「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第24話 ワンピースvsワンピース フユミとシミズ、奇しくも同じ構え

 前回までのあらすじ。

 

 フユミが白昼堂々ドンタンワンピで誘惑してきた。俺は陥落寸前。もう(ただ)れた日々に突入してしまおうか……

 

 と、そのとき。

 

 ピンポーン。

 静かなリビングに、インターホンの音が響いた。

 

「ヂィッッ!!」

 

 舌打ちとは思えないほどドデカい破裂音が、フユミの麗しい口元から飛び出た。

 

 しかしコンマ一秒後には平時の表情に戻った。

 おお、この外面と内面の落差は見知ったフユミのものだ。

 

「お客さんみたいね。見てくるわ」

 

「いや、俺も行くよ」

 

 他の四天王だったら俺が間に入ったほうがいいしな。

 

「心当たりあるワケ?」

 

 フユミの視線がジトッとまとわりつく。ウッ、鋭い。ここは誤魔化そう。

 

「その姿のフユミを他人に見せたくないんだよ」

 

「や、やだ、『見ただけの奴にも()いちゃうから独り占めしたい』だなんて……!」

 

 そこまでは言ってない。

 

「真っ昼間からなんてこと言うのよっ、もうっ、トーマのスケベっ!」

 

 どの口で言ってんだ。

 

 ウッキウキのフユミを置いてモニターを確認すると、そこには予想外の人物が映っていた。

 

「……シミズ?」

 

 我が文芸部の後輩にして、学園美少女四天王の一角、冷水(しみず) 夏希(なつき)

 

 いつもは長い前髪と丸眼鏡で陰キャを装っていた彼女が、今までとは全く違う姿でカメラの前に立っていた。

 

 あわてて玄関のドアを開けると、

 

「こ、こんにちは。先輩……」

 

 真夏の白昼夢のような少女が立っていた。

 

 今日のシミズは、いつもの陰湿な雰囲気とは一変していた。

 

 純白のワンピース。小さな麦わら帽子。大きな日傘のせいで、華奢な体はさらに小さく見える。

 

 強い初夏の日差しの中で、そこだけ空気が澄んでいるような透明感。

 

 フユミの大人っぽい色気と双璧を成す、淡い青春の一ページみたいな儚さだった。

 

「どうしたんだ、急に」

 

「あ、えと……七曜祭の演劇のコンセプトを決めかねていて。先輩のご意見を(うかが)えればと……。ご迷惑でしたか?」

 

 可憐な上目遣いで不安そうに見つめるシミズ。

 く、クソかわいい。きゅるきゅるしている。ダイヤの原石だとは思っていたが、磨いてこれほど輝くとは……。

 

 今のシミズを追い返すなんて、鬼や悪魔にもできまい。

 

「まさか。入りなよ、ちょうど昼ごはん食べ終わったところだからさ」

 

「お、お邪魔します……」

 

 シミズがリビングに足を踏み入れた瞬間、気温が急激に下がった気がした。

 

「……あら。シミズさんじゃない」

 

 ダイニングテーブルから、ドンタンワンピースのフユミが立ち上がる。

 

 笑顔だ。

 完璧な笑顔だ。

 

 だが、目が全然笑ってない。

 

「……月澄さん。お邪魔しております」

 

 シミズも麦わら帽子を取り、丁寧に一礼する。

 だが、その視線はフユミの谷間を一瞥(いちべつ)し、すっと逸らされた。

 

「なにか?」

 

「いえ、少し驚いてしまって。月澄さんの私服、フェミニンでセンシュアルですね。いつもとは正反対の魅力を感じます」

 

「シミズさんの私服こそ、ガーリーでシンプルなのが良いわね。みずみずしく感じるわ」

 

「恐縮です」

 

「あらあら、うふふ」

 

「あはは」

 

 互いに目は笑ってない。

 

 ジャブの差し合いみたいな会話だ!!

 『扇情的』と煽るシミズに『子どもっぽい』と煽り返すフユミ。

 

 笑顔の裏で熾烈なマウント合戦が繰り広げられている。女の子ってコワいよ! 二人とも、昨日仲良くなったんじゃなかったのかよ!!

