「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
前回までのあらすじ。
フユミが白昼堂々ドンタンワンピで誘惑してきた。俺は陥落寸前。もう
と、そのとき。
ピンポーン。
静かなリビングに、インターホンの音が響いた。
「ヂィッッ!!」
舌打ちとは思えないほどドデカい破裂音が、フユミの麗しい口元から飛び出た。
しかしコンマ一秒後には平時の表情に戻った。
おお、この外面と内面の落差は見知ったフユミのものだ。
「お客さんみたいね。見てくるわ」
「いや、俺も行くよ」
他の四天王だったら俺が間に入ったほうがいいしな。
「心当たりあるワケ?」
フユミの視線がジトッとまとわりつく。ウッ、鋭い。ここは誤魔化そう。
「その姿のフユミを他人に見せたくないんだよ」
「や、やだ、『見ただけの奴にも
そこまでは言ってない。
「真っ昼間からなんてこと言うのよっ、もうっ、トーマのスケベっ!」
どの口で言ってんだ。
ウッキウキのフユミを置いてモニターを確認すると、そこには予想外の人物が映っていた。
「……シミズ?」
我が文芸部の後輩にして、学園美少女四天王の一角、
いつもは長い前髪と丸眼鏡で陰キャを装っていた彼女が、今までとは全く違う姿でカメラの前に立っていた。
あわてて玄関のドアを開けると、
「こ、こんにちは。先輩……」
真夏の白昼夢のような少女が立っていた。
今日のシミズは、いつもの陰湿な雰囲気とは一変していた。
純白のワンピース。小さな麦わら帽子。大きな日傘のせいで、華奢な体はさらに小さく見える。
強い初夏の日差しの中で、そこだけ空気が澄んでいるような透明感。
フユミの大人っぽい色気と双璧を成す、淡い青春の一ページみたいな儚さだった。
「どうしたんだ、急に」
「あ、えと……七曜祭の演劇のコンセプトを決めかねていて。先輩のご意見を
可憐な上目遣いで不安そうに見つめるシミズ。
く、クソかわいい。きゅるきゅるしている。ダイヤの原石だとは思っていたが、磨いてこれほど輝くとは……。
今のシミズを追い返すなんて、鬼や悪魔にもできまい。
「まさか。入りなよ、ちょうど昼ごはん食べ終わったところだからさ」
「お、お邪魔します……」
シミズがリビングに足を踏み入れた瞬間、気温が急激に下がった気がした。
「……あら。シミズさんじゃない」
ダイニングテーブルから、ドンタンワンピースのフユミが立ち上がる。
笑顔だ。
完璧な笑顔だ。
だが、目が全然笑ってない。
「……月澄さん。お邪魔しております」
シミズも麦わら帽子を取り、丁寧に一礼する。
だが、その視線はフユミの谷間を
「なにか?」
「いえ、少し驚いてしまって。月澄さんの私服、フェミニンでセンシュアルですね。いつもとは正反対の魅力を感じます」
「シミズさんの私服こそ、ガーリーでシンプルなのが良いわね。みずみずしく感じるわ」
「恐縮です」
「あらあら、うふふ」
「あはは」
互いに目は笑ってない。
ジャブの差し合いみたいな会話だ!!
『扇情的』と煽るシミズに『子どもっぽい』と煽り返すフユミ。
笑顔の裏で熾烈なマウント合戦が繰り広げられている。女の子ってコワいよ! 二人とも、昨日仲良くなったんじゃなかったのかよ!!
