「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
前回までのあらすじ!
アキハ先輩が所有している海沿いのコテージに、俺、フユミ、コハル、ナツキが揃っている。話の流れで、フユミが俺の黒歴史を話すことになった。なったんだから仕方ない。
それは、『小学六年生の夏、当時コロナ禍で中々会えなかったフユミのために料理動画を毎日投稿し、誤ってクラスLINEに共有してしまった』というエピソードだった。
もう恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがない。
かけるだけの恥をかいた俺は、ソファの隅で縮こまっている。
フユミはと言うと、それはそれは満足げだった。
「トーマって私のこと、ほんとに好きなんだな〜〜って思ったの」
フユミは少しだけうつむく。
金髪が肩からさらりと落ちる。レモンティーのカップを両手に包み、碧眼を細める。まるで今この瞬間が宝物であるかのように微笑んでいた。
コハルが「うわ〜〜!!」と声を上げた。両手で頬を覆う、指の隙間から覗くコハルの目が潤んでいた。ネイルチップをつけた小さな指が、顔の横でぷるぷる震える。
「自粛中でなかなか会えないフユちゃんのために、そんなことを……!」
「トーマさんらしいと言えばトーマさんらしいですね」
アキハ先輩が笑う。フユミもにこにこしている。俺は恥のあまり全身が熱い。
「……ちなみに」
ナツキが俺を見た。
「そのURLは、今でも残っていますか?」
「消したに決まってんだろ!!」
俺が即答すると、
「全部保存してあるわよ」
フユミが即座に切り返した。こ、コイツ……なんで五年も前の動画を保存してるんだ。物持ちの良い奴め──!
「ぜひ拝見したいのですが」
「えー、どうしようかしら。トーマ次第かしらね?」
フユミは横目で俺を見る。ナツキも俺を視線で探る。俺は首を横に振る。
が、
「先輩……私、どうしても、小学生の頃の先輩を見たいんです……」
ナツキがきゅるきゅるした上目遣いで俺を見上げた。あどけない眼差し、大きな瞳。平時の
何だコイツ、急にカワイコぶりっ子しやがって。そんなんで俺を籠絡しようなんざ百年早い。
「今回だけだからな」
俺は籠絡された。ここで会ったが百年目である。
「せっかくですから上映会しましょうか」
アキハ先輩が当然のことのように言った。
「え゙、ちょ」
「私も同じ事を考えていました」
ナツキが乗っかった。ヤバい。
「いーねいーねー! 楽しいことは、みんなでやりたいもんね!」
コハルもノリノリである。ヤバい!
「私も大画面で見たいと思ってたのよね」
フユミも満更でもなさそうだヤバいヤバいヤバい!!!
「じゃあ俺はひとっ風呂浴びてこようかな」
ぬるっと抜け出そうとした俺の腰を、アキハ先輩がガシッと抱えた。
「あ、アキハ先輩……?」
俺の体は引き寄せられる。まるで社交ダンスのような体勢。
「行かないでください。せっかく一緒の時間なんですから、あなたと離れたくありません……」
アキハ先輩は俺の顎先をつまみ、クイッと上げる。貴公子みたいな仕草だ。ダマスクローズの香りがふんわり広がる。この人、いっつも薔薇の花の良い匂いがするな……。
「ねえトーマさん。どうか、そばにいてくれませんか……?」
涼やかな切れ長の瞳から、しっとりした視線が伸びる。俺が逆らえるはずもない。
「は、はい……♡」
「では決まりですね。すぐにセッティングします」
アキハ先輩はすっと身を離し、機材を取りに行った。コテージの廊下に、颯爽とした足音が遠ざかっていく。ちくしょう乗せられてしまった!
