからは、もっとワガママ言ってよ」
「……え?」
「コハルのワガママを聞きたいから」
コハルは指の隙間から俺の顔をうかがう。あどけない眼差しが俺を見る。
「……ほんとに?」
「ほんとに」
コハルはしばらく俺の顔を眺めていた。
それから、ふーっと息を吐いて、再びマグカップを手に取った。
そしてココアを一口飲んで、ぼそぼそと呟く。
「じゃ、じゃあ、ワガママ、一個だけ。アタシが帰るまで、そばにいて」
「喜んで」
俺が笑うと、コハルはまたむくれた。