「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
「見えてきましたね」
アキハ先輩の声を受け、俺たち四人は窓の外へ視線を移す。
よく手入れされた雑木林と、その奥にそびえる洋風の建築物。
場所は隣街の外れ、山の中腹あたりだ。
眼下には、美しい夜景が広がっている。
運転手のタカさんがゆっくりとブレーキを踏み、リムジンは徐々に減速し、停車した。
「到着です。皆様、お手回り品をご確認くださ〜い」
アキハ先輩は楽しげな声で言った。この人、バスガイドの制服を着たまんまだが、良いのだろうか。
「タカ、レッドカッペートを」
「ございません」
「からの〜?」
タカさんはアキハ先輩を無視して降車し、俺たちをエスコートして降ろしてくれた。気分はまるで上流階級だ。
初夏の夜気は少しひんやりとしている。
目の前にあるのは、ログハウス風の木造建築だった。
城とまでは言わないが、個人の別荘と言うには大きすぎる。林間学校で使う宿泊施設のような規模感だ。
「で、デッカ〜〜……」
コハルがぽかんと口を開けて見上げている。
「……ペンションを貸し切っているかのようですね」
ナツキも感嘆の声を漏らす。
アキハ先輩は、そんな俺たちの反応を見て、少し困ったように眉を下げた。
「あの、皆さん。あまり期待しないでくださいね? 本宅に比べれば手狭ですし、設備も最低限で……」
「「十分デカいですよ」」
俺とコハルのツッコミが重なった。
嫌味で言っているわけではないのが分かるだけに、住む世界の断絶を感じる。これがガチお嬢様の
荷物をすべて降ろし終えると、運転席のタカさんが俺たちの前に立った。
「ではお嬢様、皆様。私はこれにて失礼いたします」
うやうやしく一礼するタカさん。
これからこの場所で、俺たち5人だけで過ごすことになる。
色々と不安!
「あの、タカさん。本当に高校生だけで大丈夫なんですかね? こう、色々と……」
俺が遠慮がちに尋ねると、タカさんはツルなしメガネの奥から俺を見据え、淡々と言った。
「問題ありません。どうとでもなります」
「どうとでも……?」
「では」
タカさんは運転席に乗り込むと、エンジンを始動させた。
ブォン! と猛獣の咆哮のような音が響く。
直後。
キキキキキッ!!!!
リムジンが轟音を上げ、その場で凄まじい白煙を上げた。
十メートルはある車体が、コマのように回転する。超絶技巧のアクセルターンだ。
「うおっ!?」
俺たちがのけぞる目の前で、リムジンは猛スピードで林道を下りていく。
赤いテールランプは、瞬く間に木々の彼方へと消えていった。
「…………」
残された俺たち五人。
森の静寂が戻ってくる。
「……行っちゃったな」
俺は呆然と呟いてから、振り返り、ギョッとする。
美少女四天王たちが、無言で俺を見つめている。八つの瞳それぞれが、心なしかギラついているように感じる。
これから彼女たちの誘惑に屈さぬよう、必死に己を保たねばならない。
俺は決意を新たに固めたのだった。
◆
「さあ、中へどうぞ」
アキハ先輩が玄関の鍵を開け、俺たちを招き入れた。
エントランスホールは吹き抜けになっており、木の香りがふわりと漂う。
「すっげー……! めっちゃキレイですね! 映え〜! マジ映えですぅ〜!」
コハルは目を輝かせ、スマホを取り出してパシャパシャと写真を撮り始めた。
ナツキも「ほう、書棚のラインナップが気になりますね」と興味津々だ。
「ねえアキハ先輩! ここWi-Fi飛んでますか?」
コハルが尋ねる。なんとも現代っ子らしいライフラインの確認だ。
「ええ、飛んでいますよ。館内全域、爆速の回線が」
「やったー! パスワード教えてください!」
「はい、こちらです」
アキハ先輩はニッコリと微笑み、一枚の紙を差し出した。
そこには──数式が書かれていた。
『(x^2 - 2x - 4)^2 + (x^2 - 2x - 4) - 6 = 0 の実数解の総和をパスワードとする(半角数字)』
「…………はい?」
コハルの思考が停止した。
「前年度の一学期、中間テスト数学の第三問です。これを解かないと、Wi-Fiには繋がりません」
「お、おぉぉ……」
腰砕けになるコハル。
腰砕けになるギャル、エッチ文脈以外で初めて見た。
「ちなみに、間違えるとルーターのロック機能が作動して、一時間は再入力できなくなりますから。慎重に計算してくださいね?」
アキハ先輩、楽しそうだ。ものすごく楽しそうだ。
「やれやれ……難儀なことね」
フユミが肩をすくめ、手帳を取り出して計算を始めている。文句を言いながらも手は動かす、さすが特進クラスだ。
「わ、私は一年生ですから、できなくても当然ですよね?」
ナツキはあからさまに動揺している。
そう言えばコイツもインターネット中毒のオタクだった。
「ご心配なく。問題は数Ⅰのものです。
「お、おぉぉ……」
腰砕けになるナツキ。
これで被害者の会は、俺を含めて三人になった。
かくいう俺も、Wi-Fiに繋げないのはキツい。
「さて、お夜食の準備もしておきましょうか」
アキハ先輩はパチッと手を叩き、話題を切り替えた。
「タカは帰らせましたから、家事は私たちで行います。食材はリムジンから降ろしたものを冷蔵庫に詰めてありますので」
もちろんアレルギー等々には配慮しております、とアキハ先輩。いつ確かめたのか気になったが、聞くのが怖い。みんなも怖かったらしく、誰も聞かなかった。
「というわけで、今夜の料理当番を決めましょう。公平に、あみだくじで」
アキハ先輩が取り出したタブレットには、すでに五本の線が引かれたあみだくじアプリが表示されていた。
「ペアで調理を担当します。当たりは二つ。さあ、指でなぞってください」
俺たちは言われるがままに、画面上の線を選択した。
結果――。
当たり①:
当たり②:
「おや」
アキハ先輩が目を丸くした。
「私と日村さんですね。ふふ、光栄です」
「よ、よろしくお願いします」
俺はペコリと頭を下げた。
正直、アキハ先輩が料理をするイメージが全く湧かない。
卵を割ろうとして握りつぶすとか、そういうお嬢様ムーブをかましてくるんじゃないだろうか。
「あら、日村さん。私の腕前を疑っていますね?」
「えっ、いやそんな滅相もない」
「ふふふ。見ていてください。こう見えて私、家庭科の成績も『5』ですから」
アキハ先輩は自信満々に微笑むと、袖をまくり上げた。しなやかな白い腕が露わになる。やる気がみなぎっているようだ。
「残りの御三方は、その間にWi-Fiのパスワードを解読しておいてくださいね。月澄さんはすぐに解けるでしょうが、カンニングは禁物ですよ」
「もちろん」
フユミは軽くうなずいた。
「う、が、頑張ります……」
コハルがげっそりした顔でうめいた。
「是非もなし、ですね……」
ナツキが死にそうな顔で呟いた。
こうして、波乱に満ちた合宿の夜が始まった。