「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第5話 生徒会長に泣きついたら状況が悪化した件

 やあ、みんな元気にしてるか?

 俺は元気じゃない。腸内フローラは死滅し、社会的生命は風前の灯火だ。

 ここで一旦、俺というバカヤローの現状を整理してみよう。あまりに現実が受け入れがたすぎて、こうして他人事のように独語しないと発狂しそうだからな!

 

 前回までのあらすじ!

 

 俺は日村(ひむら)斗真(トーマ)

 どこにでもいるごく普通の高校二年生!

 

 5月8日に目覚めると、ゴールデンウィーク中の一週間分の記憶がキレイさっぱり消えていた!

 

 それだけならミステリーで済むが、現実はハードなラブコメを仕掛けてきやがった!

 

 な・な・な、なんと!

 俺は学内の美少女四天王を相手に四股してしまったのだ!

 

 エントリーNo.1:幼なじみ・月澄(つきずみ)・フユミ・エインズワース!

 

 金髪碧眼ツンデレツインテ、色々な意味でダイナマイトな女。中学から不仲だったはずなのに、朝っぱらから俺の自宅で味噌汁を作っていた。「私で童貞捨てたくせに、記憶がないなんて言わせないから!」とのこと。

 

 エントリーNo.2:陽キャクイーン・火伏(ひぶせ) 琥春(こはる)

 

 隣の席の一軍ギャル。学校で話したことなんてほとんど無かったのに、なぜだか今朝は俺を下の名前で呼び、笑いかけ、ボディタッチを繰り返し、「私で童貞捨てたくせに陰キャのまんまじゃん」と笑い、「続きをしよう」と誘ってきた。

 

 エントリーNo.3:文芸部後輩・冷水(しみず) 夏希(なつき)

 

 文芸部の後輩、地味で卑屈な文学少女にして、俺だけがその魅力を知る隠れ美少女。今朝は自らの美貌を隠すのをやめ、限りなくチョーシに乗り始め、先輩である俺に対して「私で童貞捨てたくせに部室に来るのが遅い」となじってきた。

 

 エントリーNo.4:生徒会長・木南(きなみ) 秋葉(あきは)

 

 才色兼備・文武両道・実家極太の清楚なお嬢様。非の打ち所のない完璧超人、俺が敬愛してやまない大先輩。俺とフユミ・コハル・シミズとの間にあったアレコレを把握しているらしい。「私で童貞捨てたくせに、ウチに来ないとは何事ですか?」と問うてきた。

 

 美少女四天王は四人とも個性豊か!

 そして四人が四人とも、とびっきり積極的!

 ヒロインと結ばれた(肉体的に)ところから始まる新感覚ドタバタラブコメディ!

 

 俺の日常、一体どうなっちゃうの〜?

 

 どうにもならない。現実は非情である。

 

「詰んだあああああ!! うわああああああ!!!」

 

 俺は絶叫している。今、このあたりは木南先輩の権力によって人払いがなされている。つまり叫び放題なのだ。

 

 俺は絶叫し続ける。しばらくしたら喉が痛くなってきたので、やめた。少し落ち着いてきた。

 

 ……うん。詰んでるな。

 

 将棋で言えば、飛車角落ちどころか、王将一枚で相手の全駒に囲まれている状態だ。

 

 フラつく足取りで洗面台へ向かい、冷たい水で顔を洗う。

 

 鏡には俺の情けない顔が映っていた。

 

 俺は思わず顔を覆った。

 

「……申し訳ねぇ」

 

 本音が漏れた。

 四股だ。状況証拠を並べれば、どう考えても俺は四股をしている。

 

 記憶がない? そんなの言い訳にならない。

 フユミの涙目も、コハルの笑顔も、夏希の自信に満ちた顔も、秋葉先輩の熱っぽい瞳も。全部、俺が原因だ。

 

 みんなの『初めて』を奪っておいて、何も覚えていないなんて。俺は万死に値するクズ野郎だ。切腹か? いや、介錯してくれる友達がいない。陰腹(かげばら)を召して四人に謝りに行くか?

