「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第12話 シミズ「ここに泊まるんですよ」

 シミズは「装いは機能ではなく、記号である」と言い残し、パーテーションの奥へと消えた。

 

 数分後。

 戻ってきた彼女の姿を見て、俺は思わずカメラを構える手に力が入った。

 

 そこには、七曜学園の制服を完璧に着こなした一人の美少女が立っていた。

 

 改めて思うが、こいつ、暴力的なまでにビジュが強い。

 瓶底メガネを没収し、髪を()かし、服の丈感を整えた結果、完璧な正統派美少女になっている。

 

 濡烏色(ぬれがらすいろ)のショートボブ、透き通るような白い肌、知性を湛えた大きな瞳、後輩ちゃんのイデアと呼ぶべき外見だ。

 

 まあ、中身は相変わらずの偏屈哲学モンスターなのだが。

 それはそうだろう、外身を変えたからといって、蓄積された(カルマ)までは浄化されない。

 

「……では、始めます。形而上学的な虚飾を排し、純粋なプロパガンダとして」

 

 カメラを向けると、シミズはスイッチを切り替えた。

 

「この物語は、単なるルッキズムの競い合いではありません。傲慢でありながらも、たった一人の誰かに認められたいと願う女神たち。審判役を任され、誘惑に鼻の下を伸ばしつつも優劣をつけかねて思い悩む羊飼い。滑稽でありながらも愛らしい登場人物たちが織りなす、一大喜劇です。観客の皆様は、羊飼いパリスの視点を通じて、四人の女神が表現する色とりどりの魅力と、その裏に潜む狂気的独占欲を追体験することになります。これは、あなた自身の魂の価値を問う物語なのです」

 

 シミズは朗々と、しかし滑らかな口調で、自身の脚本の魅力を語ぅた。

 

 ……すげえ。

 もっともらしい。

 いや、めちゃくちゃそれっぽい。

 

 難解な用語を適度に混ぜつつ、視聴者の知的好奇心と「美少女四人に囲まれる」という不純な欲望を同時に刺激する、完璧なプレゼンテーションだ。

 

 撮影は、驚くほど滞りなく完了した。

 いつものシミズなら難解で冗長な語りで周囲を置き去ったり、羞恥心で爆発したりするところだが、今回は最後の最後まで『プロの脚本家』としての仮面を脱がなかった。

 

「……はい、オッケー!」

 

 コハルの元気な一声で、俺は我に返った。

 

 

 え、これで終わり?

 

 俺は拍子抜けして、録画停止ボタンを押した。

 なんだろう、この『嵐が来ると思って身構えていたのに、そよ風が吹いて終わった』ような感覚。

 

 以前、コハルに保健室でマッサージをされた時と同じだ。

 あの時も、もっとこう、取り返しのつかないエロハプニングが起きるんじゃないかと戦々恐々としていた。

 

 

 しかし、終わってみれば「あ、意外と普通に気持ちよかったな」という感想だけが残った。

 

 ……結局、俺が性欲モンキーなだけということになるんじゃないカナ!?

 

 誰か大きめの猟銃を持ってきてください。害獣がここにいます。

 

「お疲れサマ、ナツキちゃん! チョー完璧じゃん。今のトーク、絶対インテリ層にブッ刺さるよー」

 

 コハルがパチパチと手を叩きながら、ソファに深く腰掛けた。

 

「……当然の帰結です。言語を司る者として、この程度のパフォーマンスは最低限の義務ですから」

 

 シミズはふぅと小さく息を吐き、俺の隣にちょこんと座った。 

 

 コハルは一瞬だけ真剣な目つきで俺とシミズを見たが、すぐにいつも通りの表情に戻る。

 

「よし、じゃあ……撮影も終わったし、お夕飯の準備しよっか。ナツキちゃん、冷蔵庫の中身借りるねー?」 

 

「ええ、お願いします。コハルさんの味付けには信頼があります」

 

 ……ん?

 お夕飯?

 

 当たり前のようにエプロンを取り出し始めたコハルと、それを当然のように眺めているシミズ。

 

 俺は慌てて機材を片付け、帰宅の準備を始める。

 

「お、おう、じゃあ俺はこれで失礼するわ。データは明日までにコハルに送っとくから……」

 

「先輩、どこへ行こうというのですか?」

 

 シミズの声が、俺の足を止めた。

 

「どこって……自宅だけど」

 

「はっは、何を言うかと思えば。先輩、相変わらずのユーモアですね」

 

「なにが??」

 

 シミズはアンティークな椅子に深く座り直し、組んだ脚をゆっくりと組み替えた。その瞳には、撮影中には見せなかった昏い熱が宿っている。

 

「今日は、ここに泊まるんですよ」

 

 ……は?

 

「泊まるって……誰が?」

 

「先輩と、コハルさんと、私です。……このシェルターは、外部からの干渉を一切遮断する設計になっています。アキハ先輩からも、『文化祭の合宿』という名目で許可は得ています。もちろん、マジメな月澄さんには伏せてありますが」

 

 シミズはあっけらかんと言い放ち、デスクの上のリモコンを操作した。

 

 カチ、と。

 重厚な鋼鉄の扉が、内側から完全にロックされる音が室内に響く。

 

「え、ちょ、待て。合宿って、聞いてないぞ! コハル、お前も知ってたのか!?」

 

「あはは、言ってなかったっけー? だって、動画の編集、一晩中かかるっしょ? なら、ここで三人で作業した方がタイパいいじゃん。ウケるよねー」

 

 ウケねーよ!!

 

 目の前には、だぼだぼのパーカーで夕食を作り始めるギャル。

 

 隣には、無表情のまま俺の袖を掴んで離さない文学少女。

 

 そしてここは、アキハ先輩が用意した、防音完備の魔改造スイートルーム。

 

 ……逃げ場がない。

 

「先輩。諦めて、実存をこちら側に預けてください。……今夜は長くなりますよ」

 

 シミズの囁きが、コーヒーの香りと共に脳を痺れさせる。こいつ何でコーヒー飲んでるのにこんな良い匂いするんだよ。ふざけやがって。美少女だからって何でもありかよ。

 

 このあと俺はどうなってしまうんだろう?

 猿の頭で考えたところで、答えが出るはずもなかった。

 

 

 

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