「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

22 / 25
第22話 3年目の浮気(フユミとデュエット)

 【3年目の浮気】を幼なじみのフユミと歌っている。

 

 フユミの美声がマイクスピーカーを通し、俺の鼓膜を震わせる。

 

 俺の情けない歌声が、それに重なる。

 

 カラオケボックスのモニターには、少し古い服装の男女がコミカルに喧嘩する映像が流れている。

 

 だが、俺にとってはスプラッタホラーより恐ろしい光景だった。

 

 ──歌詞が、突き刺さるッ!!

 

 男が「不倫くらい許せ」と居直るのを、女が「人をナメるのも大概にしろ」と叱りつける。

 

 この歌詞、アタシのことだ……。

 

 ワンフレーズ歌うごとに、俺のライフポイントがゴリゴリ削られていく。ほろびのうたか?

 

 フユミは俺を見つめながら歌う。

 男の身勝手な言い分を断罪する女のパートに、感情が籠もりすぎている。

 

 その碧眼は、絶対的な圧力を放っていた。

 うまい。うますぎる。感情が籠もりすぎている。

 

 これは歌ではない。心からの指弾だ。

 

 絶許の波動を痛いほどに感じる。

 俺は冷や汗をダラダラ流しながら、下卑た居直りと情けない言い訳で構成された男パートを歌い続ける。

 

 これはフユミによる『わからせ』だ。

 今は見逃してあげてるだけなんだからね、と言い含められている。

 

 無我夢中で歌い上げると、気付けば曲は終わっていた。

 間の抜けたアウトロが響く中、俺が酸欠のランナーのようにゼエゼエ喘いでいると、

 

「――ブラボー!!」

 

 バン! と勢いよくドアが開いた。

 コハルとシミズが戻ってきたのだ。

 

「いやー、最高! 夫婦漫才かよ! め〜っちゃ息合ってたじゃん!」

 

 コハルが手を叩いて絶賛する。

 シミズも丸眼鏡のレンズを光らせ、深く頷いた。

 

「ええ。歌詞の滑稽さと、お二人のシリアスな歌唱技術のギャップ……実に脱構築的な演目でした。特に先輩の歌い方、悲痛な実感がこもっていて笑えましたよ」

 

「……褒め言葉として受け取れねぇよ」

 

 俺はソファに沈み込んだ。

 心身ともに疲労困憊、シミズに言い返す気力もない。

 

「あら、もう戻ってきたの? もっとゆっくりしてきてもよかったのに」

 

 フユミは何食わぬ顔でマイクを置いた。

 その表情は晴れやかだ。言いたいことを歌に乗せてブチまけ、ストレスを発散した顔をしている。

 

「いーや、これ以上お熱い二人を放置したら、室温が上がりすぎて大変なコトになっちゃうからね〜」

 

 コハルはニシシと笑い、俺の対面にドスンと座る。

 

 コハルの隣にはシミズがちょこんと座る。

 

 右手に幼馴染。対面にギャル。その隣に文学少女。

 俺がソファの端に座りその隣をフユミが埋めたため、このような配置になった。

 

 歌という共通体験を経たからか、空気が晴れやか和やかになっている気がする。

 

「さ、そろそろお時間っしょ! 最後はみんなでアニソン歌って締めよ!」

 

「賛成です。最後はやはり『団結』を主題に据えた曲で」

 

「そうね。……ま、楽しかったわ」

 

 フユミも小さく笑った。

 

 最後は四人で、某海賊アニメの主題歌を大合唱して、俺たちのカラオケ会は幕を閉じた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 店の外に出ると、空は暗くなっていた。駅前のネオンが煌々と輝いている。

 

「じゃ、アタシらはこっちだから! バイビ〜!」

 

 コハルが手を振る。

 シミズもペコリと頭を下げた。

 

「先輩、月澄さん。お疲れ様でした。……先輩、また部室で」

 

「おう、気をつけて帰れよ」

 

 二人は仲良く改札の方へと消えていった。

 その後ろ姿は、来た時よりもずっと距離が縮まっているように見えた。

 

「……意外ね」

 

 隣でフユミが呟いた。

 

「あの二人があんなに仲良くなるなんて。正反対のタイプに見えるのに」

 

