「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第38話 コハルと過ごした、日曜の朝。そして訪れたのは──

 前回までのあらすじ!

 

 七月五日、文化祭明けの朝。

 俺はコハルと共に過ごした。

 

 何かと気の利くコハルに『たまにはワガママを聞きたい』と頼んでみたところ、

 

「じゃあ、ワガママ、一個だけ。アタシが帰るまで、そばにいて」

 

 コハルは、赤らむ顔を手で隠しながら、そう言った。

 

 それから、どれくらい経ったか。

 コハルは俺の肩に頭を預けたまま、テレビを見ている。ニチアサの魔法少女アニメだ。

 

 好きで追ってる作品なのに、内容に集中できない。

 

 コハルの体温が伝わってくる。ふわふわの髪が俺の首筋をくすぐっている。ココナッツの香りがする。

 

 恋人って感じだよ〜!

 

 事実、恋人なのだが。

 理解はしていても、慣れたわけではない。少し触れ合うだけでドギマギするものだ。

 

 コハルの髪。プラチナブロンドに染めた、ゆるふわパーマのセミロング。

 コハルの目。今はカラコンを着けていないので、あどけない三白眼である。

 コハルの横顔。俺が芸能事務所の人間なら、是が非でも全力でスカウトする。

 

 俺の視線に気付いたコハルが微笑みかける。

 

「どしたの?」

 

「や、かわいいな〜と思って」

 

「えへへぇ。知ってま〜す」

 

 コハルは頬を緩めて笑った。天真爛漫なその表情に、俺も思わず笑みをこぼす。

 

 あ、そう言えば。

 

 俺はコハルの頭頂部に鼻先をうずめ、深く息を吸う。

 

「すぅうううう──!」

 

「ひょわぁ!!!」

 

 飛び跳ねるコハルを、

 

「おっと」

 

 俺は間一髪で避けた。

 危ない危ない。避けそこねたらコハルの頭突きを顔に食らうところだった。うっかり鼻血でも出してコハルの綺麗な髪を汚してしまったら大変だ。

 

 コハルはと言うと、ぷるぷる震えている。

 

「どうしたんだコハル。そんなに動揺して」

 

「ど、ど、どーしたもこーしたもないっしょ!!」

 

 コハルは震える指先を俺に突きつける。

 

「ナニいきなりアタマの匂い嗅いでんの!?」

 

「いやあ」

 

 予想だにしなかった質問に、俺は頬を掻く。

 

「コハルって、いつもココナッツみたいな、甘くて良い香りがするからさ。最初は『良いシャンプー使ってんのかな〜』と思ってたけど、昨日は俺と同じシャンプーだったから、『もしかしてコハル自身の匂いなのかな?』と思って。せっかくだから確かめようと」

 

「せっかくだから確かめようと、じゃないよ!」

 

 コハルはぷんすこ怒っている。

 

「昨日は急いで洗ったからニオイに自信ないの! こういうのは心の準備がいるんだから! それに、その……」

 

 コハルは服の裾を指でつまみ、もじもじする。

 

「トーマ、()()とき、いつも髪の匂い嗅ぐから、その……もっかいするのかと思って……」

 

「え、俺ってそうなの?」

 

「っ……! そーだよ! 自覚なかったの!? もー、ほんとに、ほんっと!」

 

 コハルは大きくため息をつき、ドスンとソファに腰掛けた。いつもの穏やかな所作とは正反対の挙動。いつもの飄々とした雰囲気とは真逆の動揺。

 

 コハルはかわいいなあ!

 

 ニヤニヤする俺を尻目に、コハルは体を縮こめる。

 

「そういうの、アタシ以外の子にやったら怒られちゃうからね?」

 

 コハルはクッションを抱え、顔の下半分を隠しつつ言った。

 

「コハルだけは怒らないでいてくれるの?」

 

「……うわ。まーたそんなこと言って」

 

 トーマは悪い男になったよね、ちょっと前までウブで可愛かったのに、いや、前から悪い男ではあったか──

 

 などと、ぶつぶつ呟くコハルの、すぐ隣に座る。コハルは呆れたように息を吐いてから、再び俺の肩に頭を預ける。

 

 やっぱり甘くて良い匂いがする。嗅ぎたいけど、我慢する。

 

「でも、そんな恥ずかしいものかな」

 

 俺は問いを投げかける。

 

「昨日もっと凄いことしたのに」

 

 沈黙。

 応答がない。

 

