「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
食後、五人でリビングに戻った。
海沿いのコテージのリビングは、白を基調とした清潔な内装だった。天井が高い。大きな掃き出し窓からは夜の海が見える。ゆったりとした空気が漂っていた。
俺は全員分のドリンクを用意した。
アキハ先輩にはアッサムティー。フユミにはレモンティー。コハルにはアイスココア。ナツキにはクリームモカフラペチーノ。
それぞれの前に置いていくと、四人がそれぞれのドリンクを手に取る。
コハルは「やったあ」と呟き、マドラーでココアをかき混ぜる。ナツキは、フラペチーノのストローをくるくると回す。
ひと心地ついたところで、フユミがふと思いついたように口を開いた。
「トーマの小学校の頃の話、しましょうか」
「え゙っほげほ!」
クリームソーダを飲んでいた俺は勢いよくムセた
「ど、どれ話すの?」
「そうねぇ」
フユミは指折り数え始めた。
「小二のときのお泊り会の話と、小五のときの運動会のアレと、小六の夏休みの……」
一本、二本、三本、フユミの細い指がすらりと伸びるたび、俺の背筋はゾクゾク冷え込む。
どれもこれも記憶にある。
黒歴史だ。
お泊り会の話は今でも顔が熱くなる。運動会での過ちは一生封印するつもりだった。小六の夏休みの話に至っては、墓場まで持っていくつもりだった。
俺は意を決して声を張り上げる。
「そんなことより、夏なんだから怪談大会しようぜ!! 俺、洒落にならないほど怖い話いっぱい知ってるからさ!!」
「洒落にならないほど怖いのはアンタの女癖の悪さよ」
「ゔっ」
「そーだそーだ!」
コハルがストローから口を離して言った。
「妖怪 沼らせ男だ! スワンプマンだ!」
「スワンプマンそういうのじゃないですよ」
ナツキが即座に訂正した。
「それはそうと、私たちと出会う前の先輩の話は、是が非でも聞いておきたいですね」
「ええ、私も聞きたいですね」
アキハ先輩がティーカップを傾けながら、にっこり微笑んだ。
「フユミさんしか知らないでしょうし」
「じゃ、決まりね」
フユミがうなずいた。
四人ともノリノリだった。完全に包囲されている。
俺は抵抗を諦めた。
こうして、俺の黒歴史発表会が始まった。
◆
「じゃあ次は……」
フユミはレモンティーをひと口飲み、口元を緩めた。俺は疲弊しきっていた。すでにいくつかの黒歴史を開示されたのだ。
「小六の夏休みの話、しましょうか」
「お゜!?」
変な声が出た。
俺の黒歴史の中でも、特に恥ずかしいやつだ。
「2021年の夏、コロナ禍で外に出られなくて、みんな暇を持て余してたころ」
「……フユミ、それは」
「YouTube始めたのよね。トーマが」
コハルが「え!?」と身を乗り出す。アイスココアのグラスに胸がぶつかり、危うく傾きかける。コハルは「おっとっと!」と慌てて押さえた。
「ユーチューバーやってたの!?」
「やってない! ちょっと動画を上げただけです!!」
「動画作ったなら『やってた』ってことじゃん!」
「そうなの。トーマ、ユーチューバーだったのよ」
フユミは上機嫌で続ける。
「トーマ、料理動画を投稿し始めたの。当時、そういう
「料理動画……」
ナツキが静かに呟く。マドラーでフラペチーノをかき混ぜる手を止め、俺を見る。黒い瞳に、少々サディスティックな色が
「どんな内容だったんです?」
「それがね」
フユミは口元を華奢な手で覆い、笑いをこらえつつ言う。
「トーマがひたすら『これならフユ、えー、生魚なニガテな人でも食べられると思います』とか『フ、えっと、レモンが好きな人にオススメです』とか言って、ひたすら私のために料理を作ってて。BGMも、ジングルも、ナレーションも無いの」
小学生が作った動画だから、当たり前と言えば当たり前だけど。
そう言って、フユミは笑った。
一瞬の沈黙。
「か、かわいい〜!!」
コハルが叫んだ。別に俺は可愛くはない。
「おお……!」
ナツキが嘆息した。嘆息なんかすんな、こんな話で。
「これは『おお』ですね」
アキハ先輩が目を丸くした。何すか、『これは「おお」ですね』って。
コハルはグラスを置き、俺にググッと身を寄せる。近いよ〜。ココナッツの香りがするよ〜。
「え、ずーっとフユちゃんのために料理してたの!?」
「そうよ。三十分くらいの動画を毎日上げてくれてたの」
「そんで毎回フユちゃんの名前言いそうになってたの!?」
「最初の動画だけよ。二日目からは気を付けて言わないようにしてたわね。でも、雑談の内容が私の話ばっかりだったの。『デルトラクエストを貸してもらった』とか、『鬼滅の刃の映画を一緒に見に行った』とか、いろいろ。もーすっごく楽しそうに話すから、私の方が恥ずかしくなっちゃって」
「おお……」
ナツキがまたもや嘆息した。
「……トーマさん」
アキハ先輩が俺を見た。黒曜の瞳が、妖しい光を
「本当に、ずっと前から好きだったんですね。フユミさんのことが」
「……そうですよ」
嘘はつけないので肯定する。
フユミは「ふふん」と鼻を鳴らした。それはそれは得意げに、碧眼を輝かせていた。アキハ先輩がほんの少しだけ、むむっと頬を膨らませた。
「でも、それだけだと黒歴史じゃなくない?」
コハルが小首をかしげる。フユミは、
「そこが面白いところでね」
と笑う。
「トーマ、限定公開のリンクをクラスラインに貼っちゃったのよ」
全員が静止した。
コテージに、静寂が落ちた。
波の音だけが、遠くから聞こえていた。
やがて、コハルが俺に問う。
「そ、送信取り消しは?」
俺に聞くな俺に、と思うが、答えるしかない。
「取り消せなかった。寝る前にフユミに送ったつもりだったから、朝起きてから気づいて……送信取消の期限は一時間だから……」
俺の声は、恥ずかしさのあまり尻すぼみだった。
ナツキは共感性羞恥に顔を赤らめ、天井を仰いでから俺に問うた。
「ど、どうなったんですか……?」
「クラスのグループLINEが大騒ぎになったのよ」
フユミが笑いをこらえつつ答えた。
「『日村くんの動画見た?』って連絡が引っ切り無しに来て。見た子の感想が『料理上手』と『フユミちゃんのこと好きなんだね』ばっかりで」
ばっかりで、じゃあないんだよ!!
叫びたくなるのを必死に堪える俺の隣で、フユミは少しだけうつむく。金髪が肩からさらりと落ちる。レモンティーのカップを両手に包み、碧眼を細める。まるで今この瞬間が宝物であるかのように微笑んでいた。
「トーマって私のこと、ほんとに好きなんだな〜〜って思ったの」
フユミは最後だけ柔らかく言った。