「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
前回までのあらすじ!
七月六日、日曜日の朝。
コハルを送り出してすぐ、アキハ先輩が家に来てくれた。
ロードバイクに乗り、サイクルジャージを身にまとったアキハ先輩は、楽しげにこう言った。
「海を見に行きましょう!」
何故いきなり??
と思ったが、聞けなかった。
アキハ先輩は、それはそれは無邪気に笑っていた。子どもっぽいというか、もはや赤ちゃんみたいに
興を削ぐようなことはできない。
「海いいですね。ぜひ行きましょう!」
俺は二つ返事でOKした。
◆
ツーリングデート、ということになるのだろうか。
俺たちは炎天下、
アキハ先輩のロードバイクは、見るからに高級だった。
軽量化されたフレーム、細いタイヤ。ペダルを一踏みするたび、軽やかに前へ進む。乗り手のアキハ先輩の伸びやかな肢体も相まって、清涼感が半端じゃない。スポーツドリンクのCMみたいだ。
俺はアキハ先輩の横顔をチラリと見る。人形みたいに端正だ。アキハ先輩が不意に振り向く。目が合う。涼風が吹き抜けて、アキハ先輩のポニーテールがたなびく。先輩は目を細め、爽快に笑った。
「
「は、はい。気持ちいいですよね……」
俺はタジタジになりながら答えた。
なんだか、不思議だ。
アキハ先輩と何度も会って、何度も話して、何度も触れ合って……深い仲なのに。
新しい一面を見つけては、初めてみたいにドキドキしてしまう。
特に今日のアキハ先輩は、髪型も装いも雰囲気も、いつもとは違っている。つくづく不思議な気分だった。
いつもと違って不思議なことは、他にもある。
アキハ先輩の使用人の皆さんがいない。
タカさんも、SPさん達も、誰もいない。黒塗りの高級車も、どこにも見当たらない。
アキハ先輩と二人きりで外にいるのは、ずいぶんと珍しいことのような気がした。
俺がそのことに気づいて、視線を向けた、その瞬間。
アキハ先輩がペダルを踏み込んだ。
すいっと、速度が上がる。アキハ先輩が俺を追い越す。
「今日は、使用人はいません」
前を向いたまま、アキハ先輩は言った。
「二人きりが良かったので」
アキハ先輩は、ぐいぐいとペダルを漕ぐ。ポニーテールはたなびき続ける。アキハ先輩の耳の先が赤く染まっている。
「暑いですねぇ、それにしても」
アキハ先輩の声色は白々しかった。
俺は立ち漕ぎでアキハ先輩に追いつき、少し意地悪を言ってみる。
「さっき涼しいって言ってませんでした?」
アキハ先輩は横目で俺を見て、ツンと表情を澄ました。
「言いましたっけ。記憶にございません」
「ズルくないですか?」
「トーマさんが意地悪するからですよ」
アキハ先輩は表情を変えず加速する。
「あ、ちょっと!」
俺は慌てて追いかけた。
◆
しばらく追いかけっこをしているうちに、海が見えてきた。
「見えて来ましたね、海!」
アキハ先輩はハシャいだ様子だった。
俺も俺でテンションが上がっていた。
海面は空よりも濃い青で、水平線は夏日を受けてギラギラ輝いている。
海はいつ見ても良いものだ。
アキハ先輩が自転車を停めた場所は、フェンスで囲われた砂浜の前だった。
アキハ先輩がスマホを操作する。ガチャン、という音の後、電子錠が開いた。
「ここは木南家のプライベートビーチなのです」
「……知ってますよ。初めて呼んでもらったときのこと、覚えてますから」
「あらあら、うふふ。それは重畳です」
言いながら、アキハ先輩はフェンスの内側へ踏み込む。俺も後を追う。
なにか、世界から隔てられたような錯覚があった。
さざ波の音だけが響いている。
砂浜には誰もいない。俺たち二人だけだ。
白い砂が、日差しを受けて眩しく輝いている。打ち寄せる波は透き通り、底まで見える。潮の匂いが鼻腔をくすぐる。
「少し着替えてきます」
アキハ先輩はそう言い、砂浜の脇にある小さな建物へ向かった。
俺はその場で、ぼんやりと波を眺めていた。
波が来て、返して、また来る。繰り返し繰り返し、終わりなく続く営み。
数十秒して、
「お待たせしました」
アキハ先輩の声がした。
早い。一分も経ってない。早着替えだ。
アキハ先輩は、私服だった。
サングラス、白いリネンのシャツ、淡いベージュのスラックス。
クールビズのパンツスタイルだ。
シンプルなのにシック。動きやすそうなのに気品が溢れている。ロールアップされた袖口から、しなやかな前腕が覗く。
「どうしましたか?」
アキハ先輩が首をかしげた。
「いや、早いな、と思って。それと」
「それと?」
「すごく、似合ってて……」
アキハ先輩は瞬きを一つした後、それから小さく頬を緩めた。
「ありがとうございます」
素直な返事だった。
いつもの「まあ、ありがとうございます」という少し余裕を含んだ受け取り方ではなく、ただ素直に、ありがとうと言った。
俺たちは、どちらから言うでもなく、海の方へ歩き出した。
海を眺めながら、アキハ先輩は問う。
「ウミガメのスープの話、覚えていますか?」