「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
文芸部室という名のシミズ専用スイートルーム。
俺、シミズ、コハルの三人で合宿することになった。
ヤバい。
だぼだぼのパーカーで手際よく食材を切る一軍ギャルのコハル。
ソファで俺の袖を掴んだままニーチェを読みふける文学少女のシミズ。
そして、なけなしの理性と不埒な期待の狭間で引き裂かれる俺。
神聖な学び舎の中で展開された、あまりにも非日常な三角形である。
「はい、できたよー!」
コハルは鍋を抱えてテーブルへやってきた。
「牡蠣スッポン鍋! ナツキちゃんが取り寄せたスパイスも入ってるよ!」
“狙い”がわかりやすすぎないか?
と思ったが突っ込まない。
下手に墓穴を掘る気はない。
お鍋からは、それはそれは濃厚な食欲をそそる香りがする。
本来、文芸部室に漂うような匂いじゃない。
というか、学校に漂うような匂いではない。もっと高級料亭とかでする匂いのはずだ。
が、まあ、文芸部室がスイートルームに魔改造されている時点で、俺の常識はチリ紙同然だ。
「さ、食べよ食べよ!」
「ええ、いただきます」
シミズは本を置き、いずまいを正して手を合わせた。
「いただきます」
俺もフンイキに乗り、手を合わせた。
「いただきま〜す」
コハルも手を合わせ、
「はい、トーマ、あーん」
ぷりっぷりの牡蠣をお箸でつまみ、俺の口元へ差し出した。
その瞳には、獲物を狙う小悪魔のような光を宿していた。
「なっ、何を、自分で食うよ!」
「えー、昨日フユちゃんとやってたっしょ? あーん、って。アタシだってやりたいやりた〜い」
「平等のためですよ、先輩」
隣で静かに本を閉じたシミズが、冷淡な、しかし確固たる意志を感じさせる声で追撃してきた。
「月澄さんがやった以上は、我々にもそうする権利が生じます。コハルさんだけでなく、もちろん私にもです。……あーん」
シミズまで、スッポン肉を差し出してきた。
右からコハルの牡蠣、左からシミズのスッポン。
挟み撃ちの形になっている。
左右から迫る美少女二人の『あーん』。
俺の脳内にある『健全な男子高校生としての倫理観』という名のATフィールドが、ミシミシと音を立てて崩壊していくのがわかった。
「いや、待て、おかしいだろ! ここは学校だぞ!」
「ロックかかってるから誰も来ないし。ね、トーマ、食べてくれないのー? アタシが一生懸命作ったのに……」
「羊飼いは女神たちの施しを拒むことはできません」
コハルの上目遣いと、シミズの静かな圧。
俺は、もはや抵抗する気力すら奪われ、言われるがままに口を開けた。
「あ、あーん……」
右から牡蠣のミルキーな旨味が、左からスッポンの弾力ある歯応えが押し寄せる。
幸せだ。
こんなに幸せでいいのか?
いや、良いはずがない。学校の誰かに知られれば、俺は知る限りすべての刑罰を受けて爆発四散するだろう。
「えへへ、美味しい? トーマ」
屈託なく笑うコハル。
「……先輩の咀嚼音、録音しておけばよかった」
シンプルに変態のシミズ。
俺は必死に飲み込み、ようやく言葉を絞り出した。
「……なぁ。これ、誰かにバレたら俺は殺されてしまうぞ」
俺の脳裏に、フユミの姿が浮かぶ。
想像上のフユミは、般若の形相で出刃包丁を研ぎ澄ましている。
幼なじみの勘は、時としてフェーズドアレイレーダーよりも鋭い。
今ごろ、俺が帰ってこないことに不審を抱き、実印を持って俺の部屋に突撃しているかもしれない。
だが、コハルは余裕たっぷりにスマホを振ってみせた。
「あ、それなら解決済みー! フユちゃんにはアタシから『生徒会の特命で、文化祭動画の機密保持のために、アキハ先輩の監視下で合宿することになった。トーマの身の安全は保証する』って、アキハ先輩の署名入りのメッセージ送っといたから」
「はぃっ?」
「アキハ先輩の名前出せば、フユちゃんも公務だって納得するっしょ? まぁ、アタシとナツキちゃんが一緒にいることは、あえてボカしてあるけどねー」
……このギャル、策士すぎる。
アキハ先輩の権威を盾に、フユミの追撃を封じる。まさに『虎の威を借る狐』ならぬ『女帝の威を借るギャル』だ。ゴメン全然うまいこと言えなかった。
そしてシミズも、当然のように付け加える。
「物品の調達も完了しています。あちらの洗面台を確認してください」
俺が言われるがままに洗面台を覗くと、そこには新品の歯ブラシが三本、仲良く並んでいた。それだけではない。クローゼットの中には、なぜか俺のサイズにぴったりのパジャマ(それも肌触りの良さそうなブランドもの)まで用意されている。
「……なあ、これ、いつから準備してたんだ?」
「アキハ先輩から合宿の許可が出た瞬間、タカさんに手配してもらいました」
シミズがあっけらかんと言った。
タカさん。木南家の使用人さん。あのアタッシュケースを運んできたマッチョな老婆である。
あのとき、既にこの監禁合宿の布石は打たれていたというのか。
ドラえもんかよアキハ先輩。
いや、この場合は魔王と呼ぶべきか。
どこまで読んで手を打ってるんだ、あの人は……。
「というわけで、トーマ。今夜は逃げられないからね?」
コハルがパーカーの裾を少し直し、いたずらっぽく笑う。
「……実存を、今夜一晩、この密室に捧げてください。先輩」
シミズが俺の隣で、再び俺の袖をぎゅっと掴んだ。
それはそうだろう。
鋼鉄の扉、アキハ先輩のお墨付き、完璧に用意されたアメニティ、そして目の前の美少女二人。
詰みである。
将棋なら「まいりました」と頭を下げるしかない盤面だ。
俺は、重い溜息と共に、自分の運命を受け入れることにした。
「……わかったよ。泊まるよ」
「いぇ〜い」
「成し遂げましたね」
「でも変なことすんなよ!?」
「えー? ヘンなことってナニよ? ウチらわかんなぁ〜い♡」
「先輩から性教育をうかがえるとのこと恐悦至極、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます」
くそっ、ギャルとオタクに馬鹿にされてる!
二人の瞳に宿る、逃がさないという確固たる光。
果たして俺は平常心を保てるのか!?
日村トーマの半生で一番長い夜が、幕を開けようとしている!!