「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
「一夫多妻制を、日本で認めさせます」
アキハ先輩はそう語り、具体的な法改正や社会合意について、スケジュールを教えてくれた。
期間は五年。今、高校一年生のナツキが大学に進学して、卒業するまでの時間だ。
懸念点は山程ある気がするが、アキハ先輩は自信満々だった。
お金の心配はない。
アキハ先輩は木南財閥の次期総帥。
コハルはインフルエンサー。
ナツキは売れっ子作家。
フユミも、お嬢様だし、大学卒業後はバリバリ働くつもりだし。
俺だけだ。
俺だけが、何者でもない普通の高校生だ。
そんな俺の気持ちを悟ってか、
「トーマは、主夫やってくれればいいわよ」
フユミがしれっと言った。
碧眼には、柔らかな光が灯っていた。
「異議なーし。料理も上手だしね」
コハルが親指を立てる。ショッキングピンクのネイルチップが、夕日を受けて煌めいた。
「同じく。先輩は散髪もできますし」
ナツキが、ふっと頬をゆるめた。
「私もそのつもりでした。というか家事をしなくても、一緒に暮らしてくれれば十分です」
アキハ先輩が微笑む。その微笑みが、さっきまでの大人びた顔とは少し違って、一人の女の子の顔だったから、俺の胸はまたちくりと痛んだ。
「──ちょっと待って」
俺は思わず声を上げた。
「俺の意見は?」
「家事得意でしょ」
「得意だけども」
「料理もできるでしょ」
「できるけども!」
「じゃあ完璧じゃない」
完璧じゃあないだろ!
してもらってばかりじゃ俺の気が済まない。でも、それこそ俺のワガママなのかもしれない。
ぐるぐる考えている間に、カチン、と。
アキハ先輩が、ティーカップをソーサーに戻した。
俺含む四人の視線が、アキハ先輩に集中した。
「私は大学を卒業したら、木南ホールディングスの総帥に就任します」
アキハ先輩の声は、俺の迷いを見透かしているみたいに穏やかだった。
「その頃には、先ほど申し上げた法制度の雛形もできているはずです。ですから、トーマさんのポストも用意しておきましょうか。子会社の顧問職、あるいはシンクタンクの研究員などが適当でしょう。出社義務は課しません。毎日テレワークで結構です。報酬も悪くないですよ。手取りの年収は、おおよそ──」
「アキハ先輩」
俺は、アキハ先輩の言葉を、思わず
アキハ先輩の切れ長の瞳が、ゆっくりと俺を見た。驚きの色は少ない。ただ、わずかに、真剣な光が差した。
俺が今から言うことは、荒唐無稽な大ボラだ。
でも、続けた。
「俺、弁護士になります」
一瞬の沈黙。
「……弁護士?」
アキハ先輩が、ゆっくりと聞き返した。紅茶を持ち上げかけた指が、空中で止まっている。
「はい」
俺は深く息を吸った。
胸の中で、ずっと考えていたことが、やっと形になっていた。
「俺、みんなに頼って、助けてもらってばかりだから。みんなのことを助けたい、みんなから頼られたい、って思っちゃうんです。──そのために、弁護士になります」
「…………」
「アキハ先輩も、コハルも、ナツキも、フユミも、大きい仕事をするでしょう。法的な心配事も、きっと発生すると思うんです。せめてそういうときくらい、俺が全部守りたい」
四人が、黙って俺を見ていた。
みんな、真剣に聞いてくれていた。
「……俺、今までずっと、カッコつかなかったから」
言葉が止まった。
伝えたかったことは、だいたい言えた気がする。
最後に、一番大事なことを付け加える。
「カッコつけたいんです、これからは」
俺は言った。
沈黙。
波の音が、遠くから聞こえた。
最初に口を開いたのは、フユミだった。
「……司法試験って、すごく難しいのよ?」
フユミの声は、いつもより低く、やわらかかった。
「知ってる」
「十年かかるかもしれないのよ?」
「かかってもいい」
「大学、法学部行くの?」
「行く」
「法科大学院も?」
「行く」
「……本気ね」
「本気」
フユミはしばらく俺を見つめた。碧眼の奥で、小さな光が何度も揺らめいた。何か言いたいことをいくつも考えているときのフユミの目だ。
フユミはやがて、ふっ、と息を吐いた。
「……そう」
それだけ言って、フユミは視線を逸らした。指先が、ゆっくりと金髪の毛先を梳かしている。リラックスしたいときの癖だった。フユミの横顔が少しだけ誇らしげに見えるのは、俺の錯覚じゃないはずだ。
「トーマ、かっこい〜」
コハルが頬杖をついて、にっこり笑った。くりくりした瞳が、甘く細められる。
「弁護士になったら、またモテちゃうね?」
「モテる気ないよ、もう」
「もう十分モテたもんね〜」
「そうじゃなくて! ──いやまあ、そうだけど!」
「あっはは、やっぱトーマってかわいい〜」
コハルはケラケラ笑った。
「先輩は、もっと文学的な道に進まれると思っていましたが」
ナツキが、オレンジジュースのストローを咥えながら言った。黒曜の瞳が、いつもよりも穏やかな色に見える。
「法律も、ある意味では言葉の仕事です。条文を読み解き、論理を組み立て、人を守る。悪くないと思います」
ナツキにしては珍しく、素直に俺を褒めてくれた。唇の端が、ほんの少し緩んでいた。
「……ありがとう」
そして、最後にアキハ先輩が、口を開いた。
「……トーマさん」
「はい」
「司法試験の予備校は、こちらで手配します。司法修習期間中の生活費も、心配はいりません」
「それは、でも……」
「お金の援助ではありません」
アキハ先輩は、静かに言った。切れ長の瞳は、凛として澄んでいる。
「投資です。将来、木南ホールディングスの顧問弁護士になる方への、正当な先行投資です」
「…………」
「あなたが合格したら、正式な契約を結びます。コネではなく、実力で勝ち取った契約として」
アキハ先輩は、そこでようやく、微笑んだ。
いつもの完璧な微笑みだった。
でも、その目の奥に、何か熱いものが滲んでいた。頬がほんのり桜色なのも、紅茶の温度のせいじゃない。それは、この二ヶ月で俺が学んだことだった。
「……楽しみにしていますよ」
「……はい」
俺は、深く頷いた。
窓の向こうの、海の向こう。夕日が水平線に身を隠そうとしていた。
五人で囲んだテーブルの上で、トウモロコシの甘く芳しく香っていた。