「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第3話 アキハ先輩と俺の、ほっこりクッキング

 

「ではトーマさん、玉ねぎのみじん切りをお願いできますか?」

 

「ハイッ!!!」

 

 広々としたアイランドキッチン。

 俺とアキハ先輩は、並んで調理台に向かっていた。

 

 メニューは、高原野菜と厚切りベーコンのクリームシチュー。

 

 冷蔵庫に入っていた食材は、フォアグラやキャビアといった類のものではなく、新鮮な野菜や上質な肉、そして地元の牧場で作られた牛乳やバターだった。

 

 金に糸目をつけないというよりは、本当に美味しいものを知っている人の選び方って感じだ。

 

 俺が包丁を握ると、アキハ先輩は鍋にバターを落とし、点火した。

 

「火加減、弱火で安定させます。野菜の投入準備は?」

 

「あと十秒で終わります」

 

 俺はリズミカルに包丁を動かす。

 トントントントン、と軽快な音が響く。

 

「はい、どうぞ」

 

「完璧なタイミングです」

 

 アキハ先輩は俺からボウルを受け取ると、滑らかな動作で鍋へ投入した。

 

 ジュゥウウ……と、バターの上で野菜が音を立てた。

 

 驚いた。

 アキハ先輩の手際は、予想を遥かに超えていた。

 

 無駄がない。

 調味料を取る指先、鍋を煽る手首のスナップ、洗い物を片付けるタイミング。すべてが計算され尽くしたかのようにスムーズだ。

 

 凄い。

 俺も家事は一通りこなすし、料理も、まあ、フユミほどではないにしても、人並みにできる。

 

 だからこそ分かる。

 彼女のスキルは、付け焼き刃ではない。

 

「意外そうな顔をしていますね」

 

 木べらで鍋を回しながら、アキハ先輩がくすりと笑った。

 

「え、あ、はい。正直、もっとこう……使用人に任せるタイプかと」

 

「料理は化学であり、工程管理(マネジメント)ですから。効率的に最高の結果を出すプロセスを組み立てるのは、好きなんですよ」

 

 なるほど、アキハ先輩らしい。

 俺たちは言葉を交わさずとも、自然と役割分担ができていた。俺が食材を切り、先輩が火を通す。俺が洗い物をし、先輩が味を調える。

 

 まるで長年連れ添った夫婦のような――いや、それは過言か。

 

「ふふ、トーマさんとはリズムが合いますね。やりやすいです」

 

「そ、そうですか? 光栄です」

 

 アキハ先輩の言葉に、少しだけ胸が弾むのを感じながら、俺はふとリビングの方へ視線を向けた。

 

 そこでは、Wi-Fiパスワードのために悪戦苦闘、三人の少女の姿があった。

 

「この (x^2 - 2x - 4) の部分が共通してるでしょ? ここを A と置くのよ。大文字のA!」

 

 フユミが鬼教官をやっている。

 

「えぇ〜? A って誰ぇ〜? 急に知らない人連れてこないでよぉ〜」

 

 コハルがシャーペンを右手でもてあそびながら情けない声を上げている。

 

「大文字のAって、ラカンですか?」

 

「ラカンってなによ!」

 

「人です」

 

「誰よ!」

 

「他者です」

 

「そりゃそうでしょうよ!!」

 

 コントみたいになってる。フユミは頭を抱えている。

 

「ねぇナツキちゃん、分かった?」

 

「皆目見当もつきません。ですが、コハルさんの計算ミスは指摘できます。ここで符号が逆になっていますよ」

 

「マジ!? うわホントだ、ナツキちゃんサンキュ〜!」

 

「礼には及びません。我々は同じ地獄を歩む囚人同士ですから」

 

 ギャルと文学少女。

 普段なら交わらないはずの二人が、数学という共通の敵を前に、奇妙な連帯感を見せている。

 

 そして、そんな二人を見捨てずに教えているフユミ。

 

 なんだかんだ言いつつ、フユミは面倒見が良いし、コハルは素直だ。ナツキだって協力している。

 

 ……いい子たち、なんだよな

 

 学校では「四天王」なんて崇められたり、恐れられたりしているけれど。

 

 こうして見れば、みんな普通の、等身大の高校生だ。個性は強いし、クセもすごいけど、根っこは真っ直ぐで優しい。

 

 そんな彼女たちと、こうして同じ時間を過ごせているのは、幸せなことだ。

 

 俺がそんな感慨にふけっていると、

 

「ふふふ」

 

 隣でシチューをかき混ぜていたアキハ先輩が、楽しげに笑った。

 

「どうしたんですか?」

 

「いえ。皆さんを見守っているトーマさんの表情が、父親みたいだなと思いまして」

 

「なっ……!?」

 

 俺は思わず吹き出しそうになった。

 

「父親って……俺まだ十七ですよ!?」

 

「ふふふ。皆さんが仲良さそうで、安心したのでしょう。優しいですね、トーマさんは」

 

 アキハ先輩は、悪戯っぽく、けれど慈愛に満ちた瞳で俺を見上げた。

 

「……ま、四天王とか言われてますけど、みんないい子ですから。もちろん、アキハ先輩も」

 

 俺が照れ隠しに言うと、先輩は「あら、嬉しい」と笑みをこぼした。

 

「味見、してみますか?」

 

 アキハ先輩が、お玉にすくったシチューを差し出してきた。

 

 ふー、ふー、と息を吹きかけ、湯気を散らす。

 

「はい、あーん」

 

「えっ」

 

 俺は固まった。

 リビングには三人がいる。見られたら修羅場である。

 

 だが、アキハ先輩の笑顔は『有無は言わせぬ』と物語っている。

 

 俺は覚悟を決め、パクっと一口食べた。

 濃厚なミルクのコクと、野菜の甘み。そしてベーコンの旨味が口いっぱいに広がる。

 

「……美味い」

 

「ふふ、良かったです。では、そろそろ仕上げてしまいましょうか」

 

 アキハ先輩は満足げに微笑み、鍋を火から下ろした。

 リビングからは、「解けたー!!」「やっとWi-Fi繋がったぁぁぁ!!」という歓声が上がっていた。

 

 どうやら、こちらの準備も整ったようだ。

 

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