「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
前回までのあらすじ。
玄関でシミズに誘惑されて放心してたら、フユミが後ろで仁王立ちしてた。
終わった。
「随分と楽しそうだったわね。サルトルだかお猿さんだか知らないけど」
「い、いや、あれは委員長としての仕事でして……」
「ふーん。仕事ねぇ」
フユミはゆっくりと近づいてきて、俺の前を素通りする。
そして向き直り、後ろ手で家の鍵を閉めた。
ガチャリ。
この音で逃げ道を塞がれたように感じるのは不思議だ。自宅の鍵を閉めてもらっただけなのに。俺の感覚は変だ。
ダメだ、現状が怖すぎて現実逃避しかできない。俺ここで死ぬかも(ファルマンくん)。
誰か助けて!
いややっぱ誰も助けないで!
俺が悪いから!
俺が走馬灯の準備をしていると、フユミが一歩近づいてきた。
「キスして」
「はっ?」
想定外の一言に、俺の口は間の抜けた音を返した。
「キスして。ここで。今すぐに」
フユミは有無を言わせぬ口調で言って、目を閉じた。
かすかに上がったアゴ。ふるふる震える唇。
それは懇願であり、命令だった。
何も考えられない。
退路も猶予もありはしない。
俺は覚悟を決めた。
フユミの肩に手を回す。ニット生地越しに伝わる体温は熱いくらいだった。
フユミの薄いまぶたに、ぎゅっと力がこもる。金糸の睫毛がぷるぷる震える。
俺はゆっくりと顔を寄せ、唇を重ねた。
ファーストキスだ。
俺の記憶の中では、の話だが。
心臓が痛いほど高鳴る。他の感覚は何もわからない。止まった息をどう再開すればいいのかわからない。ここからどうするんだ?
誰か教えてくれ!
その瞬間だった。
フユミの体が、ビリッと電流が走ったように跳ねる。
俺が唇を離すと、フユミは石像のように固まっていた。
碧眼は見開かれ、瞳孔はゆらゆら揺れている。
焦点が定まっていない。
「あ、あ、あ……」
さっきまでの妖艶な大人の雰囲気はどこへやら、今のフユミは完全にテンパった一人の女の子だった。
「ふ、フユミ?」
「あ、アンタねぇ……! いきなり、その、ほんとに、するなんて……!」
「してって言うからしたんだけど!?」
「そ、そうだけど! もっとムードとか、心の準備とか……ふ、ふひゅう……」
フユミは空気の抜けるような音を漏らすと、膝からカクンと崩れ落ちた。
「っと!」
俺はとっさに腕を伸ばし、その体を支える。
フユミは俺の胸の中で、ぐったり力を失っていた。
……なんだこれ。
フユミの奴、攻めまくるくせに攻められると弱いのか。
『どこにも行けないようにしてあげる』とか『早くシましょ』とか言ってた魔性の若奥様フォームと、本当に同一人物なのか?
俺は苦笑しながら、へたり込んだフユミの膝裏と背中に手を回した。
「ひゃうっ!?」
「暴れんなよ。運ぶから」
よっこいせと抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。
フユミは体格が良いだけあって、それなりの重さがある。
「お、おろして! 自分で歩けるから!」
「無理でしょ、腰抜けてんじゃん」
「お、重くない?」
「ぜ〜んぜん。羽毛みたいですねぇ」
「もぉ〜……!」
フユミは顔を赤らめてうつむき、俺の胸に顔を埋めた。その仕草が、あまりにもいじらしく、愛おしい。
リビングのソファまで数歩歩き、俺は静かにフユミを下ろした。
彼女はクッションに顔をうずめ、小さくつぶやいた。
「……バカ」
「はいはい」
「……シミズさんに、されたこと。これで、上書きできた?」
か細く、消え入りそうな声。
その言葉を聞いて、俺はようやく理解した。
フユミはただ、必死だったのだ。
ライバルの出現に焦り、幼なじみというアドバンテージを失うまいと、無理をして背伸びをしていたのだ。
俺は笑みをこぼした。
なんて可愛い奴なんだ。
「上書きも何も、シミズはシミズでフユミはフユミだよ」
「……そう」
声色は、まだまだ沈んでいる。
やがてフユミは、ぽつりと漏らした。
「わたし、シミズさんみたいに可愛くないし」
「え?」
「体も大きいから、シミズさんみたいなガーリーなファッション、似合わないの。あんな、お姫様みたいに可愛い格好、私にはできないの。私、高校生にもなってツーサイドアップしてるけど、似合ってないってわかってるのに、私、やめられなくて……」
声は尻すぼみだった。
フユミの表情は、小さなクッションに隠されて見えない。
「いや、可愛いだろ」
「可愛くないわよ」
「いや、可愛いよ」
「可愛くないわよ。大柄で、やきもち焼きで、お節介で、表裏激しくて、めんどくさくて、重くて」
「ぜんぶ可愛いじゃん、何言ってんの?」
フユミはクッションからガバっと顔を上げた。
長い
「……私、中身だけ、子供っぽいままなの。もう高校生で、もうちょっとで大人になるのに」
「まだ大人じゃないよ」
きょとんとするフユミに、俺を肩をすくめて見せる。
「まだ大人じゃないんだよ、俺たちは」
かく言う俺も、フユミにおんぶにだっこだし、アキハ先輩の計画に沿って動いてるだけだし、四天王からの誘惑にタジタジで、ギリギリの日々を過ごしているワケで……
若気の至りの真っ最中だ。
「まあ少なくとも、フユミはずっと俺よりは大人だよ。靴ひも結べるようになったのも自転車に乗れるようになったのも、フユミのほうが早かったし」
「いつの話よ、それ」
フユミが笑った。よかった、調子が戻ってきてる。
「フユミ、しばらく寝ててよ。欲しいものがあったら何でも言って」
「おおげさね、このくらいなんとも」
「ゆうべ寝れなかったんだろ?」
図星だったのか、フユミが言葉を詰まらせる。
目の下にうっすら浮かぶクマは、アイメイクによるものだけではない。
「……なんでわかるのよ」
「何年いっしょにいると思ってんだよ」
「……じゃあ、そばにいて」
フユミは蚊の鳴くような声で言った。
俺はゆっくりと、ソファの前のラグに腰を下ろした。
やれやれ。
最強の幼なじみの正体は、こんなにも寂しがり屋で、手のかかる女の子だったらしい。
俺はフユミが寝息を立て始めるまで、その黄金色の髪を撫で続けた。