「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第3話 フユミ、トーマの黒歴史を皆に話す(前編)

 食後、五人でリビングに戻った。

 

 海沿いのコテージのリビングは、白を基調とした清潔な内装だった。天井が高い。大きな掃き出し窓からは夜の海が見える。ゆったりとした空気が漂っていた。

 

 俺は全員分のドリンクを用意した。

 

 アキハ先輩にはアッサムティー。フユミにはレモンティー。コハルにはアイスココア。ナツキにはクリームモカフラペチーノ。

 

 それぞれの前に置いていくと、四人がそれぞれのドリンクを手に取る。

 

 コハルは「やったあ」と呟き、マドラーでココアをかき混ぜる。ナツキは、フラペチーノのストローをくるくると回す。

 

 ひと心地ついたところで、フユミがふと思いついたように口を開いた。

 

「トーマの小学校の頃の話、しましょうか」

 

「え゙っほげほ!」

 

 クリームソーダを飲んでいた俺は勢いよくムセた

 

「ど、どれ話すの?」

 

「そうねぇ」

 

 フユミは指折り数え始めた。

 

「小二のときのお泊り会の話と、小五のときの運動会のアレと、小六の夏休みの……」

 

 一本、二本、三本、フユミの細い指がすらりと伸びるたび、俺の背筋はゾクゾク冷え込む。

 

 どれもこれも記憶にある。

 

 黒歴史だ。

 お泊り会の話は今でも顔が熱くなる。運動会での過ちは一生封印するつもりだった。小六の夏休みの話に至っては、墓場まで持っていくつもりだった。

 

 俺は意を決して声を張り上げる。

 

「そんなことより、夏なんだから怪談大会しようぜ!! 俺、洒落にならないほど怖い話いっぱい知ってるからさ!!」

 

「洒落にならないほど怖いのはアンタの女癖の悪さよ」

 

「ゔっ」

 

「そーだそーだ!」

 

 コハルがストローから口を離して言った。

 

「妖怪 沼らせ男だ! スワンプマンだ!」

 

「スワンプマンそういうのじゃないですよ」

 

 ナツキが即座に訂正した。

 

「それはそうと、私たちと出会う前の先輩の話は、是が非でも聞いておきたいですね」

 

「ええ、私も聞きたいですね」

 

 アキハ先輩がティーカップを傾けながら、にっこり微笑んだ。

 

「フユミさんしか知らないでしょうし」

 

「じゃ、決まりね」

 

 フユミがうなずいた。

 四人ともノリノリだった。完全に包囲されている。

 

 俺は抵抗を諦めた。

 

 こうして、俺の黒歴史発表会が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ次は……」

 

 フユミはレモンティーをひと口飲み、口元を緩めた。俺は疲弊しきっていた。すでにいくつかの黒歴史を開示されたのだ。

 

「小六の夏休みの話、しましょうか」

 

「お゜!?」

 

 変な声が出た。

 俺の黒歴史の中でも、特に恥ずかしいやつだ。

 

「2021年の夏、コロナ禍で外に出られなくて、みんな暇を持て余してたころ」

 

「……フユミ、それは」

 

「YouTube始めたのよね。トーマが」

 

 コハルが「え!?」と身を乗り出す。アイスココアのグラスに胸がぶつかり、危うく傾きかける。コハルは「おっとっと!」と慌てて押さえた。

 

「ユーチューバーやってたの!?」

 

「やってない! ちょっと動画を上げただけです!!」

 

「動画作ったなら『やってた』ってことじゃん!」

 

「そうなの。トーマ、ユーチューバーだったのよ」

 

 フユミは上機嫌で続ける。

 

「トーマ、料理動画を投稿し始めたの。当時、そういうvlog(ブイログ)が流行ってたじゃない? 多分それを真似たんでしょうね」

 

「料理動画……」

 

