「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第21話 ☆シミズ・ナツキの視点、トーマとコハルのゲームスタート

 

 よもや、ここまで効果的とは。

 

 私は冷笑を隠しきれなかった。

 先輩は、私の手中へ簡単に収まった。

 

 先刻までは保護者面していたくせに、今では夢中でむしゃぶりついている。呼吸するヒマも置かずにガッついてくる。滑稽極まりない。

 

 思えば、先輩はいつでもそうだった。

 毎日いっしょにいて、エロゲーや同人誌の話をしているくせに、何かと些細な()()をして、私を女の子扱いする。

 

 天才作家の私を普通の女の子扱いするなんて。

 根暗な日陰者の私を普通の女の子扱いするなんて。

 

 ユニークに思えたので、いつもちょっかいをかけていた。

 

 先輩の反応は毎度面白くて、そのせいで私もエスカレートして、ゴールデンウイークのある日、私たちは過ちを犯した。

 

 それを今、再び繰り返している。

 

 先輩は私の後ろ髪を手で梳き、逃がさないとばかりに後頭部を抑えて固定する。別に今さら、逃げも隠れもしないのに。

 

 支配を確信したような力感と、壊れ物を扱うような繊細さ。

 

 私はそれを、他人の情事を眺めるように、別種の生物の交尾を眺めるように、俯瞰している。

 

 あくまでも分析的に、脳内の日記帳へ留めておこうと試みる。

 

 口腔粘膜の相互接触。

 二億を超える口内細菌叢の交換。免疫力向上のための適応。

 

 既知の現象であり、特筆すべきことはない。

 

 それなのに、なぜ私の視界は(はし)から白濁し、思考のフレームレートはこれほどまでに低下しているのか。

 

 熱い。あまりにも。

 

 先輩の舌が、私の歯列をなぞり、侵入を果たす。

 その動作は稚拙で、洗練とは程遠い。だが、その飢餓感が、私の脊髄に直接、焦げ付くような電気信号を送り込んでくる。

 

 口腔内という聖域において、異物の蹂躙を許容することは、本来、自己防衛本能が拒絶すべき事象である。それなのに、私の身体は、唾液の分泌を促し、より深い干渉を――魂を混ぜ合わせるような深淵を、渇望し始めている。

 

 支配者のふりをしていた私自身を、観察自我としてメタ認知している私が嘲笑し始めた。

 

 あなたも所詮はケダモノじゃないですか。

 あなたの方こそ、ぜんぶ先輩のせいにして無責任に快楽を貪っているじゃないですか。

 

 返す言葉もない。

 聖書もダンテもサルトルも、愛欲に溺れる今の私を冷静にしてはくれない。

 

 たかが、肉の触れ合い。

 それなのに、なぜ私は、先輩の首に腕を回し、より強く自分へと引き寄せているのか。

 

 滑稽。

 おこがましい。

 あんなに理屈を並べておきながら。

 あんなに聖書や古典を盾にして、安全圏から石を投げていたつもりだったのに。

 

 いざとなれば、私の理性は溶岩に落ちた氷のように、たちまち溶けて蒸発した。

 

 呼吸が苦しい。もっと舌を絡めて。酸欠で頭がはたらかない。ぶかっこうなのに、やめられない。

 

 げんごか、できない。

 せんぱい。せんぱい、せんぱい……。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 肺腑が焦げつくような熱を帯び、俺は酸欠を自覚した。

 

「…………っ、はぁ」

 

 ショートして焼き切れたように、唇が離れる。

 

 俺は体を起こす。いつソファから転げ落ちたのか、俺とナツキはカーペットの上にいた。

 

 鼓動は耳の奥で爆音を鳴らしている。

 沸き立つ血潮が全身を駆け巡り、脳が煮えそうなほど熱い。

 

 ふと視線を落とした俺は、ナツキの有り様に息を呑んだ。

 

「…………な、ナツキ?」

 

 そこには、俺が知っている冷徹な文学少女の面影などなかった。

 

 ナツキはソファに仰向けになったまま、焦点の合わない瞳でぼんやりと天井を仰いでいた。

 

 激しくかき乱された黒髪がクッションの上に散らばり、オーバーサイズのバスローブは肩から大きくはだけて、白磁のような肌が露わになっている。

 

 唇は微かに開いたまま、そこからは細い吐息だけが漏れていた。

 

「ひゅぅ……ひゅぅ……♡」

 

 非公式の抱き枕カバーみたいになってる!

 

 それも、過激な『裏面』のほうのイラストだ。

 ハイライトの消えた瞳、乱れた着衣、そして隠しきれない淫靡な空気。

 

 目の前にいるのが現役の女子高生だという現実が、脳のキャパシティを強引に削り取っていく。

 

「せ、せんぱい、せんぱい……♡」

 

 ナツキが何かを言おうとして、声にならない音を漏らす。

 

 理性の化物だったはずの彼女が、たった一度の『上書き』でここまで徹底的に解体されてしまうなんて。

 

 俺はとんでもないことをしてしまったんじゃないかという罪悪感と、それを上回るどうしようもない征服感に、心臓を引き裂かれる。

 

 そのときだった。

 

「うぉ。事後じゃん」

 

 背後から、冷ややかさと茶化しが半分ずつ混ざったような声が響いた。

 

 振り返ると、コハルがアイスの箱を手に立っていた。

 

 コハルは、まるで修羅場の現場に迷い込んだ近所の人、といった雰囲気で、俺と――そして魂をどこかに置き忘れてきたようなナツキを交互に見つめている。

 

「いきなりメタメタにしちゃうなんて、鬼畜だねぇトーマ」

 

「コ、コハル……! いや、これは……」

 

「いーよ、言わなくて。だいたい察しつくし」

 

 コハルはアイスの箱を開封した。個包装された一口サイズのチョコアイスが複数入っているやつだった。

 

 コハルはそのうちの一つを手に取り、弄ぶ。

 

「ナツキちゃんはダウンしちゃったから、ここからはアタシの時間だよね?」

 

 コハルは視線をよこさずに、当然のことを確認するような口調で言う。

 

「あ、ああ、うん」

 

 俺は慌てて追従する。

 

「でもさぁ、同じことするだけじゃつまんないよね?」

 

「……え゙」

 

 なんだか怖い予感がする。

 

 コハルは小首を傾げ、にま〜っと笑った。無邪気さの中に悪魔的な誘惑が潜んだ表情だった。

 

「ゲームしよっか」

 

 コハルは、アイスを一個てのひらに乗せ、俺へ差し出す。

 

「このアイスを、トーマが食べられたら勝ち。食べられなかったら負け。トーマが負けたら、私の言うことを一つだけ聞いてもらう。トーマが勝ったら、まぁ、なんでも言うこと聞いてあげようかな」

 

 スタートの合図はこっちで出してあげるから。

 

 コハルはそう結んだ。

 

 ゲーム自体は難しくなさそうだが……なんだかとっても予感がする。胸をかき乱されるような、禍々しい予感が。

 

 俺が無言でうなずくと、コハルは満足げに笑い、アイスの包装を破った。

 

 あ。

 

 声を上げるヒマもなく、コハルはアイスを口の中へ放り込んだ。

 

 ゲームスタート。

 

 コハルは手のひらを上にしたまま、指をしならせ俺を招いた。

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