「イェーイ!」
「Foo!!」
コハルとナツキがハイタッチする。パァンと乾いた音が響く。
「トーマ、あんたチョロすぎ」
フユミがやれやれと肩をすくめる。窓の外では、波がまた打ち寄せては打ち返していた。
◆
大量にあった俺の料理動画を見ている間に、もうすっかり夜になっていた。
掃き出し窓の向こう、満月に近い丸い月が、波間をおぼろげに照らしている。濃藍の海面は月光を受けた個所だけ、乳白色に輝いている。
絶景だ。
だが俺は集中できなかった。
俺の黒歴史動画が、4Kの大画面で上映されているからだ。
美少女四天王はというと、動画を見ながら、それはそれは楽しんでいた。
俺が包丁やフライパンを使うたび、コハルが「うまい!」と歓声を上げる。フユミが「小学生とは思えないでしょう」と自慢げに言う。
俺が見切れるたびに、ナツキやアキハ先輩が微笑む、「可愛いですねぇ」「今の先輩より素直な顔つきですね」と。
雑談パートで、幼き俺が『フユ……えーと』とフユミの名前を言いかけるたびに、笑いが起きる。
アキハ先輩は「ふふふ」と上品に笑いをこらえながら見ていた。コハルは「あっはっは!」とお腹を抱えて大笑い。ナツキは片手で口を覆い、忍び笑いを漏らす。フユミは、ずっと穏やかに微笑んでいた。
俺はソファの隅っこでふてくされていた。
「トーマ、なーにムクれてんのよ」
フユミが俺の肩をつついた。頬が上気して、碧眼がいつもより柔らかく光る。機嫌がいいときのフユミは、手に負えないくらい可愛い。それが本当に愛おしくて、なんだか悔しい。
「……別に」
「うそ。耳まで赤いじゃない」
言いながら、フユミは俺の耳をそっとなぞる。指摘されて、余計に熱くなるのがわかる。
くっくっく、とフユミが笑う。
「トーマくんはかわいいわね〜。照れ屋さんで。ねぇ? ほらおいで。撫でたげるから」
フユミが俺の髪を手で
「いいよ別に。てか照れてねーし」
「もう、スネないの」
フユミは俺の頭を優しく抱え、くいっと引き寄せた。近いよ〜。俺は甘い香りに包まれる。フユミが大人っぽく微笑む。強い、強いぞフユミ。なんだかフユミは、ここ数日で一気に大人びた気がする。
そんな俺たちの様子を、アキハ先輩が愉しげに眺めている。
「トーマさんは、妙なとこで照れ屋さんですよね」
澄んだ声は弾んでいた。いつもよりもイタズラっぽい笑みだ。
「そうですね」
ナツキはフラペチーノを飲み干し、机に置いた。
「思えば、文芸部で一緒に本を読んでいるとき、性描写があると、あからさまに動揺していました」
「……それは、その」
「ページをめくる速度が急に速くなって、目線が泳いで、咳払いを六回しました」
「カウントしてたの!?」
「記録しておくと後で面白いので」
淡々と言ってくれるな。
「言われてみれば」
アキハ先輩は、今思い出したように続けた。
「チェンソーマンのレゼ編の映画を一緒に見に行ったときも、ヌードやキスシーンのたびに落ち着きがなくなっていましたね。座り直したり、ポップコーンを食べ始めたり」
「映画に集中してただけですよ」
「十四回座り直していましたよ」
「カウントしてたんですか!?」
「記録しておくと後で面白いので」
アキハ先輩とナツキが同じことを言った。そしてお互いを見て、くすっと笑った。この二人のこういうところは凄く似ている。
「お家でテレビドラマ見てるときもそんな感じだったわ〜」
コハルがソファで横になったまま言った。天井を見上げながら、足をぷらぷらさせている。
「カップルが絡むシーンになると、急に気まずそうな感じ出してさ。お手洗い行ったり、飲み物の用意したりするの」
「……気まずくはなかったよ」
「え〜? ホントにぃ〜?」
コハルはころんと寝返りを打って、こちらを向いた。プラチナブロンドの巻き毛がソファの上に広がる。くりくりした瞳が、真正面から俺を見上げる。まつげの長さがわかるほどの至近距離だ。
コハルはにまーっと笑う。
「ホントにホントにぃ〜?」
もう一回言われた。
「本当、です」
「あはっ。なんで敬語?」
コハルはころころと笑った。
「デリカシーないくせにウブなのよね、トーマは」
フユミがそう言って、俺の方を向いた。
碧眼の端が、三日月みたいに細く曲がっていた。唇の端が緩み、甘く意地悪な笑みを形作る。こういう顔をするとき、フユミはいつも本当に楽しそうで、本当に可愛くて、本当に困る。
俺は返事をせず、ソファの背もたれに深く沈んだ。
外からの波音が小さく聞こえる。
コテージの中には、くすくすと笑い声が広がっていた。