「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第26話 コハルとフユミとランチタイム

 

 始業五分前。

 おおかたのクラスメイトが揃い、教室が騒がしくなってきた頃。

 

 ガラリと引き戸が開いた。

 

「おはよー! 今日マジで暑くない? 溶けるんだけど〜」

 

 やってきたのは、コハルだった。

 つい半日前、文芸部室で「言うこと聞いてもらうからね」と俺の首筋に爪を立てていた姿はどこにもない。

 

 完璧なメイク、完璧なヘアセット、完璧に着崩した制服(形容矛盾)。

 

 コハルは取り巻きの一軍女子の皆さんに囲まれると、いつものギャルの顔で笑い、談笑の輪に加わった。

 

「コハル、今日ちょっと遅くない? なんかあった?」

 

「んー? 昨日の夜に、動画の編集がノっちゃってさー。寝不足かも」

 

 コハルはチラリとも俺の方を見ない。

 その徹底したプロ意識に、俺は改めて彼女の恐ろしさを思い知った。

 

 午前中の授業は、驚くほど平和に過ぎていった。

 板書をするチョークの音。ページをめくる音。

 

 隣のコハルも、特にちょっかいをかけてこない。

 

 もしかして、ゆうべのことは夢だったんじゃないか……。

 

 しかし、手首から漂うほのかな香水の匂いが、「夢じゃないぞ」と訴えかける。

 

 そんなこんなで、昼休み。

 

 引き戸が音を立てずに開く。

 教室の入り口で揺れる、金髪のツインテール。

 

「……お待たせ、トーマ」

 

 フユミである。初夏の日差しを背負った、凛然たる立ち姿である。

 いつものように、完璧な優等生の微笑みを顔に貼り付けている。

 

「あ、フユミ。……ああ、お疲れ」

 

「お邪魔したかしら? 連絡もなく、わざわざ教室まで来ちゃったから」

 

 歩み寄りながら言う。

 たたずまいも歩き方も話し方も、淑女然としている。

 

 フユミは外面がいい。周囲に対して、親しみやすい完璧超人としてのロールを演じている。悪く言えば猫を被っている。

 

 他人がいる場でのあいつは、絶対に「私で童貞捨てたくせに」なんて口走らない。

 

 まさに聖女。

 

 たおやかに微笑むフユミに、俺は肩をすくめて返す。

 

「とんでもない、ちょうど話したいと思ってたんだ」

 

 フユミが他の子をどう思ってるのか、それとなく探っておきたかったし。

 

「んなっ」

 

 フユミは青い目を丸くして、口元を手の甲で覆う。

 ああ、しまった。なんかチャラい言い方になってしまった!

 

「あ、アンタねぇ……。みんながいるところではやめなさいよね、そういうの……」

 

 フユミはもにょもにょ呟きながら、重箱を差し出す。

 

「ほら! お弁当、一緒に食べましょ」

 

「お、フユちゃん!」

 

 そこへ、コハルが当然のような顔で加わった。

 

「いっしょに食べよーよ。アタシも混ざっていーい?」

 

「……かまわないわ。火伏(ひぶせ)さんとは話してみたかったし」

 

「コハルでいーよー。じゃ、行こっか」

 

「ええ」

 

 なんか話がまとまった。

 俺は浮ついた足取りで、二人の背中を追いかけた。

 

 食堂のテーブルを三人で囲んでいる。

 周囲の喧騒が、この一角だけポッカリと空洞になっているように感じた。

 

 人が寄り付かない。

 美少女四天王とはそういう存在なのである。意識的に威圧せずとも、他者を退ける力がある。肩身が狭い。ひそひそ声が聞こえてくる。

 

「見ろよ、火伏さんと特進の月澄さんが絡んでる」

 

「すげぇ……眩しすぎる。太陽と月のランデブーだ」

 

「これもう天体ショーだろ……」

 

「なんか異物いない? 何あの男子」

 

「月澄さんの幼なじみらしいよ」

 

「マジか。前世でどんだけ徳積んだんだよアイツ」

 

 それは俺が聞きたい。

 

 特進クラスの月澄フユミと、一軍ギャルの火伏琥春。普通なら交わらないはずの二人が、文化祭PV制作という公務のおかげで交わっている。

 

