「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
「覚悟はできてるよね?」
コハルは当然のように俺の頭を抱え、唇を重ねた。
思考が、白熱した。
返事をするスキも、思考するヒマもなかった。コハルが俺の後頭部を、小さな手で引き寄せた。
とっさに目を閉じると、まぶたにコハルのまつ毛が触れた。
触れた唇は、驚くほど柔らかく、熱い。
味という味はないはずなのに妙に甘く感じるのは、ココナッツの香りのせいか。
五感のすべてを鮮明に感じる。
フユミとのときは、あまりの衝撃に脳の処理が追いつかず、正直なところ「した」という事実の重みしか残らなかった。
だが、今は違う。
理性を冷水シャワーで無理やり覚醒させたせいか、俺の感覚器は高すぎる解像度で情報を拾い上げてくる。
押し当てられた肉体の弾力。吐息と鼻息の湿り気。重なり合う粘膜の感触。
喉から流れ込む彼女の体温が、俺の心肺を灼き焦がす。
ふ、と唇が離れる。
「……ん」
コハルの喉が、名残惜しげに鳴った。
ほんの数秒のことだったはずだ。
だが、刹那の接触は、俺にとっては永遠の記憶になった。
これは単なる事故じゃない。上書きだ。
俺の中にあったフユミの残像を、塗りつぶそうとしている。
「……あはっ。やっば、顔あっつ〜」
コハルはわざとらしく手で顔を仰ぎながら、にへらと笑ってみせた。
いつもの冗談めかした口調。
いつものギャルとしての振る舞い。
だが、その耳の付け根までがリンゴのように真っ赤に染まっているた。
ネイルチップで武装した彼女の指先はかすかに震え、視線は泳いでいる。
「罪だねぇ、罪の味だよねぇ、トーマ」
言いながら、彼女は俺から少し距離を置いた。
俺はと言えば、肺に溜まった酸素を吐き出すことさえ忘れていた。口元に残っただろうキスマークが、ヒリヒリと熱い。
永遠に消えない焼印のようにすら感じる。
鮮烈。
そう、あまりにも鮮烈で、さっきまでの恐怖心すらどこか遠くへ吹き飛んでしまった。
だが。
この儀式は、まだ半分しか済んでいない。
「『求めよ、さらば与えられん』。マタイによる福音書、第7章7節です」
鈴を転がすような声が、リビングの静寂を裂いた。
ナツキが目の前のソファに腰掛け、俺を見つめている。
「言わなくても分かるはずですよ、先輩。私も、言われなくても分かります。あなたが私を求めていることは」
「う、お、俺は」
俺が何か言う前に、ナツキは両手を広げた。
……ハグ?
キスよりはまだ、言い訳が効く気がする。
少し安堵した俺が一歩踏み込むと、ナツキはころんと倒れ込み、ソファへ寝転んだ。
バスローブが寝乱れて、頼りない胸元としなやかな脚線美が剥き出しになっている。
「さあ」
ナツキは、伏せたまつげをゆっくりと持ち上げ、試すような視線を俺へ向けた。
黒い瞳は確かに俺を見上げているのに、なにか神聖なものに見下されているような、奇特な錯覚に襲われる。
仰向けに横たわる無防備な少女。
ぶかぶかのローブの襟元が重力にしたがって広がり、その奥にある白磁の肌が見え隠れする。
……だめだ。
これは、あまりにもエッチすぎる。
座っている状態ならまだしも、寝転んでいる女の子に自分から覆いかぶさって抱きしめるなんて、それはもう、ただの事故や勢いでは済まされない。
踏み越えてはいけない一線というか、明確な侵襲性を感じる。
「……いや、ナツキ。それは、その……体勢的に、ちょっと問題があるだろ」
俺の精一杯の抵抗を、
「
ナツキは鼻で笑った。
「先輩。いまさら分別や節操を装うとは、笑わせてくれますね。失われた
彼女の黒い瞳が、挑発的に細められる。
「私は、先輩の欲望に応えます。だのに、先輩は自ら動こうとはしない。この私にかかせるだけの恥をかかせて、自分だけは綺麗でいようと言うのでしょうか」
「それは……」
「わかってますよ先輩」
ナツキはただ、横たわったまま俺を見つめていた。そこには媚びるような色気も、潤んだ瞳もない。
俺の本心を顕微鏡で覗き込むような、淡々とした眼差しだけがあった。
「ぜんぶ私に言わせて、無責任に気持ちよくなりたいんですよね」
透き通り澄み渡る罵声。
平坦で、温度も湿度もない声色。
「卑怯者、裏切り者、いくじなし」
立て続けの三連撃が俺の胸に突き刺さる。
ナツキは、見下げ果てたような冷たい微笑を作り、両腕を広げて寝転んでいる。
「ほら、私はこうして待っていてあげますから。私からは動きません。先輩の欲するところを為してください。先輩自身の、自由意志で」
心底バカにした態度が、かえって俺の独占欲を刺激する。
逆撫でされた神経はドーパミンとアドレナリンを噴き出し、加速度的に興奮を煽る。
が、ここで乗るワケには行かない。
もし乗ってしまえば、俺は我慢できない。我慢できなくなったら、四人全員と仲良くし続けることは難しい……現時点ですでに難しいが、もっともっと難しくなる。
公平になれなかった俺のミスなのだから、公平性を保たねばならない。
ナツキに対しては、「姿勢を戻してからキスしよう」と言わなければならない。
そのとき、妙なことが起こった。
「私からは動かない」と言っていたナツキが、どんどん近付いてくる。
いや、違う。
俺が、自分から近づいて──。
「ふふふ」
腕の中でナツキの笑い声がして、柔らかい感触が伝わって、ほの甘い香りが広がる。
「我慢できませんでしたねぇ。先輩は『待て』ができないケダモノですからねぇ。イヌ以下ですねぇ」
抱きしめたナツキの腰はひどく細く、自分とは全く違う生き物のようで、少し力を込めれば折れ砕けてしまいそうに感じる。
その気付きが、どうしようもない衝動と化して、俺を突き動かす。
気付けば俺は、ナツキの唇をむさぼっていた。