 

 いや……ここで死ぬわけにはいかないか。

 

 せめて、彼女たちに誠意を見せなければ。たとえその先に、“Nice boat.”な結末が待っていたとしても。

 

 俺は立ち上がった。

 覚悟を決めろ、日村トーマ。

 

 まずは、このトイレの外で待っている、最強のラスボスと対峙するんだ。

 

「あら。スッキリなさいました?」

 

 出たところには、菩薩のような――あるいは地獄の閻魔のような微笑みを浮かべた、木南先輩が立っていた。

 

 逃げ場はない。

 彼女は優雅に手招きをした。

 

「では、こちらへ。お茶もお菓子もありますよ」

 

 

◆◆◆

 

 

 案内されたのは、廊下を挟んで向かいにある生徒会室だった。

 

 重厚な革張りのソファ。アンティーク調のテーブル。湯気を立てる紅茶と、名前もわからぬ高級そうな茶菓子。

 

 俺は借りてきた猫のように(この比喩を使うには可愛げのない俺だが)、ソファの端に座った。

 

 対面に座る秋葉先輩は、紅茶を一口飲むと、静かに口を開いた。

 

「それで? 月澄さんにはラブレター、火伏さんとは朝帰り、冷水さんとは部室でしっぽり……ずいぶんと御多忙(ごたぼう)な一週間でしたのね?」

 

 げっほげほ!

 俺は勢いよくむせ返り、危うくお紅茶を吹き出しそうになった。

 

「な、なんでそんな詳細までご存知なんですか!?」

 

「申し上げたでしょう? 私は生徒会長。学内のことなら、浮気者の足取りから泥棒猫の鳴き声まで、全て把握しておりますわ」

 

 先輩はニッコリ笑う。目の奥は笑っていない。

 

 完全にバレている。

 フユミたちはお互いの干渉を知らないようだが、木南先輩だけは俯瞰で見ている。神の視点だ。

 

「せ、先輩……。軽蔑しましたか? 俺のこと」

 

「ふふ、そうですねぇ。落ち着きがないようですから、首輪を()()、つけてあげたいところですけれど」

 

 二つ目はどこに? とは聞けなかった。先輩の目がマジだったから。

 

 俺が項垂(うなだ)れると、先輩は身を乗り出し、俺の手の上に自分の手を重ねた。

 

 温かい。柔らかい。だが、その温もりと柔らかさが逆に怖い。

 

「ですが、私は寛容です。貴方が記憶を失い、混乱していることも理解しております。何も言わずともすべてわかります……なにせ、あんなに愛し合った仲ですもの……」

 

 先輩の指が、俺の手の甲をなぞる。机の下、先輩の長い脚が俺のスラックスにするりと絡められる。

 

 別の意味でドキドキしてきた。

 

「そこで……ひとつ提案です。トーマさん」

 

「て、提案?」

 

「ええ。この複雑怪奇な五角関係……貴方お一人では処理しきれないでしょう。私が交通整理をして差し上げます」

 

 え?

 俺は顔を上げた。

 木南先輩が、協力してくれる?

 

 確かに、彼女の情報網と権力があれば、フユミたちとのバッティングを避け、事態を穏便に収拾できるかもしれない。

 

「ほ、本当ですか!? 助けてくれるんですか!?」

 

「もちろんです。愛する旦那様のためですもの」

 

 旦那様?

 ともかく、地獄に仏とはこのことか。

 俺は感動のあまり、先輩の手を握り返した。

 

「ありがとうございます先輩! 俺、一生ついていきます!」

 

「ええ、ええ。もちろんです。一生、逃がしませんわ」

 

 あれ、今なんか語尾重くなかった?

