「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第10話 アキハ「一夫多妻制を認めさせます」

「一夫多妻制を、日本で認めさせます」

 

 アキハ先輩は、夕食を食べ終えてから、そう言い放った。

 

 時刻は午後七時ちょうど。時計の針が、ピタッと止まった気がした。

 

 俺とアキハ先輩は徹夜明けだったので、風呂に入って昼寝した。数時間後に起きたら、フユミとコハルが夕食を用意してくれていた。

 

 その夕食を頂いてすぐ、アキハ先輩が爆弾を放り込んだ。

 

「一夫多妻制を、日本で認めさせます」

 

 二度目の宣言。アキハ先輩の声は落ち着いている。表情も涼し気で、余裕と自信に満ちている。

 

「……難しくないです?」

 

 コハルが、おそるおそる言った。

 

「日本って、『ハーレムはダメ』って、法律で決まってたような……」

 

「民法七百三十二条ですね」

 

 ナツキが、落ち着いた声で補足した。オレンジジュースのストローをひとまず置いて、指を一本ずつ立てながら、すらすらと条文を並べる。

 

「『配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない』。それに、憲法二十四条の『婚姻は、両性の合意のみに基いて成立』の解釈にも関わってきますね」

 

「……つまり、制度を変えるには、法改正だけじゃなくて、社会的合意も必要になるのよね」

 

 フユミはマグカップをテーブルに置き、腕を組む。指先で二の腕をトントンと叩く。真剣に考えている時の癖だ。

 

「ハードルが高すぎるわ。数十年かけても厳しいんじゃない?」

 

 四人の反応は、それぞれ違っていた。

 

 でも、誰も「不可能だ」とは言わなかった。

 アキハ先輩なら(ある)いは、という空気が机上に漂っていた。

 

「五年以内に制度化します」

 

 アキハ先輩は断言した。

 そして緑茶を一口含んで、口の端に微かな笑みを浮かべる。まるで明日の天気を予言するかのような、悠然とした口ぶりだった。

 

「……五年?」

 

 問い返す俺の声に、

 

「ええ」

 

 アキハ先輩は刺身をひとつ、すっと箸でつまみ上げる。切れ長の瞳が、ちらりとナツキのほうを見た。

 

「ナツキさんが大学を卒業する頃までには」

 

 呼ばれたナツキは目を丸くした。焼きトウモロコシへ伸ばした手を止めて、アキハ先輩を見つめ返した。

 

 アキハ先輩は動じない。

 

「現代は多様性の時代です。家族の形そのものが、大きく再定義されている過渡期です」

 

「それは……そうですね」

 

 ナツキがこくりと頷いた。

 

「加えて、グローバリズムによって、一夫多妻制を合法とする文化圏との交流が増えています。そのような家族の形を、現行法でどう扱うか? という議論は、日々進んでいます」

 

 アキハ先輩はナプキンで口元を軽く押さえた。その所作一つにも、育ちの良さが染みついている。

 

「私が狙うのは、全面的な制度改正ではありません。まずは特定条件下での例外規定。今困っている人々のために、特例を積み重ねます。特例が積み重なれば、判例ができる。判例が積み重なれば、運用上の前例になる。そこから、本格的な法改正への地ならしができます」

 

 コハルが「うぉ……」と呟いた。口がポカンと開いている。

 

 アキハ先輩は、平静なまま語り続ける。

 

「幸い、この二ヶ月間で根回しに着手できました。木南家の地盤もあるので、五年あれば、そう難しくはないかと」

 

 そして、アキハ先輩は、ふっとコハルに目を向けた。視線にちょっとした悪戯っぽさが混じる。

 

「メディア対策として、『多様な家族を認める』というキャンペーンを並行して展開します。複数の芸能人、文化人を巻き込んで、世論を軟化します。コハルさんにもご協力いただくかもしれません」

 

「え、アタシ?」

 

 コハルがのけぞった。プラチナブロンドの髪が、ふよふよと揺れた。

 

「インフルエンサーとしてのご影響力は、非常に大きいですから」

 

「えぇ〜、責任重大じゃんね」

 

 コハルは両手で頬を抱えた。困ったような顔をしているが、目の奥はキラキラ輝いている。

 

「五年です。ナツキさんが大学を出るまでには、必ず制度化まで持っていきます」

 

 アキハ先輩は最後にそう締めくくって、焼きトウモロコシに手を着けた。無邪気な笑顔でカブりつく。アキハ先輩には、一片の不安も無いみたいだった。

 

 しばらく、誰も何も言わなかった。

 コハルは刺身の残りに手を付ける。ナツキはうつむいて、オレンジジュースを飲んでいる。フユミは真剣な顔でアキハ先輩の横顔を見ていた。

 

「……本気なのね」

 

 静かだが、芯のある声だった。

 

「本気です」

 

 アキハ先輩はナプキンで口を拭って、きっぱり答えた。

 

「五年って、本当に五年? 誇張じゃなくて?」

 

 コハルが身を乗り出して問うと、

 

「最短で三年、最長で七年、平均で五年の見込みです」

 

 アキハ先輩は具体的な数字を出した。

 

「五人で暮らす練習は、合宿でやりましたから」

 

 アキハ先輩はティーカップを傾けた。

 

「食卓を囲んで、談笑して、一つ屋根の下で眠る。何も問題はありません」

 

「……不安は、ないんですか」

 

「全部なくします」

 

 アキハ先輩は堂々と言い切る。茶の湯気の向こうで、黒曜の瞳がまっすぐ俺を捉えていた。誰も何も言い返せなかった。

 

 しばらく、また静かになった。

 

 コハルが「ふふん」と鼻を鳴らした。

 

「まあ、お金の心配はないもんね」

 

「ええ」

 

 ナツキは空のグラスを置き、得意げな笑みで頷いた。

 

「私とコハルさんだけでも、孫の代まで遊んで暮らせる程度の貯金はありますし。皆さんがニートになっても問題ありませんよ」

 

 ナツキが胸を張ってみせる。

 

 ナツキは売れっ子作家で、コハルはインフルエンサーだ。二人とも、ケタ違いの財力を有している。

 

「まあ、私も一応お嬢様だしね。大学を出たら、家業を継いでバリバリ働くつもりだし。お金の心配はないわ」

 

 フユミはさらりと金髪をかきあげ、肩をすくめる。

 

「私は木南財閥の次期総帥です。だいたいなんでもできますよ」

 

 アキハ先輩はウィンクした。長い睫毛が瞬いた。

 

 あれっ、俺だけか?

 もしかして、この五人のうち『普通の高校生』って俺だけなのか?

 

 いや、もしかしても何も最初からわかってたことだ。俺だけ普通の男子高校生だ。

 

 俺は四人に釣り合ってないよな、と、ふとそんな風に思ってしまう。

 

 皆きっとそんなこと気にしないのに、俺だけは()()()()()を気にしている。

 

 チクリと胸が痛んだ気がした。

 

 

 

 

 

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