 俺がチラリと一瞥すると、コハルが俺を見つめていた。

 

 ジト目である。

 カラッとしたギャルから繰り出されるジト目。夏日が射し込む七月の朝が、にわかにジメジメし始めた。

 

 たまらず俺は謝罪する。

 

「すみません。デリカシー不足で申し訳ない」

 

 コハルは、またしても大音量のため息を響かせた。

 

「トーマって、変なとこデリカシーないよね。アキハ先輩も言ってたよ。『私も散々なかされた』って」

 

「う……気をつけます」

 

 俺は小さく頭を下げる。

 確かに、俺にはデリカシーがない。そのせいでフユミと疎遠になった時期がある。そのせいでナツキに『私って女性的な魅力に欠けてますよね』と言わせてしまったこともある。

 

 アキハ先輩のしなやかな体つきを褒めて、恥ずかしがらせてしまったことがある。

 

 そう言えば昨日の朝、アキハ先輩に膝枕をしているとき、ニオイを嗅がれて恥ずかしかったなぁ──

 

 などと考えていると、

 

「今、アキハ先輩のこと考えてたでしょ」

 

 コハルのジト目が、湿度を強めていた。ヤバい。少し前に明けたはずの梅雨が、我が家にだけ舞い戻りそうだ。

 

 コハルは上目遣いで俺を凝視する。視線がねっとり絡みつく。

 

「まー、いーけどさー。アタシたち、四人でトーマと過ごしてくわけだし。二人きりのときに他の子のこと考えるくらい、今のうちに慣れときますよ。いーよ別に。気にしませんから、アタシ」

 

 ねちっこい言葉も相まって、俺は身動きが取れなくなる。

 

「す、すみませ──いや、待ってほしい。アキハ先輩の話を出したのはコハルだったような」

 

「それ関係あんの?」

 

「大アリじゃない……?」

 

「やっぱりぃ?」

 

 コハルは無邪気に、ころころ笑う。俺は小さく肩をすくめる。

 

 しばらくすると、コハルは不意に立ち上がった。

 

「そしたら、そろそろアタシ帰るね」

 

「え、もう帰っちゃうの?」

 

「今日は日曜日だからね。お弁当、一週間分つくりたいから」

 

「弁当、ご家族の分も作ってるの?」

 

「うん。ビンボーな頃の癖が抜けなくて」

 

 たはは、と笑うコハル。

 眉尻を下げて頬を緩める、大人びた笑い方。その横顔を見ていると、胸の奥が切なくなるような、居ても立ってもいられなくなるような、独特の焦燥感に襲われる。

 コハルは俺と同じ高校生なのに、自力で稼いで、家族を養って、弁当まで毎週作って。

 

 そんなに凄いのに、『癖が抜けなくて』の一言で済ませてしまう。

 

 守りたい、なんて思ってしまう。

 

 コハルは俺より強いのに。

 

「ちょ、その心配そうな顔やめてー?」

 

 コハルの両手が、俺の顔を包んだ。

 

「言っとくけど、トーマだって凄いんだからね。ずっと一人で暮らしてきたんでしょ? 家族と一緒だったアタシより、トーマのほうが頑張ってるよ」

 

「いや、そんな。俺は親の金で暮らしてるだけだよ。それに、俺にはフユミがいたし」

 

「あ、ま〜た他の女のハナシだ」

 

「あっゴメン!」

 

 俺は慌てて口を覆う。

 そんな俺を見て、コハルはケラケラ笑った。

 

 

 

 

 コハルが去った俺の家は、あまりにも静かだった。一人きりになるのは、何だか久しぶりな気がする。

 

 俺はソファに深く沈み込み、ぼんやりとテレビを眺める。テレビでは、ニュースキャスターが今日の天気を告げている。晴れ、最高気温三十一度、熱中症に注意。

 

 冷房の利いた室内で、俺は記憶を思い返す。

 

 昨日《さくじつ》、七月四日。超絶怒涛の一日だった。

 

 フユミに世話されて起きて、アキハ先輩と一緒に学校へ行って、コハルの家にオジャマして、ナツキと文芸部室で食って寝て、帰ったらコハルが居たから、そのまま一晩……

 

 ……俺はケダモノだ。

 フユミが訪れてからコハルを寝室に連れて行くまでの今朝までの、およそ二十四時間。

 

 その間に三人を抱いている。

 

色魔(しきま)、色魔だ……」

 