 

 いや、仲良くなったからこそ、なのか? 乙女心は俺には難しいよ。

 

 ともかく、なんだかとんでもない状況にしてしまった。

 

 俺は恐怖に震えつつ、とりあえずシミズをソファに座らせた。

 

「シミズさん、麦茶でいいかしら? トーマは食後のコーヒーよね。いつもの豆でいい?」

 

 フユミは甲斐甲斐(かいがい)しく動き回る。『この家のことは全て把握している』という無言のアピールに思える。

 

「ありがとうございます、月澄さん」

 

 シミズは形式的に礼を言いつつも、すぐに俺の方に向き直った。

 

「それで、先輩。今回の脚本のテーマである『実存的不安と自己超越』についてですが……私はニーチェの能動的ニヒリズムよりも、サルトル的な視点を導入すべきかと悩んでおりまして」

 

 いきなりフルスロットルで高度な話題をぶっ込んできた。

 

 これはフユミには――そして俺にも半分くらいしか――理解できない領域の会話だ。

 

「あー、なるほど。自由の刑、みたいな?」

 

「流石です先輩! 話が早くて助かります」

 

 シミズがソファの上で身を乗り出した。

 白いワンピースから覗く膝頭が、俺の脚にそっと触れた。

 

「他者の視線によって客体化される自己……まさに今の状況も演劇的だと思いませんか?」

 

「え、あ、ああ。まあそうだな」

 

「先輩だけは、私の言いたいことをわかってくださいますよね?」

 

 シミズは熱を帯びた瞳で俺を見つめる。

 

 その瞳には、俺しか映っていない。

 

 フユミが飲み物を置いてくれたが、シミズはあるかなしかの小さな会釈だけで済ませ、会話を止めない。

 

「この本の一節にあるように……」

 

「そうそう、そこの解釈は……」

 

 まるで二人だけの秘密の暗号を交わすように、難解な文学用語が飛び交う。

 

 俺はどうにかフユミが入り込む隙間を作ろうとしたが、あいにくと無駄に終わった。

 

 フユミの物理的・肉体的アプローチに対し、シミズは精神的・理性的なアプローチで対抗しているみたいだ。

 

 ドンタンワンピースの肉体的な説得力と、純白のワンピースの精神的な清らかさ。

 

 二つの異なるベクトルからのアプローチに、俺の心身は引き裂かれそうだった。

 

 一時間ほど熱論を交わした後、シミズは「インスピレーションが湧きました」と満足げに立ち上がった。

 

「長居して申し訳ありません。先輩、本当に助かりました。……先輩と話していると、深い部分を刺激される気がします」

 

 シミズは頬を朱に染め、俺の手をぎゅっと握りしめた。言葉の響きが妙に(つや)っぽく聞こえるのは、俺の心が汚れているからだ。

 

「そ、そうか。役に立てたならよかったッ!?」

 

 シミズが握った手にぐっと力を込める。出し抜けに引き寄せられた俺は少しつんのめる。下がった頭のすぐそばで、シミズがささやいた。

 

「文芸部室に、衣装と道具と防音設備を用意しました」

 

「そ、それはどういう」

 

「昨日申し上げた通りです。『なんでも』できますよ。この私に、学校内で、白昼堂々、他の生徒が授業中でも、()()()()できます」

 

 何も考えられなかった。

 強烈な誘惑の言葉を、脳ミソが処理しきれない。

 

 かり、と甘い刺激が耳朶(じだ)を伝う。

 

「いてっ」

 

 あわてて上体を起こす。

 シミズが俺の右耳を甘噛みしたのだ、と気付くまでに数秒かかった。

 

 シミズは俺の手を両手で握ったまま、こちらを見上げている。お人形みたいに整った目鼻立ちをしている。

 

 真っ白なシミズの肌が、真っ赤に火照っていた。

 

「では、また、部室で会いましょう」

 

 シミズは俺の手を放し、丁寧に一礼した。

 そして、麦わら帽子を被って日傘を差し、俺の家を後にした。

 

 嵐が去った後のような静寂。

 

 俺は無言で、自分の右耳に触れた。じんじんと熱を放っている。噛まれた痛みゆえではない。極端な興奮ゆえだ。

 

 ぎゃ、ギャップが凄い……!

 

 ボサ髪と瓶底メガネの陰キャフォームから、白ワンピ麦わら帽子の可憐な正統派美少女フォームへのギャップ。

 

 純真無垢を絵に描いたような姿と哲学的で文学的な会話内容から、直球の誘い文句と不意打ち愛撫のギャップ。

 

 シミズ、あいつ、こんな超絶技巧を見せてくるなんて……!

 

 俺はしばし、玄関に立ち尽くしていた。

 

 いくらか経ってから、

 

「……トーマ」

 

 背後から、低い声がした。

 

 振り返ると、フユミが腕組みをして仁王立ちしていた。

 

 終わった。

 

 

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