 ナツキが静かに呟く。マドラーでフラペチーノをかき混ぜる手を止め、俺を見る。黒い瞳に、少々サディスティックな色が()ぎる。

 

「どんな内容だったんです?」

 

「それがね」

 

 フユミは口元を華奢な手で覆い、笑いをこらえつつ言う。

 

「トーマがひたすら『これならフユ、えー、生魚なニガテな人でも食べられると思います』とか『フ、えっと、レモンが好きな人にオススメです』とか言って、ひたすら私のために料理を作ってて。BGMも、ジングルも、ナレーションも無いの」

 

 小学生が作った動画だから、当たり前と言えば当たり前だけど。

 

 そう言って、フユミは笑った。

 

 一瞬の沈黙。

 

「か、かわいい〜!!」

 

 コハルが叫んだ。別に俺は可愛くはない。

 

「おお……!」

 

 ナツキが嘆息した。嘆息なんかすんな、こんな話で。

 

「これは『おお』ですね」 

 

 アキハ先輩が目を丸くした。何すか、『これは「おお」ですね』って。

 

 コハルはグラスを置き、俺にググッと身を寄せる。近いよ〜。ココナッツの香りがするよ〜。

 

「え、ずーっとフユちゃんのために料理してたの!?」

 

「そうよ。三十分くらいの動画を毎日上げてくれてたの」

 

「そんで毎回フユちゃんの名前言いそうになってたの!?」

 

「最初の動画だけよ。二日目からは気を付けて言わないようにしてたわね。でも、雑談の内容が私の話ばっかりだったの。『デルトラクエストを貸してもらった』とか、『鬼滅の刃の映画を一緒に見に行った』とか、いろいろ。もーすっごく楽しそうに話すから、私の方が恥ずかしくなっちゃって」

 

「おお……」

 

 ナツキがまたもや嘆息した。

 

「……トーマさん」

 

 アキハ先輩が俺を見た。黒曜の瞳が、妖しい光を(たた)えている

 

「本当に、ずっと前から好きだったんですね。フユミさんのことが」

 

「……そうですよ」

 

 嘘はつけないので肯定する。

 フユミは「ふふん」と鼻を鳴らした。それはそれは得意げに、碧眼を輝かせていた。アキハ先輩がほんの少しだけ、むむっと頬を膨らませた。

 

「でも、それだけだと黒歴史じゃなくない?」

 

 コハルが小首をかしげる。フユミは、

 

「そこが面白いところでね」

 

 と笑う。

 

「トーマ、限定公開のリンクをクラスラインに貼っちゃったのよ」

 

 全員が静止した。

 コテージに、静寂が落ちた。

 波の音だけが、遠くから聞こえていた。

 

 やがて、コハルが俺に問う。

 

「そ、送信取り消しは?」

 

 俺に聞くな俺に、と思うが、答えるしかない。

 

「取り消せなかった。寝る前にフユミに送ったつもりだったから、朝起きてから気づいて……送信取消の期限は一時間だから……」

 

 俺の声は、恥ずかしさのあまり尻すぼみだった。

 

 ナツキは共感性羞恥に顔を赤らめ、天井を仰いでから俺に問うた。

 

「ど、どうなったんですか……?」

 

「クラスのグループLINEが大騒ぎになったのよ」

 

 フユミが笑いをこらえつつ答えた。

 

「『日村くんの動画見た?』って連絡が引っ切り無しに来て。見た子の感想が『料理上手』と『フユミちゃんのこと好きなんだね』ばっかりで」

 

 ばっかりで、じゃあないんだよ!!

 

 叫びたくなるのを必死に堪える俺の隣で、フユミは少しだけうつむく。金髪が肩からさらりと落ちる。レモンティーのカップを両手に包み、碧眼を細める。まるで今この瞬間が宝物であるかのように微笑んでいた。

 

「トーマって私のこと、ほんとに好きなんだな〜〜って思ったの」

 

 フユミは最後だけ柔らかく言った。

 

 

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