「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第11話 トーマ「俺は……」

「一夫多妻制を、日本で認めさせます」

 

 アキハ先輩はそう語り、具体的な法改正や社会合意について、スケジュールを教えてくれた。

 

 期間は五年。今、高校一年生のナツキが大学に進学して、卒業するまでの時間だ。

 

 懸念点は山程ある気がするが、アキハ先輩は自信満々だった。

 

 お金の心配はない。

 アキハ先輩は木南財閥の次期総帥。

 コハルはインフルエンサー。

 ナツキは売れっ子作家。

 フユミも、お嬢様だし、大学卒業後はバリバリ働くつもりだし。

 

 俺だけだ。

 俺だけが、何者でもない普通の高校生だ。

 

 そんな俺の気持ちを悟ってか、

 

「トーマは、主夫やってくれればいいわよ」

 

 フユミがしれっと言った。

 碧眼には、柔らかな光が灯っていた。

 

「異議なーし。料理も上手だしね」

 

 コハルが親指を立てる。ショッキングピンクのネイルチップが、夕日を受けて煌めいた。

 

「同じく。先輩は散髪もできますし」

 

 ナツキが、ふっと頬をゆるめた。

 

「私もそのつもりでした。というか家事をしなくても、一緒に暮らしてくれれば十分です」

 

 アキハ先輩が微笑む。その微笑みが、さっきまでの大人びた顔とは少し違って、一人の女の子の顔だったから、俺の胸はまたちくりと痛んだ。

 

「──ちょっと待って」

 

 俺は思わず声を上げた。

 

「俺の意見は?」

 

「家事得意でしょ」

 

「得意だけども」

 

「料理もできるでしょ」

 

「できるけども!」

 

「じゃあ完璧じゃない」

 

 完璧じゃあないだろ!

 してもらってばかりじゃ俺の気が済まない。でも、それこそ俺のワガママなのかもしれない。

 

 ぐるぐる考えている間に、カチン、と。

 アキハ先輩が、ティーカップをソーサーに戻した。

 

 俺含む四人の視線が、アキハ先輩に集中した。

 

「私は大学を卒業したら、木南ホールディングスの総帥に就任します」

 

 アキハ先輩の声は、俺の迷いを見透かしているみたいに穏やかだった。

 

「その頃には、先ほど申し上げた法制度の雛形もできているはずです。ですから、トーマさんのポストも用意しておきましょうか。子会社の顧問職、あるいはシンクタンクの研究員などが適当でしょう。出社義務は課しません。毎日テレワークで結構です。報酬も悪くないですよ。手取りの年収は、おおよそ──」

 

「アキハ先輩」

 

 俺は、アキハ先輩の言葉を、思わず(さえぎ)った。

 アキハ先輩の切れ長の瞳が、ゆっくりと俺を見た。驚きの色は少ない。ただ、わずかに、真剣な光が差した。

 

 俺が今から言うことは、荒唐無稽な大ボラだ。

 

 でも、続けた。

 

「俺、弁護士になります」

 

 一瞬の沈黙。

 

「……弁護士?」

 

 アキハ先輩が、ゆっくりと聞き返した。紅茶を持ち上げかけた指が、空中で止まっている。

 

「はい」

 

 俺は深く息を吸った。

 胸の中で、ずっと考えていたことが、やっと形になっていた。

 

「俺、みんなに頼って、助けてもらってばかりだから。みんなのことを助けたい、みんなから頼られたい、って思っちゃうんです。──そのために、弁護士になります」

 

「…………」

 

「アキハ先輩も、コハルも、ナツキも、フユミも、大きい仕事をするでしょう。法的な心配事も、きっと発生すると思うんです。せめてそういうときくらい、俺が全部守りたい」

 

 四人が、黙って俺を見ていた。

 みんな、真剣に聞いてくれていた。

 

「……俺、今までずっと、カッコつかなかったから」

 

 言葉が止まった。

 伝えたかったことは、だいたい言えた気がする。

 

 最後に、一番大事なことを付け加える。

 

「カッコつけたいんです、これからは」

 

 俺は言った。

 

 沈黙。

 波の音が、遠くから聞こえた。

 

 最初に口を開いたのは、フユミだった。

 

「……司法試験って、すごく難しいのよ?」

 

 フユミの声は、いつもより低く、やわらかかった。

 

「知ってる」

 

「十年かかるかもしれないのよ?」

 

「かかってもいい」

 

「大学、法学部行くの?」

 

「行く」

 

「法科大学院も?」

 

「行く」

 

「……本気ね」

 

「本気」

 

 フユミはしばらく俺を見つめた。碧眼の奥で、小さな光が何度も揺らめいた。何か言いたいことをいくつも考えているときのフユミの目だ。

 

 フユミはやがて、ふっ、と息を吐いた。

 

「……そう」

 

 それだけ言って、フユミは視線を逸らした。指先が、ゆっくりと金髪の毛先を梳かしている。リラックスしたいときの癖だった。フユミの横顔が少しだけ誇らしげに見えるのは、俺の錯覚じゃないはずだ。

 

「トーマ、かっこい〜」

 

 コハルが頬杖をついて、にっこり笑った。くりくりした瞳が、甘く細められる。

 

「弁護士になったら、またモテちゃうね?」

 

「モテる気ないよ、もう」

 

「もう十分モテたもんね〜」

 

「そうじゃなくて! ──いやまあ、そうだけど!」

 

「あっはは、やっぱトーマってかわいい〜」

 

 コハルはケラケラ笑った。

 

「先輩は、もっと文学的な道に進まれると思っていましたが」

 

 ナツキが、オレンジジュースのストローを咥えながら言った。黒曜の瞳が、いつもよりも穏やかな色に見える。

 

「法律も、ある意味では言葉の仕事です。条文を読み解き、論理を組み立て、人を守る。悪くないと思います」

 

 ナツキにしては珍しく、素直に俺を褒めてくれた。唇の端が、ほんの少し緩んでいた。

 

「……ありがとう」

 

 そして、最後にアキハ先輩が、口を開いた。

 

「……トーマさん」

 

「はい」

 

「司法試験の予備校は、こちらで手配します。司法修習期間中の生活費も、心配はいりません」

 

「それは、でも……」

 

「お金の援助ではありません」

 

 アキハ先輩は、静かに言った。切れ長の瞳は、凛として澄んでいる。

 

「投資です。将来、木南ホールディングスの顧問弁護士になる方への、正当な先行投資です」

 

「…………」

 

「あなたが合格したら、正式な契約を結びます。コネではなく、実力で勝ち取った契約として」

 

 アキハ先輩は、そこでようやく、微笑んだ。

 

 いつもの完璧な微笑みだった。

 でも、その目の奥に、何か熱いものが滲んでいた。頬がほんのり桜色なのも、紅茶の温度のせいじゃない。それは、この二ヶ月で俺が学んだことだった。

 

「……楽しみにしていますよ」

 

「……はい」

 

 俺は、深く頷いた。

 

 窓の向こうの、海の向こう。夕日が水平線に身を隠そうとしていた。

 

 五人で囲んだテーブルの上で、トウモロコシの甘く芳しく香っていた。

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