「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
しばらくすると、廊下の方からパタパタと足音が聞こえてきた。
「あ〜、さっぱりした〜!」
最初に現れたのはコハルだった。
その姿を見て、俺は思わずムセ返りそうになった。
「ん? トーマ、どしたの?」
コハルは下履きが見えないほどサイズの大きい、ダボッとしたTシャツ一枚という格好だった。
濡れた髪をタオルで拭きながら、健康的な肉感の太ももを惜しげもなく晒している。
いわゆる『彼シャツ』スタイルだが、童顔でスタイルが良いコハルがやると破壊力抜群だった。
「あ、トーマもお風呂あがり? 大浴場どうだったー?」
「あ、ああ。広かったよ。……コハル、寒くないの?」
「んー? ぜ〜んぜん」
コハルがソファの右隣にドカッと座り込む。距離が近い。太ももが眩しい。
「おや、お二人ともお揃いで」
続いて現れたのはナツキだ。
ナツキは――なんと、濃紺のジャージ上下だった。
学校指定のものではないが、サイドに白線が入ったシンプルなデザイン。だが、黒髪ショートボブの美少女が着ると、逆にマニアックな需要を喚起している。かくいう俺はマニアなのでよくわかる。
「お、ナッちゃんはジャージかぁ」
コハルの気の抜けた一言に、
「機能性を追求した結果、これに行き着きました」
ナツキはキリッとした顔で返す。そして俺の左隣に座った。
「個室のお風呂、ずいぶん広かったわね」
そして、フユミがやってきた。
フユミは自慢の金髪をおろし、パステルピンクのモコモコしたルームウェアに身を包んでいた。
ジェラピケ的な、触り心地の良さそうな生地。ショートパンツから伸びる脚は白く健やかで、女子力の塊のようなオーラを放っている。
「あら。トーマ、髪ちゃんと乾かした? アンタいっつもドライヤー下手だから少し髪が傷んでるのよ」
フユミは俺の正面に立ち、当たり前のように頭を撫でる。
そのあざとかわいい格好と母性的な対応のギャップに、俺の心拍数が上がる。
最後に、二階から優雅な足音が降りてきた。
「ふふ、湯上がりの一杯は格別ですね」
アキハ先輩だ。
アキハ先輩は――予想通りと言うべきか、光沢のあるシルクのネグリジェだった。
その上からガウンを羽織っているが、歩くたびに生地が揺れ、体のラインが艶めかしく浮かび上がる。
手にはなぜか、トマトジュースが入ったワイングラスを持っている。多分カッコいいと思ってやっている。この人ずっと面白いな……。
だぼTギャル。
ジャージの文学少女。
モコモコ幼なじみ。
シルクのお嬢様。
四者四様のパジャマ姿が、俺を取り囲んでいる。
風呂上がりの湿った空気と、ほの甘い香りが混じり合う。
ここは天国か、それとも理性の処刑場か。
俺は必死にスポーツドリンクを
◆
風呂上がりでユルんだ体が、ソファに深く沈み込む。美少女四天王の面々も似たような雰囲気で、普段は見られないスキのある表情をしている。
時刻は午後九時になったところだった。
「まだ寝る時刻でもありませんし、テレビでも見ましょうか」
アキハ先輩がリモコンを操作すると、部屋が少し暗くなる。
そして巨大なテレビ画面に、金曜ロードショーの導入が映し出された。そう言えば今日は金曜日だった。
続けて、知っているタイトルが出てくる。
「あ、今日は魔女宅なんだ」
俺が呟くと、
「アタシこれ好きなんよね〜」
ダボT姿のコハルがソファから身を乗り出し、ホットココアをちびっと啜った。
「何度観ても色褪せない、ビルドゥングスロマンの傑作ですね」
ジャージ姿のナツキは、ポテチの袋をかさかさと漁っている。
「懐かしいわね」
モコモコの部屋着のフユミは、お高そうなトリュフチョコをつまんでいる。
「ですねぇ」
シルクのネグリジェを着たアキハ先輩は、一人掛けのソファで優雅にトマトジュースを傾けている。
それからは、会話らしい会話はほとんどなかった。
テレビから流れる穏やかな劇伴と、有名なセリフの数々。
ナツキがポテチを咀嚼するパリパリという音。
フユミがトリュフチョコをかじるカリカリという音。
コハルがココアのカップを置くときの、コトっという音。
それぞれが好き勝手な姿勢で、同じ画面をぼんやりと眺めている。
……なんだろう、この空気感。
学園では『美少女四天王』なんて呼ばれて、畏敬の念を集めて、なんとなく遠巻きにされたり、雲の上の人のように扱われている。
しかし、こうしてパジャマ姿で、お菓子を食べながら古い映画を観ている4人の姿は、どこにでもいる普通の女子高生だ。
今は、俺に起因する痴情のもつれを全部忘れている。ただ、同じ空間で、同じ時間をダラダラと共有している。
良かったなぁ、と思った。
俺は、隣で静かに画面を見つめるコハルの横顔を、ちらりと盗み見る。カラーコンタクトを外した瞳は常よりチョット小さくて、三白眼になっている。そっちのほうが可愛いのに、と思うが、伝えるタイミングが見つからずにいる。
そして視線を天井に向けた。
吹き抜けの高い天井では、立派なシーリングファンが、音を立てずにゆっくりと回っていた。
そうこうしているうちに映画はクライマックスを迎え、少女がデッキブラシに乗って空を飛ぶ。
エンドロールが流れ始め、主題歌の優しいメロディがリビングを満たした。
「……終わっちゃったねぇ〜」
コハルが大きなあくびをしてから、空になったマグカップを手に取った。
「もう十一時ね。そろそろ寝ましょうか」
フユミが立ち上がり、伸びをする。
「そうですね。明日に備えて英気を養いましょう」
ナツキも立ち上がり、ポテチの袋を丸めた。
「では皆さん、おやすみなさいませ。良い夢を」
アキハ先輩が優雅に微笑み、先に二階へと上がっていく。
俺たちもそれに続き、それぞれの部屋へと向かう。
嵐のように過ぎ去った合宿初日が、穏やかに幕を閉じようとしていた。