「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第11話 コハルとシミズと文芸部室

 コハルからのメッセージに従い、特別棟の最奥へ。

 本来は物置同然だったはずの文芸部室の前だ。

 だが、その扉は学園の備品とは思えない重厚な防音仕様に()げ替えられ、電子錠まで完備されている。

 

「……何だよ、このバイオハザードの研究所みたいな扉は」

 

 ひとりごちるが、誰に言われずとも理解している。

 

 シミズの財力と、アキハ先輩の権力の産物だ。

 

 スーパー売れっ子覆面作家のシミズを、木南ホールディングス総帥の愛娘たるアキハ先輩が囲い込んだのだ。

 

 俺のような一般庶民には想像もつかない世界の話である。

 俺はため息をつき、いつも通りのパスワードを打ち込む。重たい扉が自動で開く。

 

 室内には、さらに異常な光景が広がっていた。

 

 まず目に入るのは、壁一面を埋め尽くす古書の山。そこまでは文芸部らしい。

 

 だが、その奥。

 複数の部室の壁が取り払われ、高級ホテルのスイートルームか、あるいはどこかの貴族の書斎かというほどの空間が広がっている。

 

 手前は部活動用のサロン。その奥には、一般家庭のそれより遥かに良いテレビと、俺の生活費の数ヶ月分はかかってそうな良いAV機器が鎮座している

 

 さらに奥には、キッチン、ベッドルーム、浴室まで完備された、冷水夏希の居住空間が存在している。

 

「……あ、先輩。来ましたか。現世の喧騒をその身に纏って」

 

 部屋の奥。

 アンティークなデスクでタブレットを叩いていた文学少女――冷水(しみず) 夏希(なつき)が顔を上げた。

 

 彼女は、昨日までの制服ではなく、どこか中世の隠者を思わせるような、ゆったりとした黒のローブのようなものを羽織っている。

 

「シミズ……きょうは部屋着か」

 

「くつろげるだけくつろぎたいのです。ここは(けが)れた現世から身を守るあめのシェルターのようなものですから。もっとも、今日は、そのハッチを先輩とコハルさんに開いてしまいましたが」 

 

 シミズがゆったりした手つきでキッチンを指差す。そこには、ゆるいシルエットのスウェットに、だぼだぼのパーカーを羽織ったコハルがいた。

 いつもならバチバチに決めているギャルが、肩をはだけさせ、髪を無造作にお団子にまとめている。この無防備さ、破壊力が高い。

 

 コハルは、備え付けの高級コーヒーメーカーを動かそうとしていた。しかし、手つきがぎこちない。

 

 わかるぞコハル、初見だと物々しすぎてうかつにイジれないんだよな。

 

 コハルはしばし撫で回してから、諦めて会話に切り替えた。

 

「ナツキちゃん、脚本の進捗はどう? 今日撮る動画、その演劇の宣伝も兼ねてるからさ」

 

「……形而上学的な産みの苦しみはありましたが。一応、骨子は整いました」

 

 シミズが差し出してきた原稿。

 そこには、綺麗な字でタイトルが書かれていた。

 

【パリスの審判】

 

「……パリスの審判? あの、三人の女神が誰が一番綺麗か争うギリシャ神話の?」

 

「そうです。『最も美しい者に』と刻まれた黄金のリンゴが神々の宴会に投げ込まれ、ヘラ、アテナ、アフロディーテの三女神が美しさを競い合い、羊飼いのパリスに審判を委ねるというエピソードです」

 

 ですが、とシミズは言葉を切る。

 

「私の書くそれは、神々の威厳など欠片もありません。ヘラ、アテナ、アフロディーテに加え、リンゴを投げ込んだエリス。彼女たち四人が、一人の愚かな羊飼いを言葉攻めと屁理屈で追い詰め、最終的にリンゴを無理やり食わせるという不条理コメディです」

 

 シミズは淡々と、しかしどこか熱を帯びた口調で続ける。

 

「今日のPR動画では、私が脚本家としてこの物語の魅力を語る……という体裁で行きます」

 

「……いいのか? シミズ、人前に出るの嫌いだろ。フユミの騒ぎみたいに、めちゃくちゃ注目されるぞ」

 

 俺の心配に、シミズは一瞬だけ、唇を尖らせた。

 

「かまいません。理由は二つあります。一つは、先輩や皆さんが泥臭く足掻いている現状に対し、私だけがこのシェルターにて傍観を決め込むのは、義務論的にありえないと考えたからです」

 

 ……なかなか良いセリフを言う。

 まあ、シミズは意外と責任感が強いからなあ。

 

「もう一つは、アキハ先輩から、対価を提示されたからです。書淫、さよ(おし)(きずあと)を頂けるともなれば、私も身を粉にするというものです」

 

「めちゃくちゃ物欲じゃねーか!」

 

 プレミアエロゲになびくなよ!

 

「資本主義リアリズムです。これぞ消費社会の神話と構造なのです」

 

「ま〜た煙に巻きやがって……」

 

 やれやれトホホと肩をすくめているうちに、コハルは夢中で台本を読んでいた。

 

「め〜〜っちゃ、おもしろそう!」

 

 コハルは無邪気に手を叩いて喜んだ。

 

「これ、演者は女子だけにするんだっけ?」

 

「ええ。脚本上は。ですが、物語の核となる羊飼いパリス……彼は、舞台上には現れず、登場人物に言及される。そう、今の先輩のように」

 

 シミズの視線が、俺へ向かう。

 

「先輩。あなたにその『羊飼い』になってもらいます。……あなたは、女神たちに誘惑され、脅迫され、審判を迫られる。その翻弄される視線そのものを、私は記録したい」

 

「……待て。その四人の女神って、まさか」

 

「配役はアキハ先輩が決めることですが、まあ、必然的に『四天王』が名を連ねることになるでしょう。……もちろん、私も含めて」

 

 背筋が凍った。

 この演劇の登場人物は四人。

 つまり、学園美少女四天王が全員揃って舞台に上がることを前提にした脚本というわけだ。  

 

 俺にとっちゃ四面楚歌だ。

 

「ナツキちゃんの脚本、マジでキレッキレだねー。エンタメとしてもチョー面白いけど、これ、最後にリンゴをもらった女神はどうなるの?」

 

 コハルが興味津々に尋ねる。

 シミズは、ほんの一瞬だけ、冷ややかな仮面の裏側で、熱を孕んだ微笑を見せた。

 

「……リンゴをもらった女神は、羊飼いの魂を所有する権利を得ます。ですが、選ばれなかった二人は、羊飼いをバラバラにしてシェアすることで合意する……というエンディングを用意しています」

 

「コメディじゃねーよ! ホラーだろ、それ!」

 

「実存の選択とは、常に何かを殺し、何かに殺されることですよ、先輩」

 

 シミズはそう言って、俺の持っているカメラのレンズを、細く白い指先でそっと撫でた。

 

「さあ、始めましょうか。……この密室で、あなたのレンズが、私のどの言葉に反応するか。……じっくりと、実験させていただきます」

 

 コハルが手際よく照明を落とし、スポットライトがシミズを照らし出す。

 

 文芸部室の奥、彼女のプライベートな居住空間から漂ってくる、わずかな生活の匂い。

 

 昨日とは違う、静謐で、それでいて逃げ場のない深淵が、俺を飲み込もうとしていた。

 

 俺は震える手でカメラを起動する。

 

「……録画、開始します」

 

 かすかな声は、防音壁に吸い込まれて消えていった。

 

 

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