いや、仲良くなったからこそ、なのか? 乙女心は俺には難しいよ。
ともかく、なんだかとんでもない状況にしてしまった。
俺は恐怖に震えつつ、とりあえずシミズをソファに座らせた。
「シミズさん、麦茶でいいかしら? トーマは食後のコーヒーよね。いつもの豆でいい?」
フユミは
「ありがとうございます、月澄さん」
シミズは形式的に礼を言いつつも、すぐに俺の方に向き直った。
「それで、先輩。今回の脚本のテーマである『実存的不安と自己超越』についてですが……私はニーチェの能動的ニヒリズムよりも、サルトル的な視点を導入すべきかと悩んでおりまして」
いきなりフルスロットルで高度な話題をぶっ込んできた。
これはフユミには――そして俺にも半分くらいしか――理解できない領域の会話だ。
「あー、なるほど。自由の刑、みたいな?」
「流石です先輩! 話が早くて助かります」
シミズがソファの上で身を乗り出した。
白いワンピースから覗く膝頭が、俺の脚にそっと触れた。
「他者の視線によって客体化される自己……まさに今の状況も演劇的だと思いませんか?」
「え、あ、ああ。まあそうだな」
「先輩だけは、私の言いたいことをわかってくださいますよね?」
シミズは熱を帯びた瞳で俺を見つめる。
その瞳には、俺しか映っていない。
フユミが飲み物を置いてくれたが、シミズはあるかなしかの小さな会釈だけで済ませ、会話を止めない。
「この本の一節にあるように……」
「そうそう、そこの解釈は……」
まるで二人だけの秘密の暗号を交わすように、難解な文学用語が飛び交う。
俺はどうにかフユミが入り込む隙間を作ろうとしたが、あいにくと無駄に終わった。
フユミの物理的・肉体的アプローチに対し、シミズは精神的・理性的なアプローチで対抗しているみたいだ。
ドンタンワンピースの肉体的な説得力と、純白のワンピースの精神的な清らかさ。
二つの異なるベクトルからのアプローチに、俺の心身は引き裂かれそうだった。
一時間ほど熱論を交わした後、シミズは「インスピレーションが湧きました」と満足げに立ち上がった。
「長居して申し訳ありません。先輩、本当に助かりました。……先輩と話していると、深い部分を刺激される気がします」
シミズは頬を朱に染め、俺の手をぎゅっと握りしめた。言葉の響きが妙に
「そ、そうか。役に立てたならよかったッ!?」
シミズが握った手にぐっと力を込める。出し抜けに引き寄せられた俺は少しつんのめる。下がった頭のすぐそばで、シミズがささやいた。
「文芸部室に、衣装と道具と防音設備を用意しました」
「そ、それはどういう」
「昨日申し上げた通りです。『なんでも』できますよ。この私に、学校内で、白昼堂々、他の生徒が授業中でも、
何も考えられなかった。
強烈な誘惑の言葉を、脳ミソが処理しきれない。
かり、と甘い刺激が
「いてっ」
あわてて上体を起こす。
シミズが俺の右耳を甘噛みしたのだ、と気付くまでに数秒かかった。
シミズは俺の手を両手で握ったまま、こちらを見上げている。お人形みたいに整った目鼻立ちをしている。
真っ白なシミズの肌が、真っ赤に火照っていた。
「では、また、部室で会いましょう」
シミズは俺の手を放し、丁寧に一礼した。
そして、麦わら帽子を被って日傘を差し、俺の家を後にした。
嵐が去った後のような静寂。
俺は無言で、自分の右耳に触れた。じんじんと熱を放っている。噛まれた痛みゆえではない。極端な興奮ゆえだ。
ぎゃ、ギャップが凄い……!
ボサ髪と瓶底メガネの陰キャフォームから、白ワンピ麦わら帽子の可憐な正統派美少女フォームへのギャップ。
純真無垢を絵に描いたような姿と哲学的で文学的な会話内容から、直球の誘い文句と不意打ち愛撫のギャップ。
シミズ、あいつ、こんな超絶技巧を見せてくるなんて……!
俺はしばし、玄関に立ち尽くしていた。
いくらか経ってから、
「……トーマ」
背後から、低い声がした。
振り返ると、フユミが腕組みをして仁王立ちしていた。
終わった。