「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
夕食は、にぎやかだった。
卓上には、鮮魚店から仕入れた料理が所狭しと並んでいた。刺身の盛り合わせ、鯛の塩焼き、その他もろもろ。海の幸が取りそろえられていた。
「わあ、ちょー豪華!!」
コハルが目を輝かせた。
「このあたりの漁師さんとは懇意にしていますので」
アキハ先輩はさらりと言った。
「じゃあ、貝から焼きますか」
フユミがエプロン姿で袖をまくる。コンロの火加減を確かめて、バターを一欠片だけ落とす。じゅわ、と音がして、バターと醤油の香りが広がった。
「俺、刺身の盛り付けしますよ」
「お願いします」
アキハ先輩が差し出した皿を受け取った。
コハルはトウモロコシを焼いていた。時々くるりと回しながら、焦げ目をつけていく。
ナツキはと言うと、
「私も何か手伝いたいのですが」
「じゃあ、応援してて。すぐできるから」
コハルに押し返されたナツキは、むっと頬を膨らませる。
「……私も何か手伝いたいのですが!」
「じゃあ、食器出しといてほしいな」
俺が言うと、ナツキは意気揚々と棚の方へ向かった。
「手を滑らせないようにね」
フユミが声をかけると、
「みんな私のこと子ども扱いしてますよね」
ナツキはぷりぷり怒った。
そうして準備が整った。
「いただきます」
五人で手を合わせる。
最初に貝に手を伸ばしたのは、コハルだった。ホタテをひと口かじり、
「んー!!」
かわいい声を上げた。
「おいし〜〜!! バター醤油のシンプルな味付けが良いですね!!」
「ですね」
ナツキが静かに同意した。
「刺身も新鮮でいいわね」
フユミがマグロを箸でつまみながら言った。醤油をちょんとつけて、口に運ぶ。満足げに碧眼を細めた。
「喜んでもらえて何よりです」
アキハ先輩が微笑む。茶碗が空になっている。この人、食べるのメチャクチャ早いな……。
「あっ、じゃあ俺ご飯よそいますよ」
俺は炊飯器から茶碗によそって、アキハ先輩の分をよそった。
「ありがとうございます」
アキハ先輩が受け取った。
ふと、アキハ先輩の皿を見ると、刺身と焼き貝と鯛の塩焼きだけが山になっていた。野菜系の副菜には一切手が伸びていない。
「アキハ先輩」
フユミが静かに呼んだ。
「なんでしょう」
「野菜も食べないと体に悪いですよ」
「私は無敵なので大丈夫です」
澄まし顔の即答だった。
「無敵って何ですか」
「無敵です」
フユミはため息をついて、ゴーヤの白和えをアキハ先輩の皿の端にそっと乗せた。アキハ先輩は一瞬だけ白和えを見て、それから黙って口に運んだ。
「……野菜嫌いというわけではないんですよ。私は好き嫌いしませんから。ただ、お魚とお肉が、好きなだけで……」
「はいはい」
フユミは小さく嘆息してから、自分の箸を動かした。
一方、コハルはナツキの方へ枝豆の皿を押しやる。
「ナツキちゃん、枝豆食べてる? タンパク質は体つくりにいいよ」
「食べています」
「お味噌汁は?」
「飲んでいます」
「えらいね〜」
「……子ども扱いしないでください」
ナツキはむっとしたが、コハルはケラケラ笑うだけだった。
「ナツキ、ナスの揚げびたしも」
フユミがナツキの皿にナスを取り分けた。
「……ありがとうございます」
ナツキは素直に受け取った。
「ナッちゃん、ひじきも食べなよ〜」
「わかりました」
「トウモロコシは?」
「あ、少しください」
アキハ先輩が焼きトウモロコシを渡した。ナツキの皿がみるみる賑やかになっていく。当のナツキは料理の味に夢中なのか、気づけば黙々と食べていた。
「……おいしいね、これ」
俺は手元の茶碗蒸しを食べながら、そう言った。
「どれが?」
フユミが横目で見てきた。
「どれもおいしいよ」
俺が答えると、フユミは少しだけ鼻を鳴らす。
「雑食だもんね、アンタ。手当たり次第に手を付けちゃって。ねぇ?」
フユミの言葉には含みがある。碧眼がギラッと光る。小首をかしげた勢いで、金髪のツインテールが肩からさらりと滑り落ちる。
「い゙っ、いやぁ、あの……」
俺は他の三人に、視線でSOSを送る。しかし、四面楚歌ならぬ三面楚歌だ。コハルとナツキが何かを囁き合って、くすくす笑っている。アキハ先輩はいつの間にか、ゴーヤの白和えをおかわりしている。
逃げ場は無い。
フユミに視線を戻すと、黙々と刺身を食べていた。
俺もそれに倣い、食事に集中した。
◆
食後、俺たち五人は自然にデッキへ出た。
七月初旬、午後七時を過ぎても、未だ日は落ちきらない。
西の水平線が、薄藍色に滲んでいる。東の空は、より深い色に染まっている。濃紺の
海風が吹く。潮の匂いが濃かった。
デッキの床板が昼間の熱気を溜め込んでいるのか、足裏へ温もりを伝えてくる。
でも海風は、少しだけ涼しい。
波は寄せては返し、返しては寄せる。砕ける波飛沫の白さだけが、暗くなる海で目立っている。波音は低く、規則正しく繰り返す。静寂が際立つ。
誰も、何も言わなかった。
フユミは手すりにもたれて、一番星を見上げていた。
コハルは、潮風に揺られる髪を押さえていた。
ナツキは海を眺めているようだった。
アキハ先輩は目を細めて、俺を見て微笑んだ。
四人とも、それぞれの表情をしていた。
今、伝えたいことがある。
「……あのさ、」
振り向いて、四人を見る。四人も、俺を見る。
波の音だけが響いていた。
「……俺、ずっと一緒にいたい。五人で、ずっと」
誰も何も言わなかった。
波の音だけが、ずっと響いていた。
フユミが最初に口を開いた。
「何を今さら」
声には呆れが混じっていた。
「カッコつけるねぇ」
コハルが眉尻を下げて笑った。
「皆そのつもりでしょう、もう」
ナツキが淡々と呟いた。
「ふふ、計画成功ですね」
アキハ先輩は両手を合わせて、心底幸せそうに、天使みたいに笑った。
『五人で一緒がいい』なんて。
告白としては無茶苦茶で情けない。
そもそも人として、許されないのかもしれない。
でも、これが俺の全部だった。
波が来ては返す。夜の海は、ひどく静かだった。