「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

136 / 141
第7話 ☆フユミとコハルとナツキ、露天風呂で三人(後編)

「アキハ先輩、今ごろ何してるんだろうね」

 

 コハルの呟きは曰くありげな響きだった。

 しかしフユミは、気にした様子もなく淡々と答える。

 

「まあ、()()()()やってるんでしょうね」

 

「そうですね」

 

 ナツキが静かに同意する。そして、訥々(とつとつ)と語る。

 

「アキハさんは、全部考えていたんだと思います。私たち三人がここに来ることも、トーマさんと二人きりになることも、最初から」

 

「やっぱ、計算してたのかぁ」

 

 コハルが言うと、

 

「計算、というより」

 

 ナツキが少し考えてから続ける。

 

「全部が自然にそうなるように、準備して関与していたんだと思います。計算しているのに、計算に見えない。全員が納得するように状況を操作する。あの人はそういう人です」

 

「ほぁ〜〜……相変わらず、完璧超人だよねー」

 

 コハルはしみじみと言った。

 コハルさんも似たような計算ちょくちょくしてますよね、とナツキは思ったが、口には出さなかった。

 

「すごいけど、ちょっとズルいよね。アキハ先輩って、いつも一番カッコいいとこ持ってくじゃん」

 

「そうねぇ……」

 

 フユミは曖昧に同調し、月を見ていた。

 

 湯気の中で、更待月(ふけまちづき)をぼんやり眺める。

 薄雲が月の手前を横切って、ふわりふわりと漂っていく。

 

 フユミは思う。

 アキハ先輩は強い人だ。強くて、隙がなくて、いつも完璧で。

 

 でも。

 それだけじゃない、とも思う。

 アキハ先輩には、意外と幼気(いたいけ)なところがある。

 

 合宿のとき、バスガイドに扮してノリノリだった。朝が弱くて、毎朝のように、いないはずの使用人を探していた。

 

 文化祭の最終日、廊下でバレエを踊っていたのも見た。文字通り舞い上がるほど嬉しいことがあったのだろう。

 

 それに何より、皆で集まったとき、アキハ先輩はいつも、驚くほど天真爛漫に笑う。

 

 アキハ先輩はきっと、私が思っていたより、独りよがりで、ワガママで、嫉妬深くて、寂しがり屋で──

 

 アキハの特徴を頭の中で列挙していくうちに、フユミは思い出した。

 

 五月、トーマと過ごした土曜日のこと。

 自分は可愛くない、と泣いたときのこと。

 

 そのとき自分が何を言ったか、フユミは詳細に覚えている。

 

『可愛くないわよ。大柄で、やきもち焼きで、お節介で、表裏激しくて、めんどくさくて、重くて』

 

 トーマは『全部かわいいじゃん』と笑ってくれた。しかし、アキハ先輩についてはどうだろうか。

 

 フユミは肩まで湯に浸かり、月を見上げて想う。

 

「──アキハ先輩って、案外」

 

 言葉が、フユミの口をついて出た。

 コハルとナツキがフユミの方を見る。

 フユミは少々ためらったが、口にすることを選んだ。

 

「案外、私に似て、素直になれない人なのかも」

 

「フユちゃん……」

 

「フユミさん……」

 

 コハルとナツキは神妙な面持ちになった。

 

「素直になれてない自覚あったんだ……」

 

「てっきりまだまだツンデレってるものかと……」

 

「ふたりとも、私のことチョットなめ始めてない?」

 

 フユミが目を細めて微笑む。というより、表情筋を無理やり笑顔を形作る。コメカミと口角がぴくぴくと引きつる。金髪が湯気で逆立ち、碧眼が冷たく光る。

 

 ナツキは少々ビクついたが、コハルはどこ吹く風と言わんばかりに話題を転ずる。

 

「ナッちゃんはどう思う? アキハ先輩のこと」

 

「え? あ、あぁ……難しい質問ですね」

 

 ナツキは返答に窮した。

 アキハとはそれなりに長い仲だ。毎日ラインするし、顔を合わせて話すことも頻繁にある。世間から見れば友人だ。

 

 が、ナツキはアキハを『よくわからない人』だと思っている。

 

 ナツキは数秒考えてから答えた。

 

「最初は苦手でした。何を考えているかわからなかったので」

 

「今は?」

 

 コハルの問いに、

 

「今も、全然わかりません」

 

 ナツキはいたずらに微笑む。黒曜の瞳が細められる。

 

「でも──」

 

 ナツキの眼差しに、真剣な光が宿った。

 

「アキハさんは、情の深い人です。好きな人のために、私たちのために、どんなに損をしても構わないと思ってる。トーマさんの病気が判明してから今の今まで、必死に頑張ってくれています。それに気付いてから、見方が変わりました」

 

 コハルが黙る。フユミも黙っている。

 

 水音だけが、しばらく続いた。湯が岩肌を撫でる音。遠くの波音。どこかで虫が鳴いている。

 

「なんか……」

 

 コハルがおもむろに口を開く

 

「なんか、なんだろ。アキハ先輩のこと、心配になっちゃうっていうか。頼りっきりのままじゃいられないっていうか…………んん〜…………ダメだ、もやもやしてるのにまとまんないわ」

 

 コハルが唸りながら湯面に口元まで浸かり、ぷくぷくと息を吐いた。プラチナブロンドの毛先が、湯気でしっとり重く垂れ込む。

 コハルが難しい顔をしているのを眺めていたフユミが、人差し指でコハルの頬をつついた。

 

「ひゃ」

 

「ふふ。らしくない顔するんじゃないわよ」

 

 フユミが微笑む。さっきまでの冷たい笑みとは別人のような、年不相応に落ち着いたクールな微笑だった。

 こういうナチュラルにメロいとこ、トーマに似てるんだよな……とコハルは思った。

 

 フユミは腕を広げて石縁にもたれかかり、胸を反らす。金髪が湯気の熱と湿気でゆるやかにうねっていた。

 

「大丈夫よ。多分いまごろ、アキハ先輩はトーマと良い感じになってるはずだから」

 

「いい感じ、というのは?」

 

 ナツキが問うた。フユミを見上げて瞳をぱちくりさせる様子は、常より幼く見えた。

 

「素直な感じよ」

 

 フユミは涼しい顔で答えた。石縁にもたれたまま、濡れた金髪の毛先を指で軽くほどいていく。余裕のある所作だった。

 

「素直、ですか」

 

 ナツキは小首を傾げた。

 コハルはそのやり取りを、湯に浸かったまま黙って眺めていた。

 

 そして、ふっと息を吐く。

 

「こーりゃ大変かもねー。アキハ先輩」

 

「そうね。まあ、今夜は大変でしょうね」

 

 うなずき合うコハルとフユミ。その隣で、

 

「素直な感じ……素直な感じで、大変……?」

 

 ナツキだけが、首を傾げていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。