「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
「トーマさん! ナマコですよ、ナマコ!」
アキハ先輩が波打ち際から駆け寄ってきた。
右手に掲げているのは、ナマコ。ぬらぬら光る黒褐色。
「おお……」
俺は少し後ずさった。
俺たちは水着に着替え、海で遊んでいた。
アキハ先輩の水着は、競泳用のブランドものだった。ノースリーブのワンピースタイプ。濃紺を基調として、デコルテからヘソのあたりまでジッパーが伸びている。
セクシーでクールで、カッコよくて大人っぽい。
そんな装いのアキハ先輩は今、ノリノリでナマコを掲げている。
「ぷにぷにしてますよ!」
外見と振る舞いのギャップが凄い。さっきのしっとりした雰囲気との落差も凄い。高低差で気分が変になりそうだ。
気を取り直し、俺は問う。
「これ、食べられるんでしたっけ」
「食べられますよ。関東の沿岸では夏が旬です。酢のもので食べるのが一般的ですが、『このわた』や『くちこ』も美味しいですよ」
アキハ先輩はナマコを手放した。
「さすが。アキハ先輩はほんと、なんでも知ってますよね」
「なんでもは知りませんよ、知ってることだけです」
どこかで聞いたような台詞を引用してから、アキハ先輩は胸を張る。腰に手を当てて背を反らすその仕草は、少しナツキに似ていた。
まったくの余談だが、俺は今、水着を着ている。着替えを持ってきたわけではない。アキハ先輩から貰ったものだ。ジャストサイズだった。
なんで俺の水着を用意してあるんですか?
と思ったが、俺は考えるのをやめた。考えたら負けだ。アキハ先輩はすべてを用意している。それだけのことだ。
思考停止した俺の手を取り、アキハ先輩は水平線を指差す。
「もっと沖まで行きましょう!」
ナマコを戻したアキハ先輩が、また海へ向かって駆け出した。
ポニーテールがぴょこぴょこ揺れている。白い素足が、波しぶきを蹴散らしていく。
「楽しいですね!」
「ええ、楽しいです。ホントに」
俺はアキハ先輩が楽しそうにしていると、俺まで楽しくなる。
ざぶん、と波を踏んで、俺もアキハ先輩の後を追う。潮風が吹く。
「肌寒くなってきましたねー」
アキハ先輩は棒読みでそう言って、俺の腕にするりとしがみついた。ひんやりとした肌が、俺の上腕に密着する。柔らかな重みが伝わってくる。
アキハ先輩は澄まし顔で俺をじっと見つめる。無性に照れくさくなった俺は、たまらず目を逸らした。
「ふふん」
アキハ先輩は勝ち誇るように小鼻を鳴らした。照れたら負け、という意識があるようだ。
「これで引き分けですね」
どっちが何勝何敗なんだ、と思ったが聞かなかった。アキハ先輩は深呼吸して、ぽつりと呟いた。
「結局、約束を果たせませんでしたね」
「約束?」
「『迎えに来てください』と言ったのに」
アキハ先輩の目に、少し自嘲的な色が
「私から迎えに行ってしまいました」
「う……すみません、俺、自分から行くつもりだったのに、一歩遅くて」
「いいんです。私が居ても立ってもいられず、あなたに会いに来たのですから。それより、私は──」
アキハ先輩は、少し間を置いた。
波が来て、返した。
「私はあなたに、『世界一嫌いだと言ってください』と言ったのに。それだけのことをしたのに、あなたは、私に、す……す、好きだと……」
語尾は波音にかき消される。
「……言ってくれて……」
アキハ先輩の耳が、またじわじわと薔薇色に染まっていく。潮風が頬を撫でた。
「なんで、そこで照れるんですか」
「照れますよっ」
アキハ先輩は潤んだ瞳で俺を睨んだ。
「普通、好きな人から好きだと言ってもらえたら照れますよ! 普通の反応です! おかしくありません!」
「それは……そうですね」
俺はアキハ先輩から目を逸らし、少しだけうつむいた。
「どうかしましたか?」
アキハ先輩が俺の顔を覗き込んだ。
「い、いやあ、なんか……ストレートに好意をぶつけられると、照れちゃうっていうか……」
「ど、どの口で言ってるんですか……!」
「よくよく考えたら、さっき俺も、恥ずかしいこと言ったなぁ、なんて……」
「なんですかもう、今さら冷静にならないでください──!」
炎天下、海風を受けて頭が冷えて。
冷たい海水の中、恥ずかしさと愛おしさで頭が茹だる。
海面は陽光を跳ね返して、きらきら輝いている。水平線には積乱雲が立ち上る。
「……そろそろ上がります?」
アキハ先輩が言った。
「そうですね」
俺たちは砂浜へ戻った。
◆
「お次をどうぞ」
コテージのシャワールームの前で、着替え終わったアキハ先輩がそう言った。ポニーテールを解いて、いつものストレートロングに戻っている。普段通りのアキハ先輩だ。少し頬が赤らんでいるのは、陽射しのせいだけじゃなさそうだが。
俺は小さく頭を下げる。
「失礼します」
俺はシャワーを浴びて、手早く着替えた。ジャストサイズの水着を提供してくれるアキハ先輩は、当然、着替えも用意していた。
俺はもう驚かない。アキハ先輩が俺に合う服を一年分持ってても驚かない。もう何があっても驚かない。
そう心に決めつつ着替えた。
「お待たせしました」
コテージの扉を開ける。
「お帰りなさい」
アキハ先輩が微笑んで言う。
その隣には、フユミがいた。コハルもいた。ナツキもいた。
四人でスイカを食べていた。
「遅かったわね」
フユミは当たり前のようにそう言い、手に取ったスイカを一口かじった。
「トーマ、こっちこっち〜!」
コハルが手招きしていた。
「先輩、スイカに塩かけます? 岩塩と海塩がありますよ」
ナツキがソルトミルをしゃかしゃか振った。
俺はと言うと、
「お、おおお……」
予想だにしなかった全員集合に、空いた口がふさがらなかった。