「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第24話 コハルとナツキと事実上の朝チュン

 一切は空である。

 

 賢者タイムでそう悟り、俺は眠りについた。

 

 翌朝。

 五月十五日。

 

 朝焼けが、無慈悲にも俺のまぶたをこじ開けた。

 

 清々しい目覚めとは言い難い。

 

 意識が覚醒すると同時に、脳内に奔流となって押し寄せるのは、ゆうべの不埒な記憶の数々。

 

 昨夜、このスイートルーム仕様の文芸部室で繰り広げられた修羅場。

 

 五月七日に記憶を取り戻してから、一週間が経った。

 

 たった一週間で、四人の女の子とイチャコラしてしまったワケである。

 

 自制を効かせるように頑張ったつもりだったのに。

 

 すでに、三人の女の子とキスしてしまった。

 ぼちぼち色々と言い訳が効かなくなっている。

 

 きょう、この学園のどこかで誰かに刺されたとしても、何らおかしくない。

 

 俺は朝焼けに染まる天井を見つめる。暁紅(ぎょうこう)と言ったか。真っ赤な朝日で満たされた室内は、あたかも俺の血塗られた運命を暗示しているようにすら見えて、背筋が冷え込む。

 

 怖くなってきたので、寝返りを打って目をそらす。すると、二人の美少女が視界に入る。

 

 コハルは、ミノムシのように毛布にくるまって寝ている。すっぴんも相まって、あどけない寝顔だ。

 

 反対側のソファでは、ナツキがカーペットの上で寝ていた。どうやらベッドから転げ落ちたらしい。コイツは本当に寝相が悪い。

 

 俺は音を立てないよう、ゆっくりとベッドから這い出す。

 

 ナツキを抱き上げ、ベッドに戻し、毛布をかけてやる。

 

「んん……」

 

 ナツキはかすかに寝息を漏らした。それはそれは幸せそうな寝顔だ。コイツ、寝てるときだけは素直な顔してるんだよな……。

 

 ん?

 以前、寝顔を見たことがあったんだっけ?

 

 突如、俺の脳内に溢れ出した、()()()()記憶。

 

 一糸まとわぬ姿でカーペットに転がるナツキ。「やりすぎた……」と呟き、ナツキを抱き上げてベッドに戻し、毛布をかける俺。

 

 その情景を思い出した。

 やはり俺はナツキにも手を出していたのだ。

 

 心音のテンポが急加速する。

 

 ……どうしよう。どうすればいい。

 

 悩む俺をよそに、ウグイスが鳴いている。

 ホーホケキョ。ああ、おしゃかさま。こんな俺にも救済の道はあるのでしょうか?

 

 いや、今それを考えても始まらないか。

 

 まず真っ先にすべきことは、生存のための隠蔽工作だ。

 

 バスルームへ直行し、シャワーを浴びる。

 昨夜の失態を洗い流すべく、ボディソープをこれでもかと泡立て、全身を執拗にこすり上げた。耳の裏、首筋、ワキ、そして……コハルに「イカ? エビ?」と指摘されたニオイの元、因縁のあの箇所も。

 

 ここまですれば、フユミやアキハ先輩に会っても大丈夫だろう。

 

 彼女たちの驚異的な嗅覚は、俺の体から漂うわずかな()()()を瞬時に察知する。

 

 そして彼女たちは、恐ろしいほど目ざとい。服についた髪の毛一本だって見逃さない。

 

 アリバイ工作は徹底的にやる必要がある。卑怯で姑息だが、今を乗り切るためには不可欠だ。

 

 俺はシャワーを終え、脱衣所で除湿機の前に干しておいた自分の下着(昨夜、涙ながらに冷水で手洗いしたもの)を確認する。

 

 乾いている。

 だが、これをそのまま穿く勇気は今の俺にはない。

 

「……これ」

 

「おわッ!」

 

 背後から響いた声に驚愕し、反射的に振り向く。

 

 脱衣所のドアがわずかに開き、ナツキの細い手が差し込まれていた。

 

「使ってください」

 

 コンビニの袋に入ったままの、新品のトランクスがあった。

 

「ナツキか……ありがとう。あ〜〜ビックリした」

 

 俺は震える手でトランクスを受け取り、制服に着替えて脱衣室を出た。

 

 コハルとナツキが、ほとんど放心状態でテレビを眺めていた。

 早朝の情報番組が垂れ流す毒にも薬にもならないニュースをぼんやり眺めながら、ホットミルクの入ったマグカップを両手で持ってちびちび啜っている。

 

