「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第37話 コハル「アタシが何で怒ってるかわかる?」

 七月五日。日曜日の朝。

 

 俺はベッドの上で正座していた。 

 

 より正確に言えば、正座()()()()ていた。

 

 目の前にはコハルが立っている。腕を組んでの仁王立ちである。

 

 美人が凄むと怖い、とはよく言ったものだ。

 今のコハルは、バッチリ決めたメイクも相まって、それはそれは恐ろしかった。

 

「アタシが何で怒ってるかわかる?」

 

 この問い、インターネットで見たヤツだ!

 俺は灰色の脳細胞をフル稼働させて答える。

 

「……お風呂入る前にしたから?」

 

「それもあるけど、それだけじゃない」

 

「『メイク落ちてて恥ずかしい』って言ってたのに、やめなかったから?」

 

「それもあるけど、それだけじゃないっ!」

 

 コハルは俺をびしっと指さす。

 

「今のトーマ、オトナっぽくて可愛げがない!」

 

 ……静寂。

 

 キジバトの鳴き声が、やけに響いていた。

 

「それは、怒ってるの? 褒めてるの?」

 

「怒ってるの! ちょっと前までのトーマはウブで可愛かったのに! なんか急にカッコよくなっちゃってさぁ!」

 

 コハルは、やんややんやと声を張り上げる。俺はますます縮こまる。

 

 そんな俺を見下ろすコハルは、ふたたび腕を組み直し、ふん!とそっぽを向く。

 

 緩く巻かれた長髪が揺れ、甘い香りがふわりと漂う。

 

 そしてコハルはぽつりと呟く。

 

「……アタシがリードしたかったのに」

 

 しばしの沈黙。

 

 俺はゆっくり顔を上げ、コハルを見つめた。目が合う。カラーコンタクトを外したコハルの瞳は三白眼で、いつもよりややワイルドに見える。俺はそれが好きなのだが、それを褒めると怒られるので、黙っておくことにする。

 

「何よ、何見てんの」

 

 可愛いから見てる、とか言ったら怒られるので謝る。

 

「す、すみません」

 

 そして、コハルに言われたことを反芻する。

 

 『可愛げがない』。

 言われてみれば、そうかもしれない。

 

 記憶を取り戻して。フユミに元気づけられて。アキハ先輩とタカさんに勇気づけられて。コハルから想われて。ナツキから愛されて。

 

 俺は少し、気が大きくなっていたのかもしれない。

 

「……面目ない」

 

 俺は頭を下げた。

 

「面目ないのはアタシのほうだっつーの!!」

 

「どういう怒り方?」

 

「リードしようとしてたのに先越されたら、アタシが恥ずかしいじゃん!!」

 

「あー……まあ、恥ずかしがるコハルも可愛いからね」

 

「はぁ!?」

 

「あ、しまった」

 

 俺は慌てて口を抑えるが、飛び出た言葉は戻らない。

 

「しまった、じゃないよ! もー!」

 

 コハルは照れと呆れの入り混じった表情を見せる。

 

「トーマさぁ、元々ワルい男だったのに、日に日に悪化してるよね。マジで。アキハ先輩が超人だったから何とかなってるけど、女の子に刺されてもおかしくなかったんだからね!」

 

「それは、本当に……おっしゃる通りです……」

 

 俺はひたすら平身低頭する。

 

 コハルはやがて、大きくため息をついた。

 

「ま、いいでしょう。ぶっちゃけ、今のアタシは理不尽なこと言ってるだけだからね。朝ごはん作ったから、いっしょに食べよ」

 

「は、はい。ありがとうございます……」

 

「ほら、元気出して! 今の話ぜんぶアタシの八つ当たりなんだから!」

 

「コハルいま情緒どうなってんの?」

 

「それはゴメン」

 

 

 

 

 

「おいしい?」

 

「超おいしい」

 

 俺はコハルの作ってくれたサンドイッチに舌鼓を打っていた。

 

 コハルはふふんと小鼻を鳴らす。

 

「アタシも、たまには料理するからね。いつもはトーマに作ってもらってたけど」

 

「合宿したとき焼きそば作ってくれたじゃん」

 

「もっと作ってあげたいの!」

 

「ありがとう」

 

 なんやかんやで、コハルの機嫌は治ったらしい。

 

 セミが遠くで鳴いている。窓から差し込む夏日は、昼のそれより優しい光だった。

 

 平和だ。穏やかな食卓である。

 

 食べ終えた俺たちは、しばらく無言でくつろいでいた。

 

 俺は頃合いを見て口を開く

 

「……コハル」

 

「んー?」

 

「いつも気遣ってくれてありがとう」

 

 マグカップを傾けようとしたコハルの手が、止まった。

 

「昨日、ナツキと会うタイミングも、昨夜(ゆうべ)、フユミの予定を確認してくれたのも。皆のために気を遣ってくれたんだろ?」

 

「……まあ、そりゃあね、人並みには」

 

 コハルはどこか後ろめたそうに目を逸らした。

 最近になって気付いたことだが、コハルは善人扱いされるのが苦手みたいだ。どこかシニカルで、期待されることを恐れるところがある。

 

 だからこそ、俺は言う。

 

「コハルのそういうとこ、好きだよ」

 

「……っ」

 

 コハルはフォークを置いた。視線を窓の外へ逃がす。耳の先が、じわじわと赤くなっていく。

 

「急に何!?」

 

「急じゃないよ。ずっと思ってた」

 

「朝から言う? そういうこと」

 

「朝じゃダメなの?」

 

「ダメじゃないけど! 心の準備が!」

 

「コハル、昨日も『心の準備』って言ってたね」

 

「トーマが準備させてくれないからでしょ!!」

 

 俺は笑う。コハルはむくれた。

 

「……もう、ほんと、大胆になったよね」

 

「ありがとう」

 

「褒めてねーし!」

 

「怒ってくれてありがとうってことだよ」

 

「〜っ! もう、バカ!」

 

 コハルは両手で顔を覆った。指の隙間から、真っ赤な頬が見えていた。

 

 俺は紅茶を一口飲んでから続けた。

 

「これからは、もっとワガママ言ってよ」

 

「……え?」

 

「コハルのワガママを聞きたいから」

 

 コハルは指の隙間から俺の顔をうかがう。あどけない眼差しが俺を見る。

 

「……ほんとに?」

 

「ほんとに」

 

 コハルはしばらく俺の顔を眺めていた。

 それから、ふーっと息を吐いて、再びマグカップを手に取った。

 

 そしてココアを一口飲んで、ぼそぼそと呟く。

 

「じゃ、じゃあ、ワガママ、一個だけ。アタシが帰るまで、そばにいて」

 

「喜んで」

 

 俺が笑うと、コハルはまたむくれた。

 

 

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