「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
七月六日の月曜日。文化祭明けの振替休日。
俺たち五人は、海沿いのコテージに一泊した。
眩しい夏日が掃き出し窓の網戸越しにまっすぐ射し込む。
時刻は昼前。
フユミの目の前で、俺とアキハ先輩は正座していた。
白木の板張りの床の上で、正座。
俺はうつむいていた。
髪は寝癖でぼさぼさ、シャツのボタンも掛け違えている。目の下にはきっと、重たいクマがあるのだろう。昨日の夜から一睡もしていない。
アキハ先輩は背筋をスッと伸ばして、手を膝の上に揃えている。いつもの完璧な姿勢に見える。
が、目の下には、うっすらクマがある。泣き腫らした赤みも残っている。長い黒髪の毛流れは、ほんのわずかに乱れている。
完璧より少しだけ綻んでいる。
それが、危うい色香を漂わせていた。
「なんでアキハ先輩の方を見てるわけ?」
フユミが鋭くそう言った。
「い、いやぁ、あの、すみません」
「『すみません』じゃなくて、理由を聞いてるんだけど?」
背筋が凍る。
夏の陽気の割に底冷えするのは潮風のせいじゃない。
仁王立ちするフユミが、冷たいプレッシャーを放っているからだ。
「そ、その。俺のせいでアキハ先輩を巻き込んでしまって、申し訳ないな、と思って……」
「アンタ、『申し訳ないな』と思ってるとき、さっきみたいなスケベな目で人を見るわけ?」
「す、すみま」
「『すみません』じゃなくて理由を聞いてんの」
「私のせいです」
アキハ先輩が割り込んだ。いつもの、静かながらもよく通る、澄んだ声だった。
「私の方から誘ったんです」
「いや、アレは──」
「いえ、私が──」
フユミの咳払いが響く。俺たちは背に鉄串を通したみたいに姿勢を正した。
フユミが、ゆっくりと口を開く。
「別にね、ふたりっきりになるのが悪いって言ってるんじゃないの」
声は低く、冷たい。キュートでガーリッシュな顔立ちの何処から、こんなドスの効いた声が出るのか。
フユミは続ける。
「私もコハルもナツキも、そこに異存はないのよ。『今は二人きりにしてあげよう』って気を利かせたワケ。温泉上がってから、コハルがLINEしたでしょ? 『別室で寝るから、二人でごゆっくり』って」
「え、そうなの?」
「そう、見てなかったワケね」
アカン墓穴堀った!
フユミの声が更にワントーン低まった。
アキハ先輩は、眉間にシワを寄せるフユミを一瞥してから、俺にヒソヒソとささやく。
「ダメですよトーマさん、報連相は小まめにしないと」
フユミの視線がアキハ先輩を射抜く。
「アキハ先輩には私からLINEを送ったはずですが」
「大変申し訳ございませんでした」
アキハ先輩が頭を下げて身を縮こめる。こんな姿を見るのは初めてだ。
フユミは大きくため息をついた。
「別にね、二人でよろしくやってるのはいいのよ。夜通しっていうのも、まあ、仕方ないでしょう。若いし。ただ、私が呼びに行くまで出てこないってのはどういうことなのよ。半日ぶっ続けって、体力どうなってんの?」
「いやあ、そんなそんな」
「ふふ、照れますね」
「褒めてないわよ!!」
「「すみません」」
フユミの碧眼が鋭く細められる。金髪を耳にかける所作が、いつもより雑だ。
怒っているときの癖である。
そしてフユミは、
「夜更かしはダメよ!」
ピシャリと言い切った。
人差し指をすらりと立てて、メトロノームのように振る。これも怒ったときの癖だ。
「トーマは昔から、夜更かしすると風邪引くんだから。そもそもアンタ文化祭で倒れたのよ? それなのにあちこちで好き勝手して……もっと体を大事にしなさい!」
「ご、ごめんなさい……」
「ごめんなさいじゃないでしょうが!」
「気をつけます!」
「ふん、まったく……」
腕を組み直すフユミの背後、ソファに座ったナツキとコハルが小声で話している。
「フユミさん、お母さんみたいですね」
「実質お母さんなんでしょ。トーマは昔からだらしなかったみたいだし。今もだらしないからね〜」
「ですね。生活もだらしないし、服装もだらしないし……」
コハルがナツキの方を向く。ナツキがにやりと笑う。
「「女にもだらしない!!」」
二人は声を重ねて、キャハキャハと笑い合う。フユミが一瞥する。笑い声が止まり、二人はいそいそと姿勢を正す。
フユミの青く鋭い視線が、再び俺とアキハ先輩を見下ろす。
「この三日間のアンタの節操の無さについては、もう怒ってもしょーがないから怒らないわよ。私も、その……徹夜させちゃったし。私が言ってるのは、『ペース配分を考えろ』、ってこと。また倒れたりしたら、今度こそ承知しないからね」
「う……すみません」
「それ思った。トーマは自分が病み上がりだって自覚ないよね」
コハルがうんうんと深く頷いた。プラチナブロンドの毛先が、ソファの背もたれにさらりと揺れる。
「先輩は、抑えが利かないお猿さんですからね」
ナツキは淡々と同調する。黒曜の瞳を細める。唇の端がほんの少しだけ吊り上がっている。コイツ、俺を馬鹿にしている……! 正論だから言い返せない!!
フユミが「ほら、もっと言ってやって」と二人をうながした。
コハルは指折り数えて言う。
「女の敵、沼らせ男、ジゴロ、浮気者」
ナツキも、細い指で数え上げる。
「女たらし、
俺は立つ瀬もない……正座してるので当然だが。
「うぅ……おっしゃるとおりです。俺は節操なしの女好きのカスです」
「そうね」
フユミが当然のようにうなずいた。
「そだね」
コハルも続く。
「右に同じく」
ナツキも同意する。
「私もそう思います」
アキハ先輩もうなずいた。晴れて四面楚歌である。
「はあ、まったく」
フユミは、またもやタメ息をついた。
「ほーんと、変な男を好きになっちゃったわ。私としたことが……あ」
フユミは慌てて口を覆う。見る見るうちに赤面する。
「今さら照れなくても……」
俺が思わずそう言うと、
「いや照れてないけど別に全然」
フユミは早口で否定した。
「照れてはいますよね」
ナツキがにやにやしながら指摘する。
「照れてない」
「照れてはいるでしょー?」
コハルもにやにやしている。
「照れてないっ!」
フユミの声が、コテージにこだました。