「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第20話 コハル、重なる唇、ナツキ、冷めた誘惑

「覚悟はできてるよね?」

 

 コハルは当然のように俺の頭を抱え、唇を重ねた。

 

 思考が、白熱した。

 返事をするスキも、思考するヒマもなかった。コハルが俺の後頭部を、小さな手で引き寄せた。

 

 とっさに目を閉じると、まぶたにコハルのまつ毛が触れた。

 

 触れた唇は、驚くほど柔らかく、熱い。

 

 味という味はないはずなのに妙に甘く感じるのは、ココナッツの香りのせいか。

 

 五感のすべてを鮮明に感じる。

 

 フユミとのときは、あまりの衝撃に脳の処理が追いつかず、正直なところ「した」という事実の重みしか残らなかった。

 

 だが、今は違う。

 

 理性を冷水シャワーで無理やり覚醒させたせいか、俺の感覚器は高すぎる解像度で情報を拾い上げてくる。

 

 押し当てられた肉体の弾力。吐息と鼻息の湿り気。重なり合う粘膜の感触。

 

 喉から流れ込む彼女の体温が、俺の心肺を灼き焦がす。

 

 ふ、と唇が離れる。

 

「……ん」

 

 コハルの喉が、名残惜しげに鳴った。

 

 ほんの数秒のことだったはずだ。

 だが、刹那の接触は、俺にとっては永遠の記憶になった。

 

 これは単なる事故じゃない。上書きだ。

 俺の中にあったフユミの残像を、塗りつぶそうとしている。

 

「……あはっ。やっば、顔あっつ〜」

 

 コハルはわざとらしく手で顔を仰ぎながら、にへらと笑ってみせた。

 

 いつもの冗談めかした口調。

 いつものギャルとしての振る舞い。

 

 だが、その耳の付け根までがリンゴのように真っ赤に染まっているた。

 

 ネイルチップで武装した彼女の指先はかすかに震え、視線は泳いでいる。

 

「罪だねぇ、罪の味だよねぇ、トーマ」

 

 言いながら、彼女は俺から少し距離を置いた。

 

 俺はと言えば、肺に溜まった酸素を吐き出すことさえ忘れていた。口元に残っただろうキスマークが、ヒリヒリと熱い。

 

 永遠に消えない焼印のようにすら感じる。

 

 鮮烈。

 そう、あまりにも鮮烈で、さっきまでの恐怖心すらどこか遠くへ吹き飛んでしまった。

 

 だが。

 この儀式は、まだ半分しか済んでいない。

 

「『求めよ、さらば与えられん』。マタイによる福音書、第7章7節です」

 

 鈴を転がすような声が、リビングの静寂を裂いた。

 

 ナツキが目の前のソファに腰掛け、俺を見つめている。

 

「言わなくても分かるはずですよ、先輩。私も、言われなくても分かります。あなたが私を求めていることは」

 

「う、お、俺は」

 

 俺が何か言う前に、ナツキは両手を広げた。

 

 ……ハグ?

 キスよりはまだ、言い訳が効く気がする。

 

 少し安堵した俺が一歩踏み込むと、ナツキはころんと倒れ込み、ソファへ寝転んだ。

 

 バスローブが寝乱れて、頼りない胸元としなやかな脚線美が剥き出しになっている。

 

「さあ」

 

 ナツキは、伏せたまつげをゆっくりと持ち上げ、試すような視線を俺へ向けた。

 

 黒い瞳は確かに俺を見上げているのに、なにか神聖なものに見下されているような、奇特な錯覚に襲われる。

 

 仰向けに横たわる無防備な少女。

 ぶかぶかのローブの襟元が重力にしたがって広がり、その奥にある白磁の肌が見え隠れする。

 

 ……だめだ。

 これは、あまりにもエッチすぎる。

 

 座っている状態ならまだしも、寝転んでいる女の子に自分から覆いかぶさって抱きしめるなんて、それはもう、ただの事故や勢いでは済まされない。

 

 踏み越えてはいけない一線というか、明確な侵襲性を感じる。

 

「……いや、ナツキ。それは、その……体勢的に、ちょっと問題があるだろ」

 

 俺の精一杯の抵抗を、

 

()()。ふふふっ」

 

 ナツキは鼻で笑った。

 

「先輩。いまさら分別や節操を装うとは、笑わせてくれますね。失われた純潔(もの)はもう戻ってこないというのに」

 

 彼女の黒い瞳が、挑発的に細められる。

 

「私は、先輩の欲望に応えます。だのに、先輩は自ら動こうとはしない。この私にかかせるだけの恥をかかせて、自分だけは綺麗でいようと言うのでしょうか」

 

「それは……」

 

「わかってますよ先輩」

 

 ナツキはただ、横たわったまま俺を見つめていた。そこには媚びるような色気も、潤んだ瞳もない。

 

 俺の本心を顕微鏡で覗き込むような、淡々とした眼差しだけがあった。

 

「ぜんぶ私に言わせて、無責任に気持ちよくなりたいんですよね」

 

 透き通り澄み渡る罵声。

 平坦で、温度も湿度もない声色。

 

「卑怯者、裏切り者、いくじなし」

 

 立て続けの三連撃が俺の胸に突き刺さる。

 ナツキは、見下げ果てたような冷たい微笑を作り、両腕を広げて寝転んでいる。

 

「ほら、私はこうして待っていてあげますから。私からは動きません。先輩の欲するところを為してください。先輩自身の、自由意志で」

 

 心底バカにした態度が、かえって俺の独占欲を刺激する。

 逆撫でされた神経はドーパミンとアドレナリンを噴き出し、加速度的に興奮を煽る。

 

 が、ここで乗るワケには行かない。

 もし乗ってしまえば、俺は我慢できない。我慢できなくなったら、四人全員と仲良くし続けることは難しい……現時点ですでに難しいが、もっともっと難しくなる。

 

 公平になれなかった俺のミスなのだから、公平性を保たねばならない。

 ナツキに対しては、「姿勢を戻してからキスしよう」と言わなければならない。

 

 そのとき、妙なことが起こった。

 「私からは動かない」と言っていたナツキが、どんどん近付いてくる。

 

 いや、違う。

 俺が、自分から近づいて──。

 

「ふふふ」

 

 腕の中でナツキの笑い声がして、柔らかい感触が伝わって、ほの甘い香りが広がる。

 

「我慢できませんでしたねぇ。先輩は『待て』ができないケダモノですからねぇ。イヌ以下ですねぇ」

 

 抱きしめたナツキの腰はひどく細く、自分とは全く違う生き物のようで、少し力を込めれば折れ砕けてしまいそうに感じる。

 

 その気付きが、どうしようもない衝動と化して、俺を突き動かす。

 

 気付けば俺は、ナツキの唇をむさぼっていた。

 

 

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