「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
帰りのホームルームが終わり、皆が帰り支度に急ぐその時間、コハルは前髪を整えるフリをしながら、指の隙間から観察する。
トーマは安らかなため息をつき、ゆっくりと荷物をまとめている。その表情は健やかだった。
(ん、セラピー作戦大成功)
コハルは心の中で、自分に対して小さくガッツポーズをした。
今日一日、コハルは徹底的に『癒し手』として振る舞った。
からかいとボディタッチは封印。
代わりに飲み物と食べ物を提供。
トーマの精神的疲弊と孤独感。その両方を癒やす安全地帯を、コハルは『あえてアタックしない』という英断によって作り上げていた。
コハルは、決して自分を『イイ子』だとは思っていない。『イイ子になりたい』とも思っていない。
むしろ、自分がどれほど狡猾か、十分に自覚している。そしてそれが強みになることも、深く理解している。
だが、コハルの打算の根底にあるのは、エゴイスティックな独占欲だけではなかった。
(……にしても、みんなわかりやすいなぁ)
コハルが知っているのは、シミズからの断片的な情報のみだ。フユミがトーマの家で、せくちーな服装をしていた、ということだけ。
が、それで十分。
(週末はフユちゃんのソロステージ。アタックに成功したなら、アタシらに見えるようにイチャついてるはず。それがないってことは、まだ慌てる時間じゃない)
続いてコハルは、
彼女は土曜日の午後、コハルとの作戦会議中、ほとんど上の空だった。ぼんやりしながら「部室で、私は、禁忌の一線を……」などとブツブツ呟いていた。
おおかた、勢い任せでアタックしたのを恥じているのだろう。
最後に、生徒会室にいるはずの
あの完璧超人の女帝なら、フユミとシミズが土日に何をしたのか把握しているだろう。二人がダウンしているのも分かっているはずだ。それなのに動かない。ということは、何らかの理由がある。
おそらくアキハも、トーマを誘惑して失敗したのだろう。タイミング的に、金曜の夜。
(まあ、これは女のカンだけど)
コハルは仮説的推論と直感だけで、事実の大枠をつかんでいた。
(それにしても、みんなホントにすごいなー。尊敬しちゃう)
コハルは本気でそう思っていた。
四天王の名は伊達じゃない。才色兼備なんて言葉では足りない、圧倒的な個性の塊。
そんな彼女たちが、揃いも揃って
コハル自身も含めたこの四人の女子が、一人の男子を巡って火花を散らす。
普通に考えれば修羅場だ。
地獄絵図というほかない。
だが、コハルの考え方は少し違った。
(トーマみたいにカッコいい男子なら、四股ぐらいで済めば御の字っしょ。これだけのメンツが
コハルにとって、現状はむしろ幸運だった。
トーマを慕う女性は何人いてもおかしくない。どれだけ魅力的でもおかしくない。
しかし今は、同じ高校の女子が三人だけ。しかも、性格の良い子だけが揃っている。
円満に共存できそうで本当に良かった、というのがコハルの感想だ。
(けど、後手に回るつもりもないんだよね)
コハルはカバンを肩にかけ、トーマの肩を軽く叩く。
「行こ!」
トーマがうなずき立ち上がる。この先のことを思うと、思わずコハルの口元が緩んだ。
◆◆◆
俺が連れて行かれたのは、静まり返った保健室だった。
老婆の養護教諭、通称ババちゃん先生が、老眼鏡をずらして俺たちを見た。
「おや、コハルちゃん。彼がウワサの?」
「そーそー。ちょーカッコいいトーマくんよ」
「過大評価にも程があるだろ」
思わず俺は突っ込んだ。
ジャスト中の下だよ俺のルックスは。
「おお……」
ババちゃん先生は嘆息した。
「よほどのことがない限り誰も入れないから、お若い二人でごゆるりとね。あたしゃ耳が遠いから、大声出しても気付かないよ」
不純異性交遊を前提に、
「いやあの、誤解ですよ、ババちゃんセンセ」
「絶対に要るヤツはベッドの横の小箱の中にあるからね。表裏を間違えないようにね」
なんだ絶対に要るヤツって。
踏み込んで聞くのがこえーよ。
俺が呆然としてる間に、ババちゃん先生は奥で茶を啜りはじめた。
コハルは気にした様子もなくカバンを置き、俺をベッドへ押し込む。
「ほら、トーマ、うつ伏せになって」
「え、え、なにすんの?」
「マッサージ」
「マッサージ?」
俺が問い返すと、コハルはこくんとうなずいた。いちいち仕草が可愛いなこのギャル。
「じゃ、どんどん揉んでくよー」
「あの、これ本当にマッサージなんですか?」
「それ聞くの逆じゃないの? フツー」
コハルはけらけら笑った。
確かに俺もその手のコンテンツはよく見るが、男性から女性に聞くヤツはあんまり見ない。
「ホントにいいのか? けっこう疲れそうだけど」
「いーのいーの! アタシ家でもばーちゃん揉んで鍛えてんだから!」
俺は強引にベッドへ押し倒される。
うつ伏せになると、シーツから微かに消毒液の匂いがした。
保健室のベッドで寝るの初めてだな、そういや。
ってか待てよ……。
保健室、放課後、二人きり。何も起きないはずもなくないか?
俺の知識が正しければ、このシチュエーションは間違いなくスチル回収だ。
期待しているワケじゃない。
けれども相手はあのコハル。
隙あらばゼロ距離まで肉迫し、耳元で甘い言葉を囁く、あの
心臓が不必要にドクドクと鳴り始めた。
こ、これはもしや、ここで……。