「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
俺が目を覚ますと、外はずいぶん暗くなっていた。
スマホを見る。
時刻は一時を過ぎた頃。
ド深夜だ。
俺はソファの上で、毛布をかけられて寝ていた。
「……やっちまった」
ムフフなパートの直前に寝落ちするとか、男としてどうなんだ。
俺は自己嫌悪に陥りながら、体を起こした。
ふと見ると、テーブルの上に一枚の紙が置かれている。
フユミの字だ。
『お風呂に入って歯を磨いてから寝ること! おやすみ』
まるでオカンのような内容だ。
だが、その簡素な文面からは、俺を気遣う優しさが滲み出ていた。
フユミは怒って帰ったわけじゃなかった。
俺の疲れを察して、寝かせてくれたのだ。
「……ごめん、フユミ」
俺は書き置きをそっと握りしめ、小さく呟いた。
彼女の献身的な愛に応えられない自分が恥ずかしい。俺はフユミに甘えすぎている。
俺は立ち上がり、シャワーを浴び、歯も磨いた。
洗面台には、見知らぬ高級歯磨き粉とブランド物らしきボディオイルがあった。
フユミが奮発したのだろうか?
張り切ってくれるのは嬉しいことだ。
フユミの残り香がする毛布に包まれ、俺は再び眠りについた。
◆◆◆
翌朝。
チュンチュン鳴く小鳥の声で、俺は目を覚ました。
リビングには、味噌汁の匂いが漂っている。出どころは台所だ。
「おはようトーマ。よく眠れた?」
フユミが眩しい笑顔で迎えてくれた。
既視感のある光景。昨日とほとんどおんなじ朝だ。
フユミは昨夜とは打って変わって、制服にエプロンという健全な姿だ。
だが、その家庭的な雰囲気もまた破壊力が高い。昨夜のネグリジェとのギャップも相まって俺は、俺は……!
「ああ、おかげさまで。昨日はごめん、挨拶もできなくて」
「いいのよ。疲れてたんでしょ? こっちこそ、無理させちゃってごめんね」
フユミは甲斐甲斐しく朝食を並べる。
焼き鮭、卵焼き、豆腐とワカメの味噌汁。完璧な和定食だ。
胃に染み渡る優しさ。
俺は手を合わせる。飯だけでなく、フユミにも。ああっ、フユミ。お前は女神様だ。
朝食を終え、二人並んで登校する。
昨日のような重苦しい空気はない。
フユミは上機嫌で、昨日のテレビドラマの話なんかをしている。
俺は相槌を打ちながら、平和な朝を噛み締めていた。
だが、この平和がかりそめのものであることを、俺は知っている。
アキハ先輩の予告した『お茶会』の時間が迫っているのだから。
「じゃあね、トーマ。また昼休みに」
校門の前で、特進クラスへと向かうフユミと別れる。
彼女は俺に手を振り、校舎へと消えていった。その背中を見送りながら、俺は深呼吸を一つ。
さて、行くか。戦場へ。
俺は重い足取りで教室へと向かった。
ガララッ、と教室のドアを開ける。
「おっはよー! トーマ!」
瞬間、弾けるような明るい声が飛んできた。
教室の入り口で待ち構えていたかのように、
「うおっ!?」
朝から元気いっぱいだ。
甘いココナッツの香りと、ふわりと揺れるプラチナブロンドの髪。
少し崩した制服。チラリと覗く胸元が、俺の目の前で揺れる。目のやり場に困っちゃうよ〜。
「ねえねえ、今日の放課後こそヒマでしょ? カラオケ行こーよ〜!」
コハルは俺の腕に抱きつき、上目遣いでねだってくる。
その無邪気な笑顔は、昨日のフユミやアキハ先輩の『重圧』とはまた違う種類の、逃れられない引力を持っていた。
「ちょ、ちょっとコハル、朝から元気すぎるぞ」
「えーっ、いーじゃん! トーマのことも元気にしたいし!」
屈託なく笑うコハル。戸惑いを隠しきれぬ俺。クラスメイトたちはひそひそと噂する。
「また日村か」
「なんなんだアイツ急に」
「モテ期?」
「悪魔に魂を売ったんだろ」
最後のヤツは御名答。
俺は大魔王アキハ様と契約したのだ。
心の中で、
先輩、俺もうすでに限界です。
この状況、俺一人じゃ処理できません……!
予鈴のチャイムが鳴り響く。
それは、戦いの始まりを告げるゴングのように聞こえた。
これでも俺は、一応マジメな方だ。
俺のように取り柄のない生徒は授業態度で点を稼ぐしかないからな!
しかしながら授業中、そんな俺の肩をシャーペンで突っついてくる不届き者がいた。
「ねーねー、トーマってばぁ、聞いてる?」
コハルだ。
先生が黒板に向かっている隙を狙い、彼女は小声で話しかけてくる。
「今日の放課後、絶対空けといてよ? ナツキちゃんも誘って、三人でカラオケ行こーよ!」
「……わかった、わかったから」
俺は小声で返しつつ、冷や汗を拭う。
昨日の屋上ランチ以来、コハルはシミズ(ナツキちゃん)を気に入った。
オタクに優しいギャルと、ギャルに弱いオタク。
意外と相性が良かったらしい。
だが、俺の心労は倍増だ。
ダブルヒロインとカラオケなんて、ワンミスで即死する未来しか見えない。
あと、机の下でずっとコハルがちょっかいを出してくるので気が気じゃない。短めのスカートから覗く小麦色の太ももは、とうとう網膜に焼きついてしまった。
そんな生殺しの時間が過ぎ、ようやく昼休みのチャイムが鳴った。
「よっしゃ昼休み! 行こ、トーマ!」
コハルがガタッと椅子を引いて立ち上がる。
同時に、俺のスマホが震えた。
メッセージの受信通知。送り主は『
いつ連絡先交換したんだっけ……?
いや、考えるのはよそう。ただ恐ろしくなるだけだ。
『特別棟三階、第二会議室へ。全員集合です』
短く、しかし拒否権のない命令。
俺は画面を見て、ごくりと唾を飲んだ。
「あー、ごめんコハル。ちょっと呼び出しが……」
「えー? また? 誰から?」
コハルが不満そうに唇を尖らせる。
俺が言い淀んでいると、教室の入り口に小柄な人影が現れた。
「失礼します」
凛とした声と共に現れたのは、丸眼鏡をかけた知的な美少女。
昨日の『知恵熱』からは回復したようで、今日はキリッとした表情をしている。
「先輩。お迎えに上がりました」
シミズは教室中の注目を浴びながら、一直線に俺の席までやってきた。
そして、コハルに気づくと、少しバツが悪そうに、しかし小さく会釈をした。
「……こんにちは、コハルさん」
「あっ、ナツキちゃん! やっほー!」
コハルはシミズの手を握る。
シミズは一瞬ビクッとしたが、昨日のようにフリーズはしない。少し慣れたようだ。
「ナツキちゃんもトーマ誘いに来たの? ちょうどよかった、一緒にランチしよ!」
「いえ、残念ながら……今日は先輩と二人きりで『知的生産活動』に従事する予定ですので」
シミズは眼鏡をクイクイと押し上げ、俺の腕を掴んだ。
「先輩は私のインスピレーションの源ですから。これより部室にて隔離……いえ、保護させていただきます」