「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
第26話 トーマ、ひとりぼっちの日曜日
前回までのあらすじ。
フユミと土曜日を過ごし、ファーストキス(?)を体験した。
しかし、フユミは顔を真っ赤にしてダウン。そのあと丸々八時間眠りこけ、夜の九時に起きてきた。しばし混乱していたが、一緒に夜食を食ってから帰った。
そして今は五月十日の日曜日、午前十時。
フユミは『昨日の今日で顔を合わせるのは恥ずかしすぎる』という理由で、今日は来ない。
俺はリビングで一人、紅茶を淹れた。
静かだ。
あまりにも静かすぎる。
昨日まで、この部屋にはフユミがいた。
他にも、アキハ先輩やシミズが訪れた日もあった。
学校ではコハルも加わり、彼女たちを振り回し、彼女たちに振り回され、胃を痛め、心拍数を上げ続けていた三日間。
それらすべてが嘘だったかのように、今の俺の周囲は静かだ。
時計の秒針が刻む音が響くのみである。
「……あー、平和だ」
俺は独りごちて、読みかけのラノベを開いた。
これだ。俺が求めていたのは、誰にも邪魔されないこの平和だ。
そう自分に言い聞かせ、ページをめくる。
だが、目が滑る。文章が頭に入ってこない。
ふと視線を上げると、昨日フユミが顔を埋めていたソファのクッションが目に入る。
テーブルに視線を戻すと、シミズと交わした文学談義を思い返す。
リビングを見れば、フユミとアキハ先輩が格ゲーに興じていた光景がフラッシュバックする。
「……なんか、広く感じるな」
俺はポツリと呟いた。
たった二、三日。それだけの時間で、俺の感覚はバグってしまったらしい。
一人でいることが、自由ではなく欠落のように感じられる。
俺はライトノベルを閉じ、天井を仰いだ。
彼女たちの声が、匂いが、体温が、俺の日常を不可逆的に変えてしまった。
そう認めざるを得なかった。
結局その日は、ラノベを読んでもゲームをしてもアニメを見ても、どこか空虚なまま日が暮れていった。
◇
こんな夢を見た。
俺はベッドに腰掛けている。
どこからか、四つの異なる足音が聞こえてくる。
寝室のドアが開く。
一人目は、懐かしい陽だまりの匂いがした。
フユミが、慣れた手つきで俺のシャツのボタンを外す。柔らかな温もりが俺を包み込む。「ずっと好きだったの。ずっと一緒だからね。ずっと、ずっと……」耳元で囁く声には、頭の中まで濡らすような湿り気があった。
二人目は、甘いココナッツの匂いがした。
コハルが俺の首に腕を回す。いたずらっぽく笑っている。視界が明滅するような、目まぐるしい快楽の渦。「初めてにしちゃ、けっこう、うまかったっしょ?」息もたえだえに笑うコハルの表情は無邪気そのもので、妖艶な肢体とのギャップに心を奪われた。
三人目は、すみれの花の匂いがした。
シミズが俺を見上げている。怯えと期待の入り混じった瞳。抱きしめた彼女の体は、あまりに小さく華奢だった。俺の背中に爪を立て、悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を上げる。「せ、先輩の、けだもの」。呟く声に、いつもの尊大さはなく、いじましいほど幼気だった。
四人目は、かぐわしい薔薇の匂いがした。
アキハ先輩が、俺を押し倒す。だが、その細い腰を抱えてひっくり返した。目を丸くするアキハ先輩。彼女の驚く顔を初めて見た。支配者と被支配者が入れ替わる瞬間。火花が散るような高揚感。「……次は、やられっぱなしでは済ませませんから」。悔しそうに呟くアキハ先輩は、美しいというより愛らしかった。
四天王は、入れ替わり立ち代わり俺の肌に触れ、俺との境界をどろどろに溶かしていった。
俺は、まったく拒まなかった。
それどころか、飢えた動物のように、自分からその影たちへと手を伸ばしていたのだ。
◇
「……っ!」
跳ね起きると、そこは自分の部屋だった。
深夜である。窓の外では、冷たい月の光が住宅街を照らしている。
静寂。
鼓動がけたたましい。暴れる心臓が、肋骨を内側から連打しているかのようだ
ただの淫らな夢だ。
そう切り捨てようとして、俺は自分の両手を見つめた。
……感覚が、残っている。
夢の中で触れた、みんなの肌の滑らかさ。髪の香り。吐息の熱。声のなまめかしさ。
それは、童貞のはずの俺が想像力だけで作り出せるほど、ナマやさしいものではなかった。
忘れていた昔の出来事を、夢に見て思い出すのはよくあることだ。
空白の一週間。
俺自身も半信半疑だった日々の記憶。
それらの断片が、夢という形で、俺の意識に浮上してきたのだ。
確信した。
俺は、四天王と関係を持った。
それも、事故や不可抗力なんかじゃない。
「俺が、自分から……」
自然に漏れ出た俺の声はかすれていた。
夢の中の俺は、迷っていなかった。
フユミの献身を受け入れ、シミズの孤独を暴き、コハルの誘惑に乗り、アキハ先輩のプライドを崩した。
そのすべてにおいて、俺は能動的だった。
自発的に彼女たちの懐へ飛び込み、一線を越えていた。
だが、わからない。
順番も、経緯も、そして何より――当時の俺が何を考えていたのか。
「俺は……四人を同時に愛そうとしたのか?」
もしそうなら、俺は何様のつもりだったんだ。
七曜学園美少女四天王という才女たち相手に、あろうことか『四股』をかける。
そんな無謀極まりない賭けに打って出たことになる。
一人を愛せば、他の三人を裏切ることになる。
四人を選べば、全員を地獄に落とすことになる。
空白の一週間の俺は、その結末が見えていなかったのか?
それとも、すべてを承知の上で、この破滅的なギャンブルを楽しんでいたとでもいうのか。
「思い出せ……。何を考えて、あんなことをしたんだ、俺……!」
頭を抱えて必死で考えるが、肝心の部分は依然として霧の中だ。
ただ肉体に刻まれた愛欲の記憶だけが、俺の良心を執念深く責め立てる。
明日、また学校へ行けば、彼女たちが待っている。
俺を信じ、俺を愛し、俺を恋人だと信じている、最強の四人が。
俺は、自分の状況が『詰み』であることを改めて理解した。
安息の日曜日は終わり、決戦の月曜日が明ける。
夢の余韻は、チョコレートのように甘く、ほろ苦かった。