「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
「カポーンっていう擬音語は誰が考えたんだろう? スゲーよね」
コハルは月を見上げて、そう言った。
「高橋留美子ですね。『うる星やつら』の頃からあったので、八〇年代には定着したようです」
ナツキが即答した。
「ナツキあんた、何でも知ってるわね……」
フユミは素直に感心した。
三人は今、露天風呂にいた。
岩を組んだ湯船は広い。湯気が白く立ち上り、夜空へ溶けていく。
塀の向こうからは、波の音が聞こえる。ほのかな潮の匂いが、温泉の香りと混じって、三人の鼻をくすぐった。
「何でもは知りませんよ、知ってることだけです」
ナツキがふふんと小鼻を鳴らした。
「トーマやアキハ先輩も時々それ言うけど、流行ってるの?」
フユミが不思議そうな顔をした。碧眼が、きょとんと丸くなっている。湯桶を手に持ったまま小首をかしげると、肩口から金髪がさらりと流れた。
「二十年前のラノベのネタだね」
コハルが笑った。プラチナブロンドの巻き毛が、湯気を含んでふわふわ膨らんでいる。小さな手で湯をすくい取ろうとして、
「ふわっ、あっつぅ」
思わず引っ込めた。
フユミが小さく肩をすくめる。
「
「あ、ほんとだ。ありがとー」
ナツキは二人に倣い、自分の桶に湯を汲んで、膝から順番に丁寧にかけていた。
しばらく三人とも黙って掛け湯を続けた。
湯気がもうもうと立ち込める。波の音。湯の音。水音だけが聞こえる。
「……広いですね」
ナツキがぽつりと言った。
「ね。広いねぇ〜」
コハルが応えた。
◆
「しかし、こうして比べて見ると……」
ナツキは、湯に浸かりながら、フユミとコハルを眺める。そして、自らの肢体に視線を下ろす。
「私はつくづく、ペチャパイですね」
「ペチャパイって今日び聞かないけども……」
コハルが苦笑する。
「お尻も難産型ですし」
「難産型って何よ。安産型の逆?」
フユミも苦笑した。
「私はまさしく幼児体型そのものです。いや、それを差し引いても、お二方のスタイルが圧倒的なのか……」
ナツキは再度、二人を見つめ直す。一歳違いとは思えない発育の差。発育の女神がいるとしたら、リソース配分をミスったのではないか。なんでこんなグラドル顔負けのメリハリボディが、同じ学園の同じ学年に揃っているのか……
「何食べたらそんななるんですか?」
「PFCバランス保って適正カロリー摂ると良いよ〜」
コハルがふわふわした声で答えた。
フユミは金髪をかきあげて言う。
「成長期に動いてれば自然とこうなるわよ」
「自然にHカップに育つわけないでしょうナメてるんですかヘイトスピーチですか出るとこ出ますよ」
「急加速するんじゃないわよ」
「出るとこ出てるのはフユちゃんの体の方だけどね!」
「トーマみたいな冗談を言うんじゃないわよ」
コハルがボケると収拾つかなくなるな、と思うフユミだった。
「しっかし、ほんとに広いねー。三人じゃもったいないくらい」
コハルが伸びをする。フユミは澄まし顔で言う。
「五人で入ればいいじゃない」
「先輩も一緒にですか!?」
ナツキの頓狂声に、
「冗談よ」
フユミは大人びた微笑で応えた。
コハルは「絶対冗談じゃないじゃん」と笑い返す。フユミは「冗談よー」と繰り返す。
ナツキは二人のやりとりを聞きながら、静かに夜空を見上げていた。
少しして訪れた静寂の中、
「……月が、綺麗ですね」
ぽつりと言った。
「お、アイラブユーだね」
コハルが茶化す。
「死んでもいいなんて思えないわ」
フユミも乗っかった。
ナツキは二人を横目で見る。
「明日の月は見られないでしょうね」
「ふふっ、アイキルユーの夏目漱石版ね」
フユミが声を上げて笑った。
いつも大人っぽくて綺麗なのに、笑うと子どもっぽくて可愛いのはズルくないか。ナツキはそう思った。
「ねーナッちゃん。これ、満月?」
コハルの問いかけに、ナツキは首を横に振る。
「
「へぇ〜。ナッちゃんいろいろ知ってるなぁ」
コハルは月を眺めながら、しばらく黙っていた。
「なんか、いい名前だね」
「……私も、そう思います。」
ナツキも月を見たまま言った。
「満月じゃないから、少し足りない。でもその足りなさに、ちゃんと名前がついてて……待ってる人がいて……時間はかかるけど、確かに昇ってきて……」
言いながら、ナツキは気付く。
更待月は、まるでフユミさんみたいだ、なんて。
少し詩的な気分かもしれない、とナツキは自覚した。半ば無意識的に、視線をフユミに寄越してしまう。
フユミの碧眼は、瑠璃を溶かしたように潤んで輝く。すべてを見透かす澄んだ青。ナツキは目を合わせただけなのに圧倒されて、その美しさにため息をついてしまった。
「ナッちゃん、どったの? のぼせちゃった?」
コハルが少しだけ心配げに覗き込む。
「いえ」
ナツキは短く応え、続ける。
「先輩が幼少期からフユミさんにのぼせ上がっていた気持ちがわかるなぁ、と思いまして」
「ああ、わかるわー」
コハルは深くうなずいた。
「まあ、アイツの女癖が悪いのは、十中八九は私のせいでしょうね」
フユミは自嘲気味に、そして、少しだけ誇らしげに言った。
「どういう意味ですか、それ」
「そういう意味よ。お察しの通り」
「……ダメですね。反論が思いつきません」
「ナッちゃん、諦め早いよ〜」
三人で微笑み合う。
しばらく誰も、何も言わなかった。これまでのことも、これからのことも、お湯の中に溶けて消えていくような気がした。
「……今日、来てよかった」
コハルが言った。
「そうね。楽しい」
フユミが同調する。
「急にアキハ先輩から呼び出されたときは、何事かと思ったけれどね」
「ねー。ナツキちゃんは?」
「──楽しかったですよ」
ナツキは少し間を置いてから、付け加えた。
「来てよかったと思います。ほんとに」
コハルは安堵したように微笑む、そして月を見上げ、つぶやいた。
「……アキハ先輩、今頃トーマと何してるんだろね」