「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
「アキハ先輩、今ごろ何してるんだろうね」
コハルの呟きは曰くありげな響きだった。
しかしフユミは、気にした様子もなく淡々と答える。
「まあ、
「そうですね」
ナツキが静かに同意する。そして、
「アキハさんは、全部考えていたんだと思います。私たち三人がここに来ることも、トーマさんと二人きりになることも、最初から」
「やっぱ、計算してたのかぁ」
コハルが言うと、
「計算、というより」
ナツキが少し考えてから続ける。
「全部が自然にそうなるように、準備して関与していたんだと思います。計算しているのに、計算に見えない。全員が納得するように状況を操作する。あの人はそういう人です」
「ほぁ〜〜……相変わらず、完璧超人だよねー」
コハルはしみじみと言った。
コハルさんも似たような計算ちょくちょくしてますよね、とナツキは思ったが、口には出さなかった。
「すごいけど、ちょっとズルいよね。アキハ先輩って、いつも一番カッコいいとこ持ってくじゃん」
「そうねぇ……」
フユミは曖昧に同調し、月を見ていた。
湯気の中で、
薄雲が月の手前を横切って、ふわりふわりと漂っていく。
フユミは思う。
アキハ先輩は強い人だ。強くて、隙がなくて、いつも完璧で。
でも。
それだけじゃない、とも思う。
アキハ先輩には、意外と
合宿のとき、バスガイドに扮してノリノリだった。朝が弱くて、毎朝のように、いないはずの使用人を探していた。
文化祭の最終日、廊下でバレエを踊っていたのも見た。文字通り舞い上がるほど嬉しいことがあったのだろう。
それに何より、皆で集まったとき、アキハ先輩はいつも、驚くほど天真爛漫に笑う。
アキハ先輩はきっと、私が思っていたより、独りよがりで、ワガママで、嫉妬深くて、寂しがり屋で──
アキハの特徴を頭の中で列挙していくうちに、フユミは思い出した。
五月、トーマと過ごした土曜日のこと。
自分は可愛くない、と泣いたときのこと。
そのとき自分が何を言ったか、フユミは詳細に覚えている。
『可愛くないわよ。大柄で、やきもち焼きで、お節介で、表裏激しくて、めんどくさくて、重くて』
トーマは『全部かわいいじゃん』と笑ってくれた。しかし、アキハ先輩についてはどうだろうか。
フユミは肩まで湯に浸かり、月を見上げて想う。
「──アキハ先輩って、案外」
言葉が、フユミの口をついて出た。
コハルとナツキがフユミの方を見る。
フユミは少々ためらったが、口にすることを選んだ。
「案外、私に似て、素直になれない人なのかも」
「フユちゃん……」
「フユミさん……」
コハルとナツキは神妙な面持ちになった。
「素直になれてない自覚あったんだ……」
「てっきりまだまだツンデレってるものかと……」
「ふたりとも、私のことチョットなめ始めてない?」
フユミが目を細めて微笑む。というより、表情筋を無理やり笑顔を形作る。コメカミと口角がぴくぴくと引きつる。金髪が湯気で逆立ち、碧眼が冷たく光る。
ナツキは少々ビクついたが、コハルはどこ吹く風と言わんばかりに話題を転ずる。
「ナッちゃんはどう思う? アキハ先輩のこと」
「え? あ、あぁ……難しい質問ですね」
ナツキは返答に窮した。
アキハとはそれなりに長い仲だ。毎日ラインするし、顔を合わせて話すことも頻繁にある。世間から見れば友人だ。
が、ナツキはアキハを『よくわからない人』だと思っている。
ナツキは数秒考えてから答えた。
「最初は苦手でした。何を考えているかわからなかったので」
「今は?」
コハルの問いに、
「今も、全然わかりません」
ナツキはいたずらに微笑む。黒曜の瞳が細められる。
「でも──」
ナツキの眼差しに、真剣な光が宿った。
「アキハさんは、情の深い人です。好きな人のために、私たちのために、どんなに損をしても構わないと思ってる。トーマさんの病気が判明してから今の今まで、必死に頑張ってくれています。それに気付いてから、見方が変わりました」
コハルが黙る。フユミも黙っている。
水音だけが、しばらく続いた。湯が岩肌を撫でる音。遠くの波音。どこかで虫が鳴いている。
「なんか……」
コハルがおもむろに口を開く
「なんか、なんだろ。アキハ先輩のこと、心配になっちゃうっていうか。頼りっきりのままじゃいられないっていうか…………んん〜…………ダメだ、もやもやしてるのにまとまんないわ」
コハルが唸りながら湯面に口元まで浸かり、ぷくぷくと息を吐いた。プラチナブロンドの毛先が、湯気でしっとり重く垂れ込む。
コハルが難しい顔をしているのを眺めていたフユミが、人差し指でコハルの頬をつついた。
「ひゃ」
「ふふ。らしくない顔するんじゃないわよ」
フユミが微笑む。さっきまでの冷たい笑みとは別人のような、年不相応に落ち着いたクールな微笑だった。
こういうナチュラルにメロいとこ、トーマに似てるんだよな……とコハルは思った。
フユミは腕を広げて石縁にもたれかかり、胸を反らす。金髪が湯気の熱と湿気でゆるやかにうねっていた。
「大丈夫よ。多分いまごろ、アキハ先輩はトーマと良い感じになってるはずだから」
「いい感じ、というのは?」
ナツキが問うた。フユミを見上げて瞳をぱちくりさせる様子は、常より幼く見えた。
「素直な感じよ」
フユミは涼しい顔で答えた。石縁にもたれたまま、濡れた金髪の毛先を指で軽くほどいていく。余裕のある所作だった。
「素直、ですか」
ナツキは小首を傾げた。
コハルはそのやり取りを、湯に浸かったまま黙って眺めていた。
そして、ふっと息を吐く。
「こーりゃ大変かもねー。アキハ先輩」
「そうね。まあ、今夜は大変でしょうね」
うなずき合うコハルとフユミ。その隣で、
「素直な感じ……素直な感じで、大変……?」
ナツキだけが、首を傾げていた。