「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第10話 フユミ、激バズ

 

 五月十四日の木曜日。

 

 世界がバグっている。

 

 そう確信せざるを得ない朝だった。

 

 昨日、フユミを主役にして撮影した『放課後の新妻クレープ』のショート動画。

 

 それがコハルの手によって編集・アップロードされるやいなや、超絶バズったのだ。

 今、リールやショート動画を開けば絶対に出てくると言っても過言ではない。

 

 もちろん、学園内では誰も彼もフユミの動画の話をしている。

 

「ねえ、見た!? あのフユミ様が『あーん』って!」

  

「見た!! ヤバい!! 尊すぎる!!」

 

 一年生の女子たちが、廊下でスマホを囲んで悲鳴のような声を上げている。

 

 それだけではない。いつもは喧騒の中心にいるような二年生の男子グループまでもが、なぜか(おごそ)かな雰囲気で語り合っていた。

 

月澄(つきずみ)さんの動画……見たか……?」

 

「見た……。美しすぎて、そういう目で見れないレベルなんよな……」

 

 何だか知らないが、悟りを啓いている。

 まるで、あまりにも高貴な宗教画を見てしまった信者のような面持ちだ。

 まあ、気持ちはわからなくもない。あの時のフユミは、天使や女神さながらだった。

 

 幼なじみの俺ですら、カメラを握る手が震えていたのだから。

 

「日村もそう思うよな?」

 

 唐突に話を振られ、俺はビクンと身をすくめてしまった。

 

 冷や汗が背筋を伝う。

 ここで「いや、俺がカメラマンなんだよね」なんて口が裂けても言えない。

 

 そんなことを言った瞬間に、俺の学園生活が終了する。最悪、人生も終了もさせられてしまう。

 

「あ、ああ、わかるわー。もうホント全然そういう目で見れないほど綺麗なんだよな月澄って別世界の住人って感じで、圧倒的な美は触れようと思うことはおろか眺めることすら恐れ多い天上の存在」

 

「日村おまえ急にメッチャ喋るね」

 

「ハシゴ外すんじゃねーよ」

 

 ついオタク特有の早口が漏れてしまったが、とりあえず話を合わせることには成功した。

 

 安堵に小さく嘆息すると、

 

「我が校の美少女四天王はガチSティアだからね」

 

 背後から、朗々とした声が響いた。

 

「間違いない!」

 

 俺が力強く肯定して振り返ると、そこには目を疑うような人物が立っていた。

 

「が、学園長先生!!?」

 

 学園長・土屋ツユリ。

 パワフルという言葉を擬人化したような中年女性である。

 

 彼女はどっしり腕を組み、ふむ、と満足げに鼻を鳴らした。

 

「今年度、二年生の月澄氏や火伏(ひぶせ)氏もさることながら、一年生の冷水《しみず》氏、三年生の木南《きなみ》氏もいる。最強の世代だ。美少女四天王はダテじゃない。ガチでエグいと言わざるをえまい」

 

「ざるをえまいじゃないでしょ……」

 

 学園長が女子高生の外見を堂々と褒めるのは、色々とセンシティブだろ。いくら女性同士とは言え、コンプラ的に危なっかしい気がする。

 

「学園長は誰が一番好きなんですか?」

 

 怖いもの知らずの二年男子が問いかけると、学園長はピタッと動きを止めた。

 

「いや、生徒に差をつけたりはできないよ。ってか好きとか言えないよ……コンプラ的に大問題だし……」

 

「なんで急に良識派っぽくなるんですか?」

 

「いちおう学園長だからね」

 

 学園長はコホンと咳払いをしてから、真面目くさった表情を作る。そして、視線を俺の方へと向けた。

 

「そんなことより日村くん、本当にありがとうね。君が実行委員会として四天王をまとめてくれたおかげで、色々と助かっているよ。正直、四人とも個性派だから我々も少し懸念していたんだ。彼女たちが一堂に会すると、最悪、学園が無くなりかねないからね」

 

 バトル漫画みたいな言い方だ。

 しかし、あながち過大評価でもないから困る。

 

「いや、俺はただ……。木南(きなみ)先輩に言われて、雑用をこなしているだけですから」

 

 俺が本音を口にすると、学園長は優しげに、そして何となく含みのある微笑を浮かべた。

 

「謙遜しなくていい。彼女たちの持つ影響力は、我々の想像を遥かに超えているんだ。……例えば、冷水夏希くん。彼女などは、その知性と独特の世界観で、特定の界隈において絶大な……そう、文字通り『世界を動かす』ほどの力を持っていると聞く。もちろん、それは彼女のプライベートな才能であって、私が詮索することではないがね」

 

 学園長はそこで言葉を切り、意味深にウィンクした。

 

 シミズが超売れっ子の覆面作家であることを、学園長は把握している。

 

 だが、それを直接指摘しないだけの配慮があるのだ。

 

「他の三人もそうだ。木南氏の権力、月澄氏の人望、火伏氏の発信力。それらがぶつかり合わずに、『文化祭』という一つの目標に向かっている。それは、君という潤滑油がいてこそだ。君には期待しているよ。学園を、そして彼女たちをよろしく頼む」

 

 そう言って、学園長は颯爽と去っていった。

 残された俺は、ただ呆然と立ち尽くしている。

 

 潤滑油。

 どちらかと言うと、彼女たちを不用意に燃え上がらせるガソリンみたいな感じなんですが……。

 

 しかし、身から出たサビであるから何も言えない。おれがわるいんだよ〜!

 

「ってか、この『あーん』の相手は誰なんだろうな」

 

 不意に、男子の一人がスマホを見つめながら呟いた。

 

 俺の心臓が再びマッハで脈打ち始める。

 

「あ、あぁ〜、まぁ〜〜カメラマンの方じゃね?」

 

「カメラマン誰なんだろ。やっぱ火伏(ひぶせ)さんなのかな?」

 

「まぁ女性だろうな。男だったら火あぶりモンだし……。なあ日村、もしもお前がカメラマンだったらどうする?」

 

「俺だったら遺書を残して出国するね。それはそうだろう、人生で最大の幸福を味わった罪で、死ぬより恐ろしい私刑を受けるのが確定してるんだから」

 

「だよなー!」

 

「間違いない!」

 

 俺の精いっぱいの虚勢が、笑い声にかき消されていく。

 

 だが、俺の視界の端では、通知欄がまた一つ震えた。

 

 コハルからのメッセージだ。

 

『トーマ、今日も動画バズらせるよ! 次はナツキちゃんの番。文芸部室で待ってるねー!』

 

 俺は『了解!』と返し、スマホを懐にしまった。

 

 あゝ、美少女四天王。

 俺は一体いつまで燃え上がらずにいられるのだろうか。

 

 

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