「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
コハルの甘ったるい毒気に当てられ、俺の理性が溶けきったチョコアイスのように形を失っていく。
抱きしめたコハルの柔らかな体温、首筋に食い込むネイルチップの鋭さ、そして、鼻腔を抜けるバニラとカカオとココナッツの香り。
すべてが過剰で、すべてが致命的だった。
そして、この密室にはもう一人の捕食者がいる
しかし俺は、そのことを完全に忘却していた。
「……公平性の、欠如です」
背後から、熱を孕んだ低い声がした。
ゾクッ、と脊髄を電撃が走る。いつの間にか回復していたナツキが、俺の背中にその細い体を押し当てていた。
オーバーサイズのバスローブ越しに伝わる、しなやかな起伏。
「おっ……!?」
耳たぶに、熱い湿り気が触れた。
ナツキの甘噛みだ。鋭い犬歯が薄い皮をカリカリ削り、同時に彼女の熱い吐息が鼓膜を直接揺らす。
「先輩……。コハルさんばかりにリソースを割くのは、不当です。独禁法違反です。……私にも、その再分配の責任を、果たして、ください……っ」
ナツキの声色は、熱病に浮かされたようだった。
俺を挟んで、前からはコハルが、後ろからはナツキが。
二人の美少女の熱量にサンドイッチにされ、俺の思考回路は完全にショートした。
「ちょ、ナツキちゃん。アタシ今いいトコなんだから、順番待ちしてよぉ」
「……貴意に添いかねます。手続き的な正義など、もはや無意味です。……先輩、こちらを向いてください……!」
もみくちゃだった。
コハルが俺の首に腕を回して引き寄せれば、ナツキが俺の肩を掴んで反対側へ倒そうとする。
小柄な彼女たちの、どこにそんな力が隠されていたのか。
俺は二匹の狼にシェアされる獲物のように、カーペットの上に押し倒された。
「うぉ……っ」
仰向けになった俺の左右に、二人の美少女が覆いかぶさる。
コハルのパーカーの隙間から覗く健康的な肌と、ナツキのバスローブの襟元からこぼれ落ちそうな小麦色の双丘。
ダメだ。
もう、限界だ。
夕食に食べた、あの過剰なまでの牡蠣とスッポンのエネルギー。
それが、ナツキとコハルという二人の起爆剤によって、俺の下腹部で臨界点に達していた。
「せんぱい、ねえ、せんぱい……」
「トーマ、あたし、もう止まれないよ……」
二匹の獣が、死に体も同然の俺をむさぼる。
そしてナツキが俺の腰の上にまたがった。
華奢なナツキのささやかな体重が、俺の最も敏感な場所にダイレクトに響く。
その衝撃が、最後の一押しだった。
あっ。
俺の全身が弓なりに跳ねる。
俺の防波堤が音を立てて決壊した。
言葉にするのも憚られるような、熱い奔流。
それまで俺が必死に守り通してきたモラリストの矜持は、物理的な熱量を帯びて噴き出した。
一発。
ナツキが上に乗った衝撃だけで。
無様にも、暴発。
「……ん? 先輩、今、何か……」
ナツキがいぶかしげに眉を寄せた、その瞬間。
「ナツキちゃんばっかズルい。アタシも乗る!」
横からコハルが、ダイブするように俺とナツキの隙間に割り込んできた。
ほとばしったばかりのところに、コハルの柔らかな肉感の重みが加算される。
隙を生じぬ二段構え。
第二射、完了。
初撃よりも激しく、残弾すべてを撃ち尽くした。
「あぁっ、あ、あぁ…………」
俺の視界が、真っ白に染まる。
いや、視界だけではあるまい。
ともかく俺は、入れる前に出し、出し殻となった。
◇◇◇
静寂が、部屋を支配していた。
さっきまでの熱狂が嘘のように、換気扇の動作音だけが虚しく響いている。
俺の脳内には、今、宇宙の真理すら理解できそうなほど透き通っていた。
賢者タイムである。
……すべてが凪いでいる。
……明日のフユミの襲来も。
……アキハ先輩への言い訳も。
……急速に冷えてゆく、濡れた下着の感触も。
俺の上に重なっていた二人の動きが、ピタリと止まる。
「…………ねえ」
沈黙を破ったのは、すんすん鼻を鳴らすコハルの声だった。
「……なんかさ。……イカ? ……エビ? みたいなにおいしない?」
デッドボールだ。
コハルのその無邪気な、しかし核心を突く問いかけが、俺の魂を痛打した。
「………………っ」
ナツキが、俺の下半身に触れていた自分の脚を、弾かれたように引き戻した。
彼女の黒い瞳が、驚愕と、困惑と、そして深い
「………………生物学的な、反応の、帰結、ですね」
ナツキの声は、震えていた。
ナツキは、自分が何を引き起こしたのかを、その明晰に過ぎる頭脳で瞬時に察してしまったらしい。
俺は、虚空を見つめたまま、ゆっくりと体を起こした。
もはや恥という感情すら、今の俺には贅沢すぎる。
俺は悟りを啓いていた。
「……ナツキさん」
俺は、かつてないほど真剣で、淀みのないトーンで彼女に問いかけた。
「……失礼ながら、洗い場をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「…………」
ナツキは、顔を真っ赤にしたまま、無言でバスルームの方角を指差した。
「……ありがとうございます。失礼いたします」
俺は、ガクガクと震える膝を気合で固定し、幽鬼のごとき足取りでバスルームへと向かった。
脱衣所でパンツを脱ぎ、シャワーの冷たい水でそれを洗う。
ジャブジャブ、という水音が、静まり返ったリビングまで届いているのではないかと思うと死にたくなるが、そんな感情すら今の俺には嗜好品だ。
俺は、ただ無心に布をこすり合わせた。
昨日までの俺なら、「美少女の家でパンツを洗う」というシチュエーションに興奮したかもしれない。だが、今の俺にあるのは、ただひたすらに虚無感だけだった。
仏典もコヘレトも今なら魂で理解できる。
すべては空しい。
空の空の空、一切は空である。
◆
リビングに戻ると、そこには通夜のような空気が流れていた。
ナツキはソファの端で膝を抱え、バスローブの襟元をこれでもかと固く閉じている。
コハルはカーペットの上に座り込み、開いたままのアイスの箱を見つめていた。
盛り上がっていたムードは、俺の暴発とともに、跡形もなく消え去っていた。
「…………寝よっか」
コハルが、誰に言うでもなく呟いた。
「……睡眠は、神経系の休息に不可欠です」
ナツキも、機械的な口調で応じる。
「……おやすみ」
俺も棒読みで呟いた。
俺たちは以降、一言も言葉を交わすことなく、各自の寝床へと移動した。
ナツキがパチリと照明を消し、部屋は深い闇に包まれる。
暗闇の中で、それぞれの呼吸音だけが聞こえる。
誰も、動かない。
誰も、喋らない。
さっきまでの熱いキスも、肌の温もりも、まるで遠い前世の記憶のように感じられた。
……明日の朝。
フユミやアキハ先輩と会ったら、俺は一体どんな顔をすればいいんだろう。
俺が記憶喪失に気付いてから、ちょうど一週間になる。
たった一週間。
たった一週間で、やらしいことをアレコレと……。
ひどく
なんとか一線を越えずにいたつもりだが、この調子だと、あっという間にメチャクチャになってしまいそうだ。
ああ、美少女四天王。
俺たち五人は、これから一体どうなってしまうのだろうか。
そんな不安を抱えながら、俺は無闇に広いベッドの上で、深い深い眠りへと落ちていった。