「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
やあ、みんな元気にしてるか?
俺は元気じゃない。腸内フローラは死滅し、社会的生命は風前の灯火だ。
ここで一旦、俺というバカヤローの現状を整理してみよう。あまりに現実が受け入れがたすぎて、こうして他人事のように独語しないと発狂しそうだからな!
前回までのあらすじ!
俺は
どこにでもいるごく普通の高校二年生!
5月8日に目覚めると、ゴールデンウィーク中の一週間分の記憶がキレイさっぱり消えていた!
それだけならミステリーで済むが、現実はハードなラブコメを仕掛けてきやがった!
な・な・な、なんと!
俺は学内の美少女四天王を相手に四股してしまったのだ!
エントリーNo.1:幼なじみ・
金髪碧眼ツンデレツインテ、色々な意味でダイナマイトな女。中学から不仲だったはずなのに、朝っぱらから俺の自宅で味噌汁を作っていた。「私で童貞捨てたくせに、記憶がないなんて言わせないから!」とのこと。
エントリーNo.2:陽キャクイーン・
隣の席の一軍ギャル。学校で話したことなんてほとんど無かったのに、なぜだか今朝は俺を下の名前で呼び、笑いかけ、ボディタッチを繰り返し、「私で童貞捨てたくせに陰キャのまんまじゃん」と笑い、「続きをしよう」と誘ってきた。
エントリーNo.3:文芸部後輩・
文芸部の後輩、地味で卑屈な文学少女にして、俺だけがその魅力を知る隠れ美少女。今朝は自らの美貌を隠すのをやめ、限りなくチョーシに乗り始め、先輩である俺に対して「私で童貞捨てたくせに部室に来るのが遅い」となじってきた。
エントリーNo.4:生徒会長・
才色兼備・文武両道・実家極太の清楚なお嬢様。非の打ち所のない完璧超人、俺が敬愛してやまない大先輩。俺とフユミ・コハル・シミズとの間にあったアレコレを把握しているらしい。「私で童貞捨てたくせに、ウチに来ないとは何事ですか?」と問うてきた。
美少女四天王は四人とも個性豊か!
そして四人が四人とも、とびっきり積極的!
ヒロインと結ばれた(肉体的に)ところから始まる新感覚ドタバタラブコメディ!
俺の日常、一体どうなっちゃうの〜?
どうにもならない。現実は非情である。
「詰んだあああああ!! うわああああああ!!!」
俺は絶叫している。今、このあたりは木南先輩の権力によって人払いがなされている。つまり叫び放題なのだ。
俺は絶叫し続ける。しばらくしたら喉が痛くなってきたので、やめた。少し落ち着いてきた。
……うん。詰んでるな。
将棋で言えば、飛車角落ちどころか、王将一枚で相手の全駒に囲まれている状態だ。
フラつく足取りで洗面台へ向かい、冷たい水で顔を洗う。
鏡には俺の情けない顔が映っていた。
俺は思わず顔を覆った。
「……申し訳ねぇ」
本音が漏れた。
四股だ。状況証拠を並べれば、どう考えても俺は四股をしている。
記憶がない? そんなの言い訳にならない。
フユミの涙目も、コハルの笑顔も、夏希の自信に満ちた顔も、秋葉先輩の熱っぽい瞳も。全部、俺が原因だ。
みんなの『初めて』を奪っておいて、何も覚えていないなんて。俺は万死に値するクズ野郎だ。切腹か? いや、介錯してくれる友達がいない。
いや……ここで死ぬわけにはいかないか。
せめて、彼女たちに誠意を見せなければ。たとえその先に、“Nice boat.”な結末が待っていたとしても。
俺は立ち上がった。
覚悟を決めろ、日村トーマ。
まずは、このトイレの外で待っている、最強のラスボスと対峙するんだ。
「あら。スッキリなさいました?」
出たところには、菩薩のような――あるいは地獄の閻魔のような微笑みを浮かべた、木南先輩が立っていた。
逃げ場はない。
彼女は優雅に手招きをした。
「では、こちらへ。お茶もお菓子もありますよ」
◆◆◆
案内されたのは、廊下を挟んで向かいにある生徒会室だった。
重厚な革張りのソファ。アンティーク調のテーブル。湯気を立てる紅茶と、名前もわからぬ高級そうな茶菓子。
俺は借りてきた猫のように(この比喩を使うには可愛げのない俺だが)、ソファの端に座った。
対面に座る秋葉先輩は、紅茶を一口飲むと、静かに口を開いた。
「それで? 月澄さんにはラブレター、火伏さんとは朝帰り、冷水さんとは部室でしっぽり……ずいぶんと
げっほげほ!
