「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
アキハ先輩を自宅に招いたことが、コハルとナツキにバレた。
コハルとナツキとのお泊りデートについて、フユミにバレてしまった。
四天王は大揉めである。
「あ゙?」
ドスの利いた声で凄むフユミ。
「は?」
底冷えするような声で応じるナツキ。
「んん?」
片眉を跳ね上げるコハル。
「ふふっふ、たのし〜〜」
愉悦でノリノリ、紅茶を飲む手が止まらないアキハ先輩。
バトル漫画の敵幹部集合回みたいな空気だ。
限りなくゲームオーバーに近い現状である。
一触即発、ってかもうほぼ爆発四散している。
このままだと誰かが俺との肉体関係を暴露しかねない!
そうなったら俺は殺される!!
第三会議室は血の海と化す!!!
俺が十七年間の半生を走馬灯として振り返り始めた、そのとき。
「皆さんに提案があります」
アキハ先輩の鈴を転がすような声が、混沌とした場に割り込んだ。
決して大きな声ではない。けれど、その一言には不思議と場を鎮める力があった。
「議論が白熱しているところ恐縮ですが、勉強会の場所については、すでに私が用意してあります」
「……
フユミが眉をひそめる。
「ええ。学校でもなければ、日村さんのご自宅でもありません」
アキハ先輩はゆったりと立ち上がり、窓の外の街並みに視線をやった。
「環境を変えてみてはいかがでしょう? 今の皆さんには、雑念を払い、学業と創作、そして相互理解に没頭できる場所が必要かと思いますので」
「へ? 場所って……どっか借りるんです?」
コハルが不思議そうに首を傾げる。
「ええ、もっと都合の良い場所ですよ」
アキハ先輩は、悪戯っぽく口の端をふわりと緩めた。
「近場にうちの別荘が一棟、空いておりますの。そちらを使うのはいかがかしら」
「「「はい?」」」
俺、フユミ、コハルの声が重なった。
ナツキだけは「ほう」と興味深そうに目を輝かせている。
「べ、別荘って……」
「ウチの者が定期的に清掃していますから、生活に不便はありませんよ。各部屋にWi−Fiも完備していますし、キッチンもお風呂も広々としています」
アキハ先輩は事もなげに言うと、俺たち全員を温かい目で見回した。
「そこでしばらくの間、五人で寝食を共にして『勉強合宿』を行いましょう」
その言葉の意味を理解するのに、数秒のラグが必要だった。
合宿。
五人で。
寝食を共に。
俺と美少女四天王とで、一つの屋根の下で暮らすということだ。
それなんてエロゲ?
ってかもうほぼ抜きゲーでしょ。
「ちょ、ちょっと待ってください会長! それはさすがに……!」
俺が抗議しようと身を乗り出すと、アキハ先輩は寂しげな表情を作った。
「あら、日村さんはイヤですか?」
「イヤなわけないじゃないですか」
「なら良かったです!」
にっこり微笑むアキハ先輩。この人ずっとズルいよ!
「これはPV制作の遅延を防ぐために必要なことです。そして何より、私は皆さんと親睦を深めたいのです」
きらきら輝く瞳。純真可憐な無敵のスマイル。
「「「「くっ……」」」」
俺、フユミ、コハル、ナツキの声が重なった。
四人が四人、それぞれに断れない理由を抱えている。
少なくとも今この場では誰も、アキハ先輩に逆らえない。
アキハ先輩は、パン、と手を合わせる。
「それに、皆さんならきっと、素晴らしい成果を出してくださると信じています。……ご協力、いただけますよね?」
命令ではない。
強制でもない。
けれども「NO」とは言わせない。
まるで真綿を首に引っ掛けて引っ張り込むような、権力者の振る舞い。
夜空のように澄んだ黒瞳の奥には『これならもっと面白くなるでしょう?』という、底知れない光が見えた気がした。
「ちょうど今日は金曜日ですから、明朝の土曜の朝からにしましょうか? 私としては、いつでも良いのですけれど」
俺たち四人は顔を見合わせる。
俺とコハルとナツキは、昨夜に文芸部室に泊まったので、今夜からいきなり宿泊ということになっても問題ない。
が、俺からそれを言う勇気はない。
そんなこと言ったらフユミに喧嘩を売るも同然だからだ。
「アタシたちは昨夜《ゆうべ》文芸部室に泊まったから今夜からでもダイジョーブですよ?」
コハルが言った。ギャルは命知らずだ。
「同じく」
ナツキも乗っかった。オタクも命知らずである。
「……………………」
フユミは何も言い返さない。
ただ、明らかに気配が変わった。見ることすら恐ろしい。負のオーラなんてチャチなモンじゃない。空間が音を立てて軋んでいる気すらする。怖い。助けて!! 狂う!! 胃痛と冷や汗が止まらん!!!
「……準備します。少し、時間をください」
フユミは、絞り出すようにそう言った。
ダイナマイトの表面からニトログリセリンが染み出したような、一触即発の声色だった。
「ええ、お待ちしております」
アキハ先輩が了承すると、席を立つ音がして、その後には扉の開閉音が響いた。
フユミは荷物を取りに行ったようだった。
第三会議室を静寂が支配する。コハルもナツキもアキハ先輩も、誰も何も言わない。
「日村さん」
出し抜けに俺を呼んだアキハ先輩に、
「ハイッ!!!!!!」
俺は食い気味に、野球部一年顔負けの勢いで応えた。
「胃薬、飲まれます?」
アキハ先輩は、どこからか取り出したパッケージを軽く振り、シャカシャカと音を立てた。
「い、いただきます……」
俺は頭を下げ、アキハ先輩の席まで取りに行く。しなやかな指先からパッケージを受け取る。
ふと目を合わせる。アキハ先輩の瞳は、夢見る童女のように、満天の星空のように、きらきらと輝いていた。
四天王で一番ヤバいのってこの人だな……。
俺は一つの確信を得たのだった。