「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
前回のあらすじ。
文化祭のコマーシャル動画を撮ることになった。
メインはコハル。皆の文化祭準備の様子をリポートする。
カメラマンは俺。
フユミは俺との不純異性交遊がバレたショックで抜け殻のようになっている。会計の書類を抱え、ふらふらと去っていった。
シミズはあごに手を当てて沈思黙考しながら、文芸部室へと帰っていった。
残されたのは、俺とアキハ先輩と、
アキハ先輩は微笑している。コハルもにこにこしている。俺も愛想笑いを貼り付けている。なんか嫌な予感がする。足早に退散したい。
では俺もこれにて!
そう言おうとしたそのとき。
「お待たせいたしました」
背後のドアが静かに開いた。
巨大な人影が頭を下げて入ってくる。
執事服を着たマッチョの老婆だった。
アキハ先輩の使用人、タカさんである。
「日村さん、これを」
タカさんは重厚なアタッシュケースを俺へ差し出す。俺はおずおずと受け取った。
「では、失礼いたします」
タカさんは深く一礼し、去っていった。
しばし呆然とした俺は、アキハ先輩に問いかける。
「え、これ撮影機材ですか?」
「ええ」
アキハ先輩はうなずいた。
準備のスピードが異次元すぎる。ほぼドラえもんだろこんなん。
「じゃ、行くよ!」
コハルが俺の腕をぐいっと引っ張った。
「行くって、どこに?」
「ロケハン! 校内グルっと一周するよ!」
「ロケハンって……もう撮影を始めるのか?」
「当たり前じゃん! 広報はスピードが命。旬を逃しちゃったら、バズるもんもバズんないんだから!」
コハルは俺の腕を強引に引き、廊下へと連れ出した。
「アタッシュケースの中身、確認しよっか」
コハルの提案に頷き、アタッシュケースを開く。
俺の手にあるアタッシュケースの中身は、生徒会が予備費の名目で用意した、プロ仕様の三軸ジンバル。手ブレを極限まで抑え、滑らかな映像を撮るための魔法のステッキだった。
アキハ先輩の意図はわかる。
『日村さんの手の震えを補正するには、これくらい必要でしょう?』
ってなモンだろう。
ええ、おっしゃる通りですよ。
俺の心臓の鼓動すら、このジンバルが吸収してくれることを切に願う。
「トーマ、カメラ構えて。どんどん行くよ!」
「りょ、了解!」
俺はジンバルを組み立て、自分のスマホをセットする。
電源を入れると、モーターが小気味よい音を立てて水平を保った。画面越しの視界がカッチリ安定する。
……が、俺の足取りは依然としておぼつかない。
隣を歩くコハルは、いつもの天真爛漫なギャルではなかった。
プロ意識に輝く鋭い瞳で、廊下を、階段を、窓から差し込む光の角度を、こまごまとチェックしている。
「あ、ここ。この三階の渡り廊下の曲がり角。ここ、夕方のゴールデンタイムに光が斜めに入るから、め〜っちゃ
「すっごい計算してんだな」
「当たり前っしょ。動画製作ってのは遊びじゃないの。商品を作ってるワケ。視聴者に一瞬で『好き』って思わせなきゃダメ。じゃなきゃソッコー忘れられちゃう」
恋愛とおんなじかもねー。
笑うコハルの横顔は、なぜだか憂いを帯びていた。大人びた諦めと、あどけない寂しさが同居している。息を呑むほど美しくて、言いようのない感情に襲われる。
どう声をかければいいのかわからない。
俺がまごついているうちに、コハルはスマホを開き、メモアプリに記録を残す。
昇降口、階段、部室棟、特別教室、誰もいない旧校舎。
コハルは自分の指でフレームを作って画角を確認し、しきりに俺へ確認を取る。
屋上へ向かう階段を昇りながら、細かく指示を飛ばす。
「トーマ、そこ。ちょっとローアングルでアタシを追って。……そう、そう。そこから視線を上に振って、空を入れる。……ん、ナイス。レンズ越しに会話してる感じが出るね。視聴者が入り込みやすいフンイキ作れてる」
すげえ。
感心した。
コハルは、外見と明るさだけでフォロワーを増やしたワケじゃない。
どうすれば映えるか。どうしたら伝えたい魅力を伝えられるか。視聴者が何を求めてスワイプする指を止めるのか。
それをクリエイターとしての情熱と、マーケーターとしての冷徹さで、精密に把握している。
「……コハル」
「んー?」
振り向いた顔には太陽のような笑みが浮かんでいる。この明るさだって、意味があってやっていることなのだ。
立派なギャルだ。心の底から尊敬する。
「カッコいいよ」
俺が素直に感想を漏らすと、コハルはキョトンとしてから、ニマ〜っと笑った。
「だっしょ〜? ありがと。でもさ、これって結局『愛』なんだよねー」
「愛?」
「そ。被写体をどれだけ愛してるか、どれだけカワイく撮りたいかっていう執念。……トーマもそうでしょ? フユちゃんとかナツキちゃんとか、カワイく撮りたいって思うっしょ?」
ギクリとした。
愛。執念。
夢の中で見た、あんなことやこんなこと。
自発的に彼女たちの懐へ飛び込み、その境界線を溶かしていった自分。
もしその『愛』が映像に現れてしまったら。
このジンバルの手ブレ補正を突き抜けて、俺の邪念が全世界に発信されてしまったら――!
「あー、トーマ、今エロいこと考えたでしょー?」
コハルがいたずらっぽく口角を吊り上げる。
「考えてねぇよ!!」
「ウッソだー、ジンバルが微妙に震えてるもーん。エロの波動は機械を狂わせるんだからねー?」
きゃはは、と笑うコハル。
くそっ、このギャル超目ざとい。下手したらアキハ先輩と並ぶかもしれん。
屋上。
フェンス越しに、沈みゆく夕日が学園を茜色に染めていた。
「……よし、ロケハン終了! 明日から本番ね。トップバッターはフユちゃん。テーマは『新妻』で行くから」
「に、新妻かぁ。フユミにそんなことさせて、大丈夫なのかな?」
「大丈夫。あの子、トーマの前なら限界突破するタイプだし。アタシがガッツリ
コハルはフェンスに背を預け、オレンジ色の光を浴びながら、俺を見つめた。
その瞳は、いつになく真剣で、確かな熱を孕んでいた。
「……トーマ。アタシね、本気でやるつもりだよ」
「……ああ、俺もだよ」
「でもね、一番の目的は宣伝じゃないの」
コハルが一歩、俺に近づく。
ココナッツの甘い匂いが、湿った風に乗って鼻をくすぐる。
「……アタシが、このレンズ越しに、トーマにどんな顔を見せるか。……それ、ちゃんと記録してよね?」
俺の心臓が、大きく跳ねた。
「……ハイ、喜んで。プロデューサー」
俺の精いっぱいの虚勢に、コハルは満足げに微笑む。そして、夕日を背に、軽やかにステップを踏んで階段へと向かった。
コハルの小さくも大きな背中を眺めつつ、俺は思う。
明日から始まる、地獄の撮影週間。
最初の一秒から最後の一フレームまで。
俺は、彼女たちの『愛』を、カメラマンとして受け止めきることができるのだろうか。
赤く染まったレンズの向こう側から、俺の平穏な日常が崩れ落ちていくのが、確かに見えた気がした。