「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第25話 トーマの現状整理

 ガラガラ、と引き戸を開ける。

 まだ閑散とした朝の教室は、どこか現実味に欠けている。

 

 俺がゆうべ経験した狂乱とは正反対の、正常な世界だ。

 

 自分の席に鞄を置き、椅子に深く腰を下ろす。

 

 なんとなく手首を鼻に近づけると、コハルが持たせてくれた香水の匂いが、優しく鼻腔を撫ぜた。

 

 ダージリンティーのような清潔感あふれる香り。

 

 ヨシ!

 これでフユミとアキハ先輩の鼻はごまかせる。

 

 俺の日常は首の皮一枚で繋がりそうだ。

 

 だが、安堵するのはまだ早い。

 

 この平和は嵐の前の静けさなのだ。

 

 いま俺が置かれている状況を把握する必要がある。

 

 俺が立っているのは薄氷か、はたまた地雷原か。

 

 一歩踏み違えれば、奈落の底まで真っ逆さまに落ちていく。

 

 俺は机に肘をつき、指先でこめかみを押さえる。

 

 静かに瞑目し、ぐちゃぐちゃになった現状を脳内で並べ直した。

 

 まずは空白の一週間について。

 正直、自分でも何が何やら分からない。

 

 四月三十日から五月七日の朝までの記憶が、まるまる失われている。

 

 美少女四天王の反応と、おぼろげに浮かび上がる記憶の断片から推測するに、俺はとんでもないプレイボーイとして立ち回っていたらしい。

 

 学園美少女四天王の全員に手を出してしまったのだから。

 

 一、月澄(つきずみ)・フユミ・エインズワース。

 

 俺の幼なじみ。家が隣どうし。俺の家の合鍵を持っている。中学に入ってからは疎遠だったが、空白の一週間で一線を越えたらしい。「私で童貞捨てたくせに、覚えてないなんて言わせないから!」と言っていた。以降は朝昼晩と食事を作ってくれる。聖人君子。才色兼備でスポーツ万能、特進クラスの優等生。

 

 俺の署名欄を除く全ての欄を埋めた婚姻届を持っている。俺の母公認。

 

 五月九日の土曜日、俺とキスをした。

 

 二、火伏(ひぶせ) 琥春(こはる)

 

 同クラの一軍ギャル。俺の隣の席。接点らしい接点は、ほとんど無かったはずだが、空白の一週間で一線を越えたらしい。「私で童貞捨てたくせに、陰キャのまんまじゃん」と笑っていた。お菓子やサプリをくれたり、マッサージをしてくれたり、何かと世話を焼いてくれる。優しい。歌とダンスが得意で、美容とファッションに詳しい。SNSで人気を博するインフルエンサー。

 

 五月十四日の木曜日、文芸部室で俺とキスをした。

 

 

 三、冷水(しみず) 夏希(なつき)

 

 後輩。文芸部にはナツキと俺しかいないので、俺からすれば唯一の後輩。毎日、放課後に部室で会い、他愛ない話をしたり、ボドゲや据え置きゲーム機で遊んだりしていた。以前はモサモサと黒髪を伸ばし、前髪と瓶底メガネで顔を隠していたが、今は違う。つやつやショートボブとコンタクトレンズにより、完全に垢抜けた。「私で童貞捨てたくせに、来るのが遅いですよ」とイキっていた。

 

 大人気の覆面作家で、一生暮らせるだけの資産がある。そのため授業にも出ておらず、文芸部室を魔改造して暮らしている。

 

 五月十四日の木曜日、文芸部室で俺とキスをした。

 

 

 四、木南(きなみ) 秋葉(あきは)

 

 三年生の先輩。生徒会長。大財閥である木南ホールディングス総帥の愛娘。学校一の権力者。眉目秀麗にして文武両道、万能の完璧超人。体育はいつも見学しているらしいが、身体能力も異常に高い。リンゴくらいなら素手で潰せるはずだ。「私で童貞捨てたくせに、ウチに来ないとは何事ですか?」と凄んでいた。

 

 唯一、俺の四股について知っている。

 

「四天王の仲を取り持ち、公認の四股へ持っていこう」

 

 アキハ先輩は、そう提案してくれた。

 頼れる人だが、とにかくイタズラ好きのサディストなので、うかつな対応は禁物である。

 

 この四人に囲まれて綱渡りせねばならない。

 

「うん、詰んでるな」

 

 俺の頬を、一筋の涙が伝った。

 一週間も生き残れただけで奇跡だ。Nice boat.に限りなく近づきながら、ギリギリで神回避している。しかしそれがいつまで続くものか。

 

 この状況を支えているのは、あまりにも危うい情報の非対称性だ。

 

 俺は空白の一週間のことを、ほとんど覚えていない。

 

 だが、それをフユミたちに言えば、「抱くだけ抱いて、翌朝には忘れたクズ」として社会的にも物理的にも抹殺されかねない。どうにかして丸く収める必要がある。

 

 続いて、美少女四天王同士の情報格差。 

 

 フユミは……

 「自分だけが一線を越えているが、他の子もトーマを狙っている」くらいの認識だろう。

 

 コハルは多分、もう少し深く把握している。

 「自分だけが一線を越えているが、他の面子もキスくらいまでは行ってる」と読んでいそうだ。

 

 ナツキは色恋に疎いが、コハルの入れ知恵がある。コハルと同様の認識と見て良いはずだ。

 

 アキハ先輩は全てを知っている。

 俺が自分の手ではどうにもできなくなったら、アキハ先輩を頼るしかない。

 

 そして、文化祭。

 

 俺と美少女四天王による文化祭実行委員が結成された。

 

 現在、俺たちは文化祭に向けて学園紹介プロモーションビデオを制作中だ。

 

 ……というのは建前で、実態はアキハ先輩によるハーレム計画の下ごしらえだ。

 

 俺が四天王の全員と均等に関わり、抜け駆けを牽制し合うためのものである。

 

 しかし、すでに事はエスカレートしている。

 フユミの暴走と誘惑、ナツキとコハルの共闘、お泊りデート……次はアキハ先輩が派手に動く気がする。もうね、恐ろしい予感だけ鋭くなってきてるんですわ。

 

「……あー、笑えねぇ」

 

 指先で自分のコメカミをトントン叩く。

 

 整理すればするほど、詰みっぷりが浮き彫りになる。

 

 だが、投了はできない。

 そのときは俺が死ぬときだ。

 

 決意を固め直したそのとき。

 

 ガラリと引き戸が開いた。

 

「おっはよー! 今日マジで暑くない? 溶けるんだけどー」

 

 やってきたのは、コハルだった。

 

 

 

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