 俺は思わず頭を抱える。そして、ため息を長く長く吐き出す。

 俺は彼女たちの優しさに甘えて、彼女たちの魅力に流されて、花にタカる羽虫のように、ずっとずーっとフラフラしていた。流されて流されて、思えば随分と遠いところまで来た気がする。

 

 でも、誰とも離れずに済んだ。

 フユミが、コハルが、ナツキが、アキハ先輩が、皆が居てくれたおかげだ。

 

 これからも四人全員と一緒なんだと思うと、『生きてて良かった』と心から思う。

 

 昔の俺は、思い出が全てだった。

 その記憶を失うくらいなら死んでもいいと、本気で思っていた。

 

 でも、今は違う。

 

 これから先に、見たい景色がある。

 俺は初めて、明日を夢見ている気がした。

 

「……会いたいな」

 

 言葉が口をついて出た。

 

 会いたい。

 なんとなく、家でジッとしていられない気がした。誰と約束したわけでもないが、俺は立ち上がり、クローゼットを開けた。

 

 いつものよれたTシャツじゃなく、余所行きを選ぶ。引き出しの奥から、まともな格好を引っ張り出す。シャツを羽織って、ボタンを留めて、袖を七分で折り返す。鏡で確認する。まあ、これくらいなら悪くないか?

 

 襟を正して着替え終わった、その瞬間。

 

 ピンポーン。

 

 インターホンが鳴った。

 

 誰だろう、と思いながらドアを開けると。

 

「すみません、急に押しかけてしまって」

 

 木南(きなみ) 秋葉(あきは)先輩が、そこにいた。

 

 驚いた。

 急な来訪にも驚いたが、それ以上に目を奪われた。

 

 いつもの気品あふれるスタイルとは、全く異なる装いだった。

 

 アキハ先輩はロードバイクに乗っていた。

 服装は、コバルトグリーンのサイクルジャージ。

 長い黒髪はポニーテールに束ねられ、うなじと首筋が夏の日差しにさらされている。

 

「暑いですねぇ」

 

 アキハ先輩は、シルクのハンカチで額をぬぐいつつ、微笑んだ。

 

「で、ですねぇ……」

 

 俺の声は明らかに生返事だった。

 

 アキハ先輩は普段、制服や上品なワンピースを着ている。

 

 だから気づきにくいが、驚くほど引き締まった体つきをしている。

 サイクルジャージが肩から腰のラインに沿って、しなやかな筋肉の稜線を浮かび上がらせていた。腕も、足も、無駄のない美しさだ。

 

 露出のないスポーティな服装。だと言うのに目のやり場に困る。

 スパッツから伸びるすらりとした生足に、俺の視線は釘付けになる。必死で引き剥がしたそのとき、アキハ先輩と目が合った。

 

色魔(しきま)ですねぇ、相変わらず」

 

「す、すみません」

 

「いいんですよ、もう今さらです」

 

 アキハ先輩はカラカラ笑った。つられて俺の頬まで緩む。アキハ先輩は、よく笑うようになったと思う。以前は微笑ばかりだったが、最近は声を上げて笑うようになった。

 

「ふう、失礼。笑いすぎましたね」

 

 アキハ先輩は目尻をぬぐってから、ハッとしたように問う。

 

「もしかして、今から用事がありましたか?」

 

 その声は少し、不安げだった。

 いつもの余裕がない。少し、恐る恐る聞いているような声色だった。

 

「ええ、まあ」

 

 俺は曖昧な方向に首を振った。

 

「アキハ先輩に会いに行こうと思ってました」

 

「あらまあ」

 

 アキハ先輩は、切れ長の目を丸くした。そして、本当に嬉しそうに笑った。

 

「ふふふ、嬉しいです。すごく」

 

 いつもの完璧な微笑ではない。天真爛漫な、あどけない笑い方だった。頬に、うっすらと朱が差している。

 

「アキハ先輩は、どうして来てくれたんですか?」

 

「会いたかったからですよ」

 

 アキハ先輩は俺の目をまっすぐ見て、さらりと答えた。俺の心臓が跳ねる。この人、不意打ちでデレるんだよな……。

 

 俺の反応を見て満足気にしつつ、アキハ先輩は続ける。

 

「そして、一緒に見たいものがあるからです」

 

 見たいもの?

 俺が不思議そうにすると、アキハ先輩は、ぽん!と手を叩いて笑った。

 

「海を見に行きましょう!」

 

 

 

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