 木南先輩はスッと立ち上がり、俺の隣に移動してきた。

 

 そして、俺の肩に腕を回し、耳元で囁く。

 その声は、甘く、とろけるように優しく、そして―─深層水のように暗く冷たく、低い声だった。

 

「ただし、条件がございます」

 

「じょ、条件……?」

 

「私は、火遊びには寛容な女です。貴方が他の子らと仲良くされるのも、若気の至りとして目をつぶりましょう」

 

 そ、そんな。

 そんな都合の良いことあっていいんだろうか……?

 

「ですが」

 

 突き刺す声。

 回された腕に、ギチ、と力がこもる。

 

「私が許すのはあくまでも『浮気』です。『本気』になるなら話は別です」

 

 先輩の腕は少しずつ、俺の首に巻きついている。大蛇がゆっくりと獲物を品定めするみたいに。

 

「せ、先輩……」

 

「アキハ、でしょう? 二人きりのときは名前で呼んでください。あの日あの夜、何度も何度もそうしたように」

 

 先輩はテーブルの上の茶菓子――表面にヒビが入ったビスケットを手に取った。

 

「これはジンジャースナップと言います。ショウガの風味の効いた、硬ぁ〜〜いビスケットです。『スナップ』はビスケットを意味します。ところで、ジンジャーにもスナップにも原義と異なる別の意味があるんです。ご存知ですか?」

 

「い、いえ、不勉強で……」

 

 先輩はニコッと笑う。ジンジャースナップとやらを握る左手には青筋が浮いている。ヤバい。何か分からんがとにかくヤバい!

 

「どちらにも『元気』『活力』という意味があります。しかし、スナップにはもっと面白い意味があるのです。ご存知ですか?」

 

 透き通るような声。

 

「い、いえグェ!」

 

 いよいよ首が絞まり、()かれたカエルのような声が出た。

 

 先輩の左手には満身の力がこもり、カタカタ震えている。

 

「『ぽっきり折れる』です」

 

 ――バギッ! 

 

 ジンジャースナップは握りつぶされた。

 無残な欠片は先輩の指ごと俺の口へ押し込まれる。

 

「おいしい? おいしいですかトーマさん。ふふ、名前で呼んでしまいました。いかんせん胸がときめくものですね。おいしいですか? ねえ、トーマさん」

 

「お、おいひいでふ……」

 

「それは重畳。旺盛な男性は素敵です。元気って素敵ですよね。食欲に限った話ではありません。トーマさんは本当に素敵ですよ。ええ、本当に。私が思っていること、きっとわかっておいででしょう?」

 

 何か答えたいが、声も出ない。微動だにできない。心理的にも、物理的にも、逃げようがないほどに絞め上げられている。ものすごい力の持ち主だ。

 

 先輩は俺の首をギチギチに絞めつつ、耳元でささやく。

 

「私に『ぽっきり』させないでくださいね?」

 

 気絶しそうになった。

 

 永遠と思える数秒が過ぎ、急に解放された。

 

「ふふ、冗談ですよ。トーマさん、顔が青いですよ?」

 

 秋葉先輩はハンカチを取り出し、冷や汗まみれの俺の額を優しく拭った。

 

 冗談? 今のが?

 あの握力、あの脅迫、瞳の奥に渦巻く深淵の闇が?

 

「さあ、本鈴が鳴ります。教室へ戻る準備を。放課後また、作戦会議をいたしましょう」

 

 俺は必死にうなずいた。

 

 こんなアホな俺でも、現状を一つ理解できた。

 

 俺はとんでもない悪魔との契約を結んでしまったのだ。

 

 虎の威を借る狐になろうとしたら、その虎の餌食になったパターンだ。

 

 フユミの重い愛。

 コハルの無邪気な誘惑。

 ナツキの哲学的な執着。

 そして、すべてを知り尽くし、笑顔で俺の首輪を握る木南先輩。

 

 記憶喪失の俺に突きつけられた四股の事実。

 そして、その裏で進行する『誰か一人を選べば他の三人が爆発する』というデスゲーム。

 

 どうする、日村トーマ。

 どう生きる、日村トーマ!

 とりあえず、昼休みまで俺の命が持つかどうかが最大の懸案事項だ!

 

 

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