「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第15話 ボーイング・ボーイング

 前回のあらすじ。

 

 俺、ナツキ、コハルの三人で映画を観ている。

 

 タイトルは【ボーイング・ボーイング】。

 

 キャビンアテンダント複数人を相手に同時交際している浮気者が、なんとかその場を取りつくろう様子を描いた、ドタバタラブコメディである。

 

 俺なんだろ?

 俺を冷笑(わら)ってんだろ?

 俺のことバカにしてんだろ?

 この浮気者を俺に重ねてるんだろ?

 

 疑心暗鬼に陥る。俺が美少女四天王の全員に手を出していることを、ナツキは知っているのか?

 

 冷水(しみず) 夏希(なつき)のパーソナリティからして、もし知っていたら問い詰めてくるはずだ。

 

 確証はない。

 気になって仕方ない。

 でも尋ねたら墓穴を掘りかねない。

 いったい全体どうすりゃいいんだ!!

 

 そんな俺のピンチを知ってか知らずか、隣に座るコハルが、さりげなく距離を詰めてくる。

 

 ……近い。

 だぼだぼのパーカーから覗く、健康的な肉感の脚。

 風呂上がりなのか、ココナッツの甘い香りに混じって、石鹸の清潔な匂いが俺の鼻腔をくすぐる。

 

 改めて見ると、コハルの破壊力は凄まじい。

 一軍ギャルとしての武装を解いた、このオフの姿。

 少し乱れたポニテの隙間から覗く小さな耳と、パーカーの袖から指先だけを出した萌え袖スタイル。

 

 普段の一軍ギャルとしての彼女ではなく、一人の等身大の女の子としての愛らしさが、薄暗い室内でヤケに際立って見えた。

 

「ねー、トーマ。このシーン、どう思う?」

 

 コハルが、俺の肩に頭を預けて覗き込んでくる。

 

 近いよ〜。

 パーカー越しに伝わる彼女の体温。布越しでもなお立体感のある胸元の感触。上目遣いで潤む瞳。カラコンをつけていないせいで、印象がよりあどけない。

 

 か、かわいい……。

 

「トーマ、聞いてる?」

 

「あ、ああ、聞いてるよ。まあ自業自得だよな、この主人公」

 

「ふーん。もしアタシがヒロインだったら、バレないように協力してあげてもいいけどなー。……もちろん、アタシを一番にしてくれるなら、だけどね?」

 

 耳元で囁かれる、甘い誘惑。

 マッサージのときとは打って変わってグイグイ来る!!

 

 と、そのとき。

 反対側からも、同じような質量を感じた。

 

「……独占欲の表出は、他者の模倣から始まる。ルネ・ジラールの『模倣の欲望』ですね」 

 

 ナツキだ。

 彼女もまた、コハルにならうようにして、俺の左腕に自分の身体を密着させてきた。

 

 薄く華奢な体つき。腕の中にすっぽり収まる矮躯。触れれば崩折れそうな頼りなさが、背徳感を煽る。

 

「な、ナツキ、どうしたんだよ」

 

「愚問です。言語化だけがコミュニケーションでもないでしょう」

 

 すりすり、とナツキが密着してきた。

 

 右に一軍ギャル。

 左に文学少女。

 

 正面のテレビでは、主人公が三人の美女に追い詰められて絶叫している。

 

 ……笑えない。一ミリも笑えない。

 

 映画の中の主人公は、最終的にどうなるんだったっけ。

 

 確か、最後はハッピーエンドっぽく終わるはずだが、今の俺にはとてもそんな未来は想像できない。

 

 だって、この部屋の扉はロックされているし、アメニティは完璧に揃っているし、何より、俺の袖を掴む二人の力は、驚くほどに強かったのだから。

 

「……先輩。映画はまだまだですよ」

 

 シミズの囁きが、暗闇の中に溶けていく。

 俺の半生で一番長い夜は、まだまだ続くという絶望的な事実に、俺はただ天井を仰ぐしかなかった。

 

 映画『ボーイング・ボーイング』のエンドロールが流れ終わったとき、俺の精神はボロ雑巾のようになっていた。

 

 画面の中の主人公はなんとか切り抜けていたが、あっちの修羅場が三連立方程式だとしたら、俺のは四元一次連立方程式……いや、未知数が多すぎて解なしの絶望的数式だ。

 

 左右から伝わる体温と石鹸の香りに脳を焼かれながら浮気男の末路を見せられ、俺は発狂直前まで追い詰められていた。

 

「……命の洗濯を執り行ってきます。先輩、コハルさんに(うつつ)を抜かしすぎないように」

 

 ナツキはそう言い残し、入浴のためにパーテーションの奥へと消えていった。俺とコハルが2人きりになる。

 

「ねートーマ、今の映画、マジでおもしろかったよね〜」

 

「あ、ああ、名作だったなぁ。ボーイングな感じが良かったよな」

 

「なにそのミリしら感想。ウケるんですけど〜、ういういうい」

 

 コハルは俺の脇腹を肘でつつく。痛くない。こんなに優しい肘鉄砲があっていいのだろうか。

 

 そうこうしているうちに、ナツキが戻ってきた。

 

「風呂は良いですね。ヒトが生み出した文化の極みです」

 

 透き通る肌は火照って赤らみ、なんとも(なま)めかしい。

 

 代わって俺が、逃げるように浴室へと向かう。

 

 脱衣所に入った瞬間、俺は深呼吸をした。

 

 むせた。

 女の子の良い匂いがするヨ!?

 

 コハルとナツキの甘い香りが、温かい蒸気に乗ってて俺の鼻腔に染み込んでくる。

 

 洗面台には彼女たちが使った後の形跡がある。

 なんだか、見てはいけないプライベートゾーンに土足で踏み込んでしまったような感じがある。

 

 ダメだ、めっちゃ興奮する。ヤバい。

 

 本当にヤバい!

 

 素数を数えろ!

 

「2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、47、53、 57、はグロタンディーク素数か……」

 

 詰まった瞬間、邪念が頭を埋め尽くす。

 俺は冷水シャワーで頭を冷やしつつ般若心経を唱える。

 

観自在菩薩(かんじざいぼさつ)行深般若波羅蜜(ぎょうしんはんにゃはらみった)多時照見五蘊皆空(たじしょうけんごうんかいくう)……」

 

 だが、全身にみなぎるような情熱は、冷めやらぬままだった。

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