俺は勢いよくむせ返り、危うくお紅茶を吹き出しそうになった。
「な、なんでそんな詳細までご存知なんですか!?」
「申し上げたでしょう? 私は生徒会長。学内のことなら、浮気者の足取りから泥棒猫の鳴き声まで、全て把握しておりますわ」
先輩はニッコリ笑う。目の奥は笑っていない。
完全にバレている。
フユミたちはお互いの干渉を知らないようだが、木南先輩だけは俯瞰で見ている。神の視点だ。
「せ、先輩……。軽蔑しましたか? 俺のこと」
「ふふ、そうですねぇ。落ち着きがないようですから、首輪を
二つ目はどこに? とは聞けなかった。先輩の目がマジだったから。
俺が
温かい。柔らかい。だが、その温もりと柔らかさが逆に怖い。
「ですが、私は寛容です。貴方が記憶を失い、混乱していることも理解しております。何も言わずともすべてわかります……なにせ、あんなに愛し合った仲ですもの……」
先輩の指が、俺の手の甲をなぞる。机の下、先輩の長い脚が俺のスラックスにするりと絡められる。
別の意味でドキドキしてきた。
「そこで……ひとつ提案です。トーマさん」
「て、提案?」
「ええ。この複雑怪奇な五角関係……貴方お一人では処理しきれないでしょう。私が交通整理をして差し上げます」
え?
俺は顔を上げた。
木南先輩が、協力してくれる?
確かに、彼女の情報網と権力があれば、フユミたちとのバッティングを避け、事態を穏便に収拾できるかもしれない。
「ほ、本当ですか!? 助けてくれるんですか!?」
「もちろんです。愛する旦那様のためですもの」
旦那様?
ともかく、地獄に仏とはこのことか。
俺は感動のあまり、先輩の手を握り返した。
「ありがとうございます先輩! 俺、一生ついていきます!」
「ええ、ええ。もちろんです。一生、逃がしませんわ」
あれ、今なんか語尾重くなかった?
木南先輩はスッと立ち上がり、俺の隣に移動してきた。
そして、俺の肩に腕を回し、耳元で囁く。
その声は、甘く、とろけるように優しく、そして―─深層水のように暗く冷たく、低い声だった。
「ただし、条件がございます」
「じょ、条件……?」
「私は、火遊びには寛容な女です。貴方が他の子らと仲良くされるのも、若気の至りとして目をつぶりましょう」
そ、そんな。
そんな都合の良いことあっていいんだろうか……?
「ですが」
突き刺す声。
回された腕に、ギチ、と力がこもる。
「私が許すのはあくまでも『浮気』です。『本気』になるなら話は別です」
先輩の腕は少しずつ、俺の首に巻きついている。大蛇がゆっくりと獲物を品定めするみたいに。
「せ、先輩……」
「アキハ、でしょう? 二人きりのときは名前で呼んでください。あの日あの夜、何度も何度もそうしたように」
先輩はテーブルの上の茶菓子――表面にヒビが入ったビスケットを手に取った。
「これはジンジャースナップと言います。ショウガの風味の効いた、硬ぁ〜〜いビスケットです。『スナップ』はビスケットを意味します。ところで、ジンジャーにもスナップにも原義と異なる別の意味があるんです。ご存知ですか?」
「い、いえ、不勉強で……」
先輩はニコッと笑う。ジンジャースナップとやらを握る左手には青筋が浮いている。ヤバい。何か分からんがとにかくヤバい!
「どちらにも『元気』『活力』という意味があります。しかし、スナップにはもっと面白い意味があるのです。ご存知ですか?」
透き通るような声。
「い、いえグェ!」
いよいよ首が絞まり、
先輩の左手には満身の力がこもり、カタカタ震えている。
「『ぽっきり折れる』です」
――バギッ!
ジンジャースナップは握りつぶされた。
無残な欠片は先輩の指ごと俺の口へ押し込まれる。
「おいしい? おいしいですかトーマさん。ふふ、名前で呼んでしまいました。いかんせん胸がときめくものですね。おいしいですか? ねえ、トーマさん」
「お、おいひいでふ……」
「それは重畳。旺盛な男性は素敵です。元気って素敵ですよね。食欲に限った話ではありません。トーマさんは本当に素敵ですよ。ええ、本当に。私が思っていること、きっとわかっておいででしょう?」
何か答えたいが、声も出ない。微動だにできない。心理的にも、物理的にも、逃げようがないほどに絞め上げられている。ものすごい力の持ち主だ。
先輩は俺の首をギチギチに絞めつつ、耳元でささやく。
「私に『ぽっきり』させないでくださいね?」
気絶しそうになった。
永遠と思える数秒が過ぎ、急に解放された。
「ふふ、冗談ですよ。トーマさん、顔が青いですよ?」
秋葉先輩はハンカチを取り出し、冷や汗まみれの俺の額を優しく拭った。
冗談? 今のが?
あの握力、あの脅迫、瞳の奥に渦巻く深淵の闇が?
「さあ、本鈴が鳴ります。教室へ戻る準備を。放課後また、作戦会議をいたしましょう」
俺は必死にうなずいた。
こんなアホな俺でも、現状を一つ理解できた。
俺はとんでもない悪魔との契約を結んでしまったのだ。
虎の威を借る狐になろうとしたら、その虎の餌食になったパターンだ。
フユミの重い愛。
コハルの無邪気な誘惑。
ナツキの哲学的な執着。
そして、すべてを知り尽くし、笑顔で俺の首輪を握る木南先輩。
記憶喪失の俺に突きつけられた四股の事実。
そして、その裏で進行する『誰か一人を選べば他の三人が爆発する』というデスゲーム。
どうする、日村トーマ。
どう生きる、日村トーマ!
とりあえず、昼休みまで俺の命が持つかどうかが最大の懸案事項だ!