「……トーマ」

 

 コハルが、視線をこちらに向けずに言った。

 

「昨日のこと、マジで誰にも言っちゃダメだからね。特に、フユちゃんには絶対」

 

 コハルの声は、ひどく落ち着いて、それでいてどこか気恥ずかしそうだった。

 

 昨夜の勢いはどこへやら、ってそれは俺もナツキもおんなじか。

 

「わかってる」

 

「ん」

 

 コハルにちょいちょいと招かれて、俺は歩み寄る。

 

 差し出されたのは、洒落た小瓶。

 

「……これは?」

 

「香水。トーマに合うと思って、ちょっとお高めのやつ買ったの。……フユちゃんも木南会長も、鼻きくでしょ? シャンプーやボディソープの匂いだけだと、逆に『お風呂入りました感』が出て怪しまれるから。これで上書きしといて」

 

 ……コハル、恐ろしい子。

 

 コハルの生存戦略は、俺のような凡夫の想像を遥かに超えていた。

 

「ありがと。大事に使うわ」

 

「ども。でも惜しみなく使って。優しい匂いのやつだから」

 

 俺は言われた通り、手首と首筋に軽くその香水を叩き込んだ。

 

 柑橘系と、香木?かなんかの、清潔感がありつつも洗練された香りがする。

 

 心なしか顔もイケメンになった気がする。錯覚か? 錯覚か。

 

 ふとナツキに目をやる。パジャマ姿のまま、テレビを眺めている。後ろ姿しか見えないが、耳が真っ赤である。窓から差し込む朝日に映える赤さだ。

 

「……おはようございます、先輩」

 

「あ、ああ。おはよう。……昨夜は、その、いろいろ……」

 

「言わないでください。愧死(きし)しかねません」

 

 愧死とはつまり、恥ずか死である。

 

「いっしょに朝食を食べましょう。しかし、絶対に私と目を合わせないでください。愧死しかねませんので」

 

「無茶だろ……」

 

 ともかく、俺たち三人は食卓についた。

 

 ナツキが用意してくれたのは、シンプルな厚切りトーストと、淹れたてのハーブティーだった。

 

 ゴキゲンかつハイソな朝食。

 

 昨夜の牡蠣スッポン鍋の狂乱が、嘘のようだ。

 

 俺と、コハルと、ナツキ。

 三人でテーブルを囲むが、誰も喋らない。時計の秒針とカトラリーが、カチカチ音を立てるのみ。

 

 朝日の中の静寂は、ノスタルジックな邦画みたいだ。

 

 トーストを咀嚼する音すら、この沈黙の中でヤケに響いた。

 

「……美味しいよ、これ」

 

 俺が精一杯に絞り出した賛辞に、ナツキは無言で頷き、コハルは「んね」とだけ返した。

 

 俺たち三人の間に流れるのは、共犯者に特有の重苦しさと、どこか突き抜けたような不思議な連帯感だった。

 

 食後。

 作戦会議は驚くほど効率的に進んだ。

 

「……時間をずらして退出すべきでしょう。まずは、先輩から。……月澄(つきずみ)さんが外で待機している可能性がありますが、彼女に対しては『昨夜の編集作業で大変だった』という体裁を貫いてください」

 

 ナツキが冷徹な声で指示を出す。

 

「了解。……コハルは?」

 

「アタシは十数分後に、裏口から出て非常階段から降りる」

 

「OK。人払いは済んでるか?」

 

「その点は心配ありません。すでに木南さんの手が回っています」

 

 アキハ先輩ほんと万能だな。ほぼドラえもんだ。

 

 そうこうしてるうちに、時間になった。

 

 午前八時。

 俺は、二人を残して部室の扉に手をかけた。

 扉の向こう側には、昨日の夕方には想像もしていなかったような、不透明で、それでいて激しい嵐が待ち構えているに違いない。

 

「……じゃあ、行ってくるわ」

 

「……いってらっしゃい。ご武運を」

 

「いってら。あとでね、トーマ」

 

 二人の声に見送られ、俺は『聖域』の出口を開けた。

 

 廊下に出た瞬間、五月の涼やかな外気が俺を包む。

 しかし、俺はシトラスと白檀の香気に守られている。なんだかんだでコハルとナツキとの仲は良くなった。結果だけ見れば悪くない。そう思わなきゃやってらんない。

 

 自らの心に言い聞かせながら、俺は廊下を突き進んだ。

 

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