「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
前回までのあらすじ。
なんかコハルが保健室でマッサージしてくれるらしい。
このシチュエーション……とんでもなくエッチな匂いがする!
どうする、どうなる、日村トーマ!
耐えるのか、耐えきれるのか、日村トーマ!!
そんなふうに思い悩む俺の背中に、コハルの手がさわさわ触れた。
「ひゃん!」
「ふっ。な〜に女の子みたいなカワイイ声出しちゃってんだよぉ〜?」
「い、いや、あのですねぇ……」
ごにょごにょ言い訳する俺を置いて、コハルは背中をさする。
「ほぇ〜〜……。トーマ、意外と背中広いんだね」
「普通ですよ、普通」
「ふーん……。じゃ、いくね?」
俺の尻の上に、コハルがそっと座る。
「重くない?」
「いや、全然」
肉感的ながら小柄な見た目通り、かなり軽く感じる。
そして、マッサージが始まった。
「……っ」
温かい。
コハルの柔らかい手のひらが、硬くなった俺の僧帽筋をぐっと押し込む。
「あー、かたっ。 鉄板じゃんこれ。大変だったんだねぇ、ホント……」
しみじみ呟くコハルの声は、至近距離から聞こえてくる。
俺は身構えた。
いつどの角度から誘惑の言葉が飛んできてもいいように、理性のATフィールドを最大出力で展開する。
しかし。
「……ふんっ。ここかな? 痛い?」
「いや、ちょうどいいよ」
「お、絶好調! どんどんほぐしてくよー!」
……マジメだ。
驚くほど純粋にマッサージをしている。
コハルの指先は、的確にコリを捉え、絶妙な力加減で揉みほぐしていく。
余計なボディタッチはない。耳元への
ただ、一生懸命に俺の体を
「…………」
「…………」
静寂。
ババちゃん先生の
あれ?
これ、マジでただのマッサージ?
俺の興奮は、行き場を失っていた。
『何かある』と身構えていた自意識が、宙ぶらりんになって空回りする。
ていうか、気持ちいい……。
美少女に触れられるというシチュエーションが持つ、アッパーな気持ちよさとは違う。
身体が内側から健康になっていく、リラックスの気持ちよさだ。
ずっと、この時間が続けばいいのに……。
◇
「はい、おしまい! どお? ちょっとは軽くなった?」
コハルがポンと俺の背中を叩き、軽やかにベッドから飛び降りた。
「……ん。ああ、ありがとう。すごく楽になった」
頭を下げてから、チラッと時計を見る。保健室に入ってから40分ほど経っていた。
体感時間とのズレが大きい。
眠ってしまっていたらしい。
「えへへ、よかった! じゃ、アタシこのあと用あるから先に帰るね。トーマも居残りせずに帰りなよ〜?」
コハルは入り口の鏡でパパッと前髪を整えると、
「じゃ、また明日。 バイバイ!」
そう言って、本当にそれだけで、風のように保健室から去っていった。
……。
…………。
俺は一人、保健室に残された。
なんだ、この気持ち。
肩はめちゃくちゃ軽い。視界もスッキリしている。
それなのに、胸の奥が、言いようのない『置いてけぼり感』でモヤモヤする。
俺、何か期待してたのか?
なにかエッチなハプニング?
ドギマギするような甘い言葉や誘惑の口説き文句?
そんなの勘弁してくれと思っていたはずなのに。
いざ『何もなかった』となると、猛烈にコハルのことが気になってしまう。
てのひらの温もり。ココナッツの残り香。
『また後で』と言った時の、あの屈託のない笑顔。
「……クソっ」
俺は顔を覆った。
完全に、ペースを乱されている。
フユミやシミズやアキハ先輩みたいに、あからさまに攻められた方が、まだ『防戦』という形にできた。
こんなふうに『無償の優しさ』だけを置いていかれると、ずっと心に残ってしまう。
悶々とする。
一人で勝手に意識して、一人で勝手に自爆しているこの感じ。
自己嫌悪、自家中毒、自意識過剰。
ベッドの上で頭を抱えていると、シャッとカーテンが開けられた。
ババちゃん先生がそこにいた。
「立たんかったんか?」
「初手最悪すぎません?」
「あたしゃ定年近いからね、無敵の人になっちまっとるのよ」
ひっひっひ、とババちゃん先生は笑った。
無敵モード入ってる大人、未成年からすると死ぬほど怖い。
「まー考えすぎんようにね。コハルちゃんみたいに器量も気立ても良い子が相手じゃ、気後れするとは思うけどねぇ。好意に好意で返せたら、それだけで十分よ」
意外に含蓄のあることを……!
「……そういうもんですかね」
「そういうもんよぉ」
ひっひっひ、とババちゃん先生はまた笑った。
◆◆◆
一方、廊下を小走りで進むコハルは、壁の影に隠れて「ぷはぁー!」と大きく息を吐き出した。
(……た、耐えたぁぁぁ! アタシ超偉い! 誘惑せずに耐えきった!)
実は、ドキドキしていたのはコハルも同じだった。
うつ伏せになるトーマの無防備なうなじを見て、何度抱きつきたい衝動に駆られたことか。
だが、コハルは確信していた。
(今、トーマは絶対に『え、これだけ?』って思ってるはず。フユちゃんたちに攻め立てられてる時に、アタシまで同じように攻めたら埋もれちゃうもんね)
期待させて、透かす。
あえて何もしないことで、相手の中に自分の残像を深く刻み込む。
これこそが、ギャル流・空城の計!
(ほんとはダメ押しで家まで押しかけてアレコレしたいけど……ここは引く。何もしない。LINEの返信すらしないくらいのほうが、意識してもらえるでしょう)
明日までおあずけかぁ、やるほうもやられるほうも悶々しちゃうなぁこれ。
誰もいない廊下で独り言をつぶやきながら、コハルは帰り道へと向かった。