「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第41話 アキハ「……結局、何が好きなんですか」

 炎天下、波打ち際、砂浜にて。

 

 アキハ先輩は俺の顔を両手で包み、俺と目を合わせた。

 

「私は私がわかりません。私は、私はなんで不安なんでしょう。私は何故あなたが好きなのでしょうか? あなたは何故、私を好きでいてくれるのでしょうか?」

 

 アキハ先輩の瞳の奥で、いくつもの感情の影が、陽炎(かげろう)のように揺らめいていた。

 

 俺の顔を包む両手が、じんわり熱を帯びる。

 アキハ先輩の黒瞳には、俺だけが映っている。

 

 いつしか現れた入道雲が夏日をさえぎる。潮風が少し強く吹く。アキハ先輩のポニーテールが、さわさわとたなびく。かすかに気温が下がった気がした。

 

 俺は答えた。

 

「アキハ先輩の笑顔が好きです」

 

 思ったより落ち着いた声が出た。

 

「大人っぽくて穏やかな笑い方も、子どもっぽくてイタズラな笑い方も。どっちも好きです」

 

 アキハ先輩は、あどけない顔で驚いた。切れ長の瞳がぱちくりと瞬いた。

 

「アキハ先輩の声も好きです。静かで穏やかなのに、よく通る。淡々と喋るときの冷たさも、少し怖いけど、すごく好きです」

 

「ちょっと……」

 

「アキハ先輩の行動力が好きです。俺の命を救ってくれたことだけじゃない。思いついたら一直線、色々な場所に連れて行ってくれましたよね。どれも楽しい思い出です。アキハ先輩の無邪気さが好きです。意外と気分屋で、負けず嫌いで、朝は弱くて。親しい人にしか見せない側面がありますよね」

 

 俺の顔を包んでいた手が、わずかに力を失った。その手を、そっと両手で取った。指先はひんやりしていた。こんなに暑いのに。

 

 アキハ先輩の手は、いつも少しだけ冷たい。

 

「アキハ先輩の手が好きです。小さくて、華奢で。割れ物みたいで、触れるといつもドキドキします」

 

「と、トーマさん」

 

「アキハ先輩の髪が好きです。今はポニーテールにしてますけど、いつものストレートも大好きです。『黒髪は最も華やかだ』って言ってた三島由紀夫の気持ちが分かります。本当に綺麗です」

 

「トーマさんっ!」

 

「アキハ先輩の歩き方が──」

 

「も、もういいですっ」

 

 アキハ先輩がさえぎった。

 頬も耳も赤く染まっている。白いリネンのシャツの胸元まで、うっすらと朱が滲んでいた。こんなに照れるのは珍しかった。

 

 切れ長の目が、行き場を失ったように泳いでいる。俺へ向いていた視線が海へと逃がされ、空へ砂浜へ、また俺へ戻ってくる。

 

 アキハ先輩は小さく深呼吸をした。一度、二度。白いシャツの胸元が静かに上下した。潮の匂いに交じって、薔薇の香りがした。

 

「……結局、何が好きなんですか」

 

「アキハ先輩が好きなんですよ」

 

 アキハ先輩が、また固まった。

 

「アキハ先輩が笑わなくなっても、アキハ先輩が声を出さなくなっても、アキハ先輩が行動力を失っても、無邪気じゃなくなっても、手が小さくなくても、髪を染めて短く切っても」

 

 アキハ先輩の両手を握り、胸の前へ持ってくる。

 

「俺はアキハ先輩が好きです」

 

 できるだけ真っ直ぐに見つめる。アキハ先輩の瞳が揺らぐ。見つめ合っている分だけ、陽射しの暑さすら遠ざかっていくような錯覚。

 

 そしてアキハ先輩は、ためらいがちに口を開いた。

 

「……私は、怖いんです」

 

 小さな声だった。

 

「私は……私は、あなたの気持ちに見合うものを、返せているでしょうか。こんなに愛してもらえるほど、私はあなたを愛せているでしょうか」

 

 アキハ先輩の声は、波音と潮風に紛れている。でも、確かに聞こえる。

 

「この気持ちが気まぐれなんじゃないかと、自分で自分を疑ってしまうんです」

 

 アキハ先輩の言葉は、何か凄くしっくり来た。

 

 アキハ先輩は、完璧な人だ。

 何でも持っていて、何でもできて、何でも知っている。自分自身の感情なんて、制御できて当たり前だったのだろう。

 

 だからこそ、こんなとき、どうすればいいかわからない。アキハ先輩は自分自身の衝動を気まぐれかもしれない、と疑ってしまう。

 

 でも、俺は知っている。

 

 アキハ先輩は、俺の命を救うために罪を被った。

 アキハ先輩は俺に、『世界一嫌いだと言ってください』と頼んだ。

 アキハ先輩は俺に、『四人全員と結ばれる』という計画を提案してくれた。

 

 それは五月のことだ。

 それから二ヶ月間、用意周到な計画で俺を助け導いてくれた。

 

 アキハ先輩の感情は、気まぐれというには長すぎて、深すぎて、重すぎる。

 

 だからこそ俺は、『それは気まぐれじゃないですよ』、なんて言わない。

 

「気まぐれでもいいですよ」

 

 俺はそう言った。

 アキハ先輩は、弾かれたように顔を上げた。黒曜の瞳が、大きく見開かれる。

 

 俺は笑って続ける。

 

「絶対、本音にしてみせます。アキハ先輩が自分の気持ちを疑えなくなるほど、アキハ先輩を好きでいます」

 

 アキハ先輩の瞳に映る俺は、鏡で見るよりマシに見える。

 

「せめてそのときまでは一緒にいてください」

 

 アキハ先輩は目をみはっていた。

 

 沖から大きな波が来た。白い泡が波打ち際を埋め尽くし、さわさわと音を立てて消えてていった。

 

 それからゆっくりと、アキハ先輩の表情が解けていった。

 

 アキハ先輩の肩から、力がすとんと抜けるのが分かった。握られていた俺の手が、少しだけ温かくなった気がした。

 

 アキハ先輩は微笑んだ。

 

 いつもの完璧な微笑でも、妖艶な流し目でも、子どもっぽいイタズラな笑顔でもなかった。

 

 ただ、満ち足りた笑顔だった。

 

「……はい」

 

 入道雲が去っていく。陽射しが再び振り注ぐ。

 

 アキハ先輩は目を閉じて、少しだけ顔を上げる。

 

 こういうときの物分かりが良くなっちゃったなぁ……と、自分でも思う。

 

 俺は、そっと唇を重ねた。

 

 顔が熱いのは、太陽のせいだけじゃなかった。

 

 

 

 

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