「まあな。でも、案外気が合うんじゃないの? 共通の話題もあるみたいだし」

 

「共通の話題?」

 

「あー……アニメとか、漫画とか?」

 

「ふーん。ま、いいことじゃない。実行委員会が円滑に進むなら」

 

 フユミは納得したように頷き、俺の方へ向き直った。金髪のツインテールがしゃらしゃら揺れる。

 

「さ、私たちも帰りましょ。……送ってくれるわよね?」

 

「もちろん」

 

「ま、家、隣だしね」

 

「そうじゃなくても送ってたよ、フユミと話すの楽しいし」

 

 フユミは複雑そうな表情をした。

 『怒りたいんだけど怒るに怒れない』、みたいな。

 

 また俺なんかやっちゃいました?(なろう主)

 

「ここで『女の子を送るのは当然』とか言わずに()()()()セリフ出してくるのがアンタの良くない癖なのよね……」

 

「あー、すぐに直します」

 

「いや、直さないで。絶対に」

 

 なんなんだよ。

 

 ともかく、俺たちは並んで歩き出した。

 

 火照った頬に心夜風が地よい。

 住宅街へ続く道は静かで、俺たち二人の足音だけが響いている。

 

「……ねえ、トーマ」

 

 不意に、フユミが足を止めた。

 街灯の下、彼女の金髪がキラキラと輝いている。

 

「どうだった?」

 

「え? ああ、歌うますぎてビックリしたよ」

 

「そうじゃなくて」

 

 フユミは一歩、俺に近づいた。

 バラエティ番組のようなコミカルさは消え、シリアスな眼差しが俺を射抜く。

 

「最後の歌の、最後の歌詞のことよ」

 

 心臓が跳ねた。3年目の浮気のことだ。

 

「私ね、あの歌詞には共感できないの」

 

 フユミの手が、俺の袖をギュッと掴む。

 

「え?」

 

「私、トーマがひどいことしても、ちゃんと誠意を示してくれたら、ちゃんと受け容れてあげる。愛想尽かして出て行ったりしないわ。ずっと一緒にいてあげるから」

 

「フユミ……」

 

「トーマ。大丈夫よ」

 

 フユミは天使のような慈愛の微笑みを浮かべた。

 

「どこにも行けないようにして、愛してあげるから」

 

 俺の背筋は凍りつく。脊椎に氷柱を差し込まれたみたいにピキンと伸びた。

 

 『どこにも行()ないように愛してあげるから』、ではない。

 

 『どこにも行()ないように()()、愛してあげるから』。

 

 物理的な拘束が示唆されている。

 

 ふ、フユミの奴、クラシカルなツンデレ属性だけじゃなく、クラシカルなヤンデレ属性も持ってたのかよ……!

 

 クソっ、いったい誰のせいで

 

 俺のせいだわ。

 俺が抱いたせいだわ。

 

 クソァ!

 

「……は、はい。肝に銘じておきます。よろしくお願いします」

 

 俺が丁寧に応えると、

 

「ふふ、よろしい」

 

 フユミは満足そうに俺の腕を離し、また歩き出した。

 

「今日の夕飯、ハンバーグにする予定だったけど、やっぱり生姜焼きにしようかしら。トーマ、好きでしょ?」

 

「あ、うん。大好き」

 

 日常会話に戻ったフユミの背中を見ながら、俺は胸を撫で下ろした。

 

 やはり、この幼なじみは侮れない。

 アキハ先輩が緻密に組み上げた盤面も、フユミの重い愛を踏まえれば薄氷のように崩落しかねない。

 

 ああ、一体どうなる俺の日々。

 

 まあ悩んでも仕方ないか。とりあえず今は金曜夜だし、土日に備えてよく寝よう。

 

 ともかく今日は無事に終わった。

 

 ヨシ!

 

 俺は心の中で指差し確認をする。

 コハルとシミズは仲良くなり、フユミの機嫌も取れた。アキハ先輩との約束も守った。

 

 悪くない。俺の立ち回り、悪くはないぞ。

 

 だが、このときの俺はまだ知らなかった。

 四天王による包囲網は、まだ狭まり始めたばかりなのだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。