 ナツキとアキハ先輩は、作家と生徒会長としての打ち合わせがあるため、揃って欠席だという。

 

 ……ある意味、今の俺にとっては幸運かもしれない。

 

「ほら、トーマ」

 

 フユミが俺へ重箱を差し出す。

 

「アタシのも!」

 

 コハルも同様に、かわいいピンクの弁当箱を渡してくれた。

 

「そしたら俺も」

 

 俺はカバンの中から、二つの弁当箱を取り出した。

 

「トーマ、それは?」

 

 フユミが不思議そうに小首を傾げる。

 

「ほら、前に約束しただろ。『たまには俺が作る』って。ちょっと仕込んでおいたんだ」

 

「え……?」

 

 フユミの動きがピタリと止まった。

 完璧な優等生の仮面が剥がれ、幼なじみの女の子の表情になっていた。

 

 いつか誕生日のサプライズをしたときも、こんな顔してたっけ。

 

「……覚えてて、くれたの?」

 

 ぽつりと、震え声が漏れる。

 

「忘れるわけないじゃん」

 

 フユミは、弁当箱のフタを恐る恐る開けた。

 

 中身は、昨日の残りの唐揚げと、甘めの卵焼き、それに彩りのブロッコリー。男の料理らしく茶色比率が高めだが、味には自信がある。

 

「わぁ……」

 

 フユミは頬を上気させ、俺の作った弁当箱を、まるで宝石箱か何かのように両手で受け取った。

 

「ありがとう、トーマ……。すごく、嬉しい」

 

 輝く碧眼に見つめられた俺は、いたたまれず頬をかく。 

 

 ……フユミ、ホントに可愛いんだよな。

 

「で、こっちはコハルの分」

 

 もうひとつの弁当箱を差し出す。

 

「え?」

 

 コハルは目を丸くした。

 自分が渡されるとは思っていなかったのか、きょとんとした顔で弁当箱を見下ろしている。

 

「これ、トーマの分じゃないの? 嬉しいけどさぁ、とっさに渡されてもフクザツなんですけど〜」

 

 コハルは唇を尖らせ、少し不満げにジト目を向けてくる。気を使わせたと思ったのだろうか。律儀なんだよな、このギャル。

 

「まさか。それは最初からコハルのために作ったんだよ」

 

「ほんとにぃ〜?」

 

「ほんとほんと。開けてみ?」

 

 コハルは半信半疑のまま、包みを解いて蓋を開けた。

 そこには、我ながら良い塩梅に焼き上げた鮭の切り身が鎮座していた。

 

「フユミのは唐揚げだけど、そっちは焼き鮭にしてある。好きだろ、シャケ」

 

「……うそ。なんで知ってんの?」

 

 コハルはキョトンとしている。

 

「100個の質問の動画で言ってたじゃん。『一番好きな朝ゴハンは焼き鮭』って」

 

「うそっ!? それ、ちょー初期の雑談動画じゃん。再生数だってゼンゼン回ってないやつ……なんで見てんの?」

 

 コハルの顔がわずかに赤くなる。

 過去の、まだ垢抜けていない頃の自分を見られた恥ずかしさがあるのだろうか。最初っから可愛いのに。

 

「いやぁ、コハルと一緒にカメラマンやるようになってから、プロ意識すごいなぁって思ったからさ。だから、勉強のために動画を見てたんだよ。……ま、単純に面白いから、四六時中だらだら垂れ流しちゃってるんだけどね」

 

 たはは、と頭に手をやって見せる。ちょっとキモかったかもしれんから、笑ってごまかす。

 

「……………………ふぅ〜〜〜ん」

 

 コハルは口元を手で隠し、そっぽを向いた。

 

「ふーん。あっそ、へー、ふーん。別にね。ふーん」

 

 照れ隠しだが、隠しきれていない。

 小さな手の隙間から見える口角が、だらしなく吊り上がっている。

 

 テーブルの下で、コハルのつまさきがツンツンと俺の足を小突いてきた。甘えるようなリズムである。コイツさてはかなり萌え萌えだな?

 

「………………………ありがと」

 

 ぽそっと呟き、ニマニマしながら鮭を見つめるコハル。

 

 その様子を見て、隣のフユミが「むむ」と頬を膨らませていることには、しばらく気が付かなかった。

 

 

 

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