「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
食卓には、湯気を立てるクリームシチューと、彩り豊かなサラダ、そして焼きたてのバゲットが並んでいた。
俺たちは広大なダイニングテーブルに着席した。
座席の配置は、自然な流れ――いや、見えざる“力”によって決定された。
俺の右隣には、今夜の料理のパートナーであるアキハ先輩。左隣には、幼なじみのフユミ。
両手に花。
あるいは、両脇を固められた捕虜。
そしてテーブルを挟んで対面には、コハルとナツキが並んで座った。
そんな高揚感と緊張感の狭間で、俺たちは「いただきます」と手を合わせた。
「ん〜〜っ! ヤバ! これめっちゃウマいんですけど!」
一口食べたコハルが、目を輝かせて身を乗り出した。
「本当ですね。濃厚でありながら後味は軽やか。野菜の甘みが存分に引き出されています」
ナツキもスプーンを止めることなく、感心したように頷いている。
好評だ。俺はホッと胸を撫で下ろした。
アキハ先輩は、自分のことのように嬉しそうに微笑んでいる。
「ふふ、お口に合って何よりです。ですが、美味しいのは当然ですよ。具材の下ごしらえ……特に、野菜のカットが良かったんです」
アキハ先輩が、隣にいる俺の方へ手のひらを差し向けた。
「均一なサイズ感と隠し包丁。トーマさんの手際のおかげです」
「い、いやいや、味付けしたのは先輩じゃないですか」
「素材を活かすも殺すも下準備次第です。ねえ、月澄《つきずみ》さん?」
話を振られたフユミは、無言でスプーンを口に運んでいた。咀嚼し、飲み込み、そして小さく息を吐く。
「……ん。おいしい」
フユミは悔しさを隠すように、ボソリと言った。
「火加減も完璧ね。野菜が煮崩れしてないのに、中までトロトロだわ。……さすがね」
「あら、トーマさんのカットも褒めてあげてくださいな」
「トーマは昔から料理上手なんですよ」
フユミはツンとそっぽを向きながら、バゲットをシチューに浸した。
言葉こそ素っ気ないが、食べるペースは早い。どうやら味には満足してくれているらしい。
俺はホロッと崩れる豚肉を噛み締めながら、この奇妙ながらも温かい食卓の空気を噛み締めた。
◆
夕食を終え、片付けを済ませた俺たちは、リビングで勉強会を再開した。
結論から言えば、勉強は驚くほどスムーズに進んだ。
「なるほど、この公式はパズルのピースを当てはめる感覚でいけばいいわけね〜」
コハルはギャル特有の勘の良さを発揮し、感覚的に数学の解法を吸収していく。
「ふむ。記号論理と思えば、文章題も案外たやすく解けますね」
ナツキは持ち前の論理的思考でスラスラ解いていく。
そしてフユミは、そんな二人からの質問に的確に答えつつ、自身の課題も難なくこなしている。
アキハ先輩に至っては、すでに自分の範囲を終え、紅茶を飲みながら優雅に読書を始めていた。
俺も負けじとペンを走らせる。
さすがは各分野で「四天王」と呼ばれる面々だ。やる気スイッチさえ入れば、そのスペックは桁違いだった。
Wi-Fiパスワードという報酬が効いたのかもしれないが、これなら赤点回避どころか、高得点も狙えるかもしれない。
時計の針が午後8時を回った頃。
「ふぁ〜……。アタシもう限界、キャパオーバー……」
コハルが机に突っ伏した。
キリの良いタイミングだ。アキハ先輩が本を閉じた。
「では、今夜はこの辺にしておきましょうか。お風呂にしましょう」
「お風呂! 入ります!」
コハルがガバッと起き上がった。ギャルは美容に人一倍の関心を持っている。
「お風呂の場所ですが」
アキハ先輩は何でもないことのように説明を始めた。
「一階の奥に総檜《そうひのき》の大浴場がございます。それとは別に、皆様の各個室にもバス・トイレ別の浴室を備え付けてありますので、お好きなところをお使いください」
シーン……。
リビングに静寂が落ちた。
大浴場?
それに加えて、各部屋に個別の風呂?
ビジネスホテルどころか、旅館レベルの設備投資だ。
俺たちは、無言で目配せし合った。
ツッコんだら負けだ。アキハ先輩の金銭感覚に真面目に向き合ってはならない。
「じゃ、じゃあ私は部屋のお風呂に入ります」
フユミが立ち上がった。
「アタシも〜。個室風呂とかマジわくわくするわ〜」
「私も部屋で済ませます。大浴場まで移動するのは億劫ですので」
女子たちは三者三様に部屋へと戻っていった。
残されたのは俺とアキハ先輩だ。
「私は2階のジャグジーを使いますから、トーマさんは1階の大浴場を広々と使ってくださいな」
「あ、え、いいんですか?」
「ええ。招いた以上は、おもてなししたいので」
「あ、ありがとうございます……」
なんとも気恥ずかしく、俺はタオルと着替えを持って、そそくさと一階の奥へと向かった。
◆
大浴場は、思わず笑ってしまうほど広かった。
湯船からはヒノキのいい香りが漂い、窓の外には夜景が広がる。
俺は一人、ゆっくりと足を伸ばす。まるで、お殿様にでもなった気分だ。
眠くなるまで湯に浸かり、日頃の疲れを癒やした。
そして、風呂上がり。
火照った体を冷まそうと、俺は冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、リビングのソファに腰を下ろした。
しばらくすると、廊下の方からパタパタと足音が聞こえてきた。
「あ〜、さっぱりした〜!」
最初に現れたのはコハルだった。
その姿を見て、俺は思わずムセ返りそうになった。