「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
「ゲームしよっか」
コハルは、アイスを一個てのひらに乗せ、俺へ差し出す。
「このアイスを、トーマが食べられたら勝ち。食べられなかったら負け。トーマが負けたら、私の言うことを一つだけ聞いてもらう。トーマが勝ったら、まぁ、なんでも言うこと聞いてあげようかな。スタートの合図はこっちで出してあげるから」
俺が無言でうなずくと、コハルは満足げに笑い、アイスの包装を破った。
あ。
声を上げるヒマもなく、コハルはアイスを口の中へ放り込んだ。
コハルは手のひらを上にしたまま、指先をしならせて俺を誘う。
口角を吊り上げた彼女の口内には、先ほど放り込まれた一口サイズのアイスが鎮座しているはずだ。
ゲームスタート。
俺はうながされるまま、彼女の顔を両手で挟み込んだ。
小さな顔だ。骨格からして俺とはまるで違う。ただそれだけで既にドキドキする。
「ん〜? んふふ」
躊躇する俺を見て、コハルは慈しむように笑った。
覚悟を決めて、俺は彼女の唇を奪った。
――つめたっ。
瞬間、口の中を突き抜けていく冷感。
とろけるアイスクリームの舌触り、薫り高いバニラ、チョコレートのコクとほろ苦さ。
氷点を維持しようとする冷たいアイスを、彼女の熱い舌がこちらへと押しやってくる。
コハルの舌は長い。器用にうねる。なんだこれ。
まるで生き物のように、自由自在に動いている。
ギャルは舌が長く、舌技に優れる。
古事記にも聖書にも同様の記述がある(俺調べ)
ギャルものの同人誌において、ギャルの舌が短かったことなどあるだろうか。いや、ない。
ギャル專門の合同誌のコラムの内容を思い出す。そこには、『ギャルは例外なく舌が長い。そしてその巧みな舌技で、男を骨抜きにする』という、非科学的で願望に満ちた説がこれでもかと書き連ねられていた。
俺は当時、(書いてるヤツ絶対に童貞だろ)と鼻で笑っていたが、今、その説が真実であったことを全身に分からされている。
彼女の舌は俺の口内をくまなく探索し、アイスを弄び、俺がそれを捕らえようとするたびに、ぬるりと逃げてはまた挑発的に絡んでくる。
え、エッチすぎる……。
俺の心拍数は再びレッドゾーンを振り切った。
そのときだった。
激しく絡み合う感覚の中で、ふと、脳裏を鮮烈なフラッシュバックが過ぎった。
――暗い室内。
――派手なネオンが反射する、安っぽいカラオケボックスのテーブル。
――飲みかけのクリームソーダの上で、真っ赤なサクランボが一つ。
隣に座るコハルが、そのサクランボをつまみ取り、ヒョイと口の中へ放り込んだ。
『ねえ、トーマ。アタシ、これ得意なんだよねー』
いたずらっぽく笑った彼女が、数秒後、舌の上に乗せて出してきたもの。
それは、リボン結びにされたサクランボの茎だった。
思い出した。
これは記憶にある。間違いない。
俺は空白の一週間のいつかに、コハルのこの驚異的な舌技を、目の前で見せつけられていたんだ。
「……んむ」
コハルが、俺の動揺を見透かしたように喉を鳴らした。
アイスはすでに溶けきっている。
チョコよりバニラより、コハルが甘ったるい。アイスの冷感なんてとっくのとうに過ぎ去って、口腔の熱はもはや全身に行き渡って、気付けば俺はコハルを抱きすくめていた。
柔らかい。小柄ながらも肉感的だ。
ちみっとしたナチュラルな骨格で、ウエストはしっかりくびれているのに、肉付きが健やかだ。
ナツキの不健康なエロスとは逆方向の魅力がある……いや、こういうときに他人と比べるなんて最低だな。コハルのことだけ考えよう。
俺が気を散らしたのを罰するように、コハルのネイルチップが俺の首筋に食い込んだ。
◇◇◇
私は口の中にチョコアイスを放り込む。冷たい。でも、すぐに体温に触れて、じわじわ溶けていく。
手のひらを上に向けて、指先でトーマを招く。
戸惑いながらも目を離せないトーマ。仔犬みたいでカワイイ。胸がきゅんきゅんして、頭がぼーっとしてくる。バカになってる気がする。
私はずっと、賢く生きてきたつもりだった。
ぜんぶアクセサリーだと思ってた。
人間関係も、自分の感情も考え方も、言葉も行動も、みんなからの評価も。
TPOに合わせて一番映えるものを身につける。
邪魔になったりトレンドが変わったりしたら、その場で捨てちゃえばいい。
そうやって、身軽に立ち回るのが処世術だった。
私みたいに才能のない女の子の人生なんて、勉強よりもファッションで決まってしまう。
だからモデルさんみたいに、お仕着せの服を来て、決められた道の上を歩く。バレない程度にズルく立ち回る。
そうやって
親友とか、運命の人とか、そんな重いのは必要ない。
テキトーに楽しく過ごして、二十代のうちに金持ちのイケメンでも捕まえて……
そんなふうにクリアする、イージーな人生ゲームのつもりだったのに。
「んん……♡」
甘ったるいため息が漏れる。
重ねた唇を片時も離さず、ひたすら舌を絡めている。
なにやってんだろ私。
トーマは別にイケメンじゃないし、お金持ちってほどでもないし。
ただ、スクールカーストとか気にせず普通に接してくれるし、意外と気が利くし、なんとなく話が合うから、悪くないかもな〜って思ってた、だけだったのに。
最初に遊んだのも、女友達と都合が合わなくなったから、気まぐれに誘っただけだったのに。
いっしょに過ごすうちにコロッと好きになっちゃって、『運命だ』なんて舞い上がっちゃったんだから、私、自分で思っていた以上に、夢見る乙女だったのかも……。