「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

62 / 76
第6話 フユミ、コハル、アキハ、三者三様の朝

「……知らない天井だ」

 

 目が覚めて開口一番、俺は某ロボットアニメの有名なセリフを呟いた。

 

 視界に広がるのは、木目を生かした高い天井。

 聞こえてくるのは、小鳥のさえずりと、風が木々を揺らす音。

 

 カーテンの隙間からは、爽やかな朝日が差し込んでいる。

 

 大きなあくびを一つして、ゆっくりと体を起こす。

 

 そうだ、俺は今、アキハ先輩の別荘で合宿中なんだった。

 

 スマホを確認すると、時刻は朝の七時を回ったところ。

 

 今日は土曜日。学校はない。

 二度寝の誘惑が頭をよぎったが、階下から漂ってくるいい匂いに釣られ、俺はベッドを出た。

 

 トントン、トントン、と小気味よい音が、かすかに響いている。

 

 階段を降りてダイニングキッチンへ向かうと、そこにはすでに先客がいた。

 

「あ、トーマおはよ〜」

 

「おはよう、トーマ」

 

 コハルとフユミだ。

 コハルは髪もメイクもゆるふわでバッチリ決めている。服装は灰色のスウェットとショーパン。

 

 昨夜の完全オフモードとは異なり、部屋着で抜け感とオシャレさを両立している。

 

 対するフユミは、ピンクのジェラピケにエプロン姿でキッチンに立っていた。

 

 味噌汁の香り。炊きたてのご飯の湯気。焼き魚の音。

 

 お手本のような『日本の朝食』を作り上げている。

 

「すごいなフユミ。もう朝食を作ってたのか。ありがたい」

 

「これくらい普通よ。人数が多いから、少し早めに起きただけ」

 

 フユミは事もなげに言いながら、卵焼きを皿に盛り付けている。

 

「いやマジでフユちゃん尊敬するわ〜。アタシなんて自分のことばっかりやってたのにさ〜」

 

 コハルが感心の溜息をつく。

 

火伏(ひぶせ)さんも凄いわよ。毎朝そんなに早く起きてメイクしてるんでしょ? 私には真似できないわ」

 

「えへへ、フユちゃん優しくて褒め上手だな〜。ってかコハルって呼んで」

 

「不意打ちで距離詰めるわねアナタ……」

 

「なにしろギャルなもんでして」

 

 朝に強い女子二人が、互いを称え合っている。尊い光景だ。

 俺が感心しながらホットミルクを飲んでいると、階段の方からゆっくりとした足音が聞こえてきた。

 

「…………おはよう、ございます……」

 

 現れたのは、アキハ先輩だった。

 昨夜のネグリジェから着替え、楚々とした白のロングワンピースを(まと)っている。上から薄手のカーディガンを羽織り、髪も綺麗にブラッシングされ、艶やかに輝いている。

 

 避暑地に住まう深窓の令嬢といった、パーフェクトな装いである。

 

 だが。

 

「……アキハ先輩? 大丈夫ですか?」

 

 その瞳には覇気がなく、虚ろでぽやぽやしていた。

 足取りもフワフワとしていて、まるで酔っ払いのようだ。

 

「……ええ、問題ありませんわ……ただ、血圧が、低空飛行なだけで……」

 

 アキハ先輩は幽霊のような動作で椅子に座り込んだ。

 

「私、朝はからっきしダメなのです……。起動するまで、あと30分は掛かります……。タカ、エスプレッソを……」

 

 クセになっているのか、使用人に指示を出すアキハ先輩。だが、使用人のタカさんは、この別荘にはいない。

 

「アキハ先輩、タカさんはいませんよ」

 

「そうなのですか。ふゃ……」

 

 アキハ先輩は手で口元を覆い、あくびをした。こんなときでも仕草は優雅だ。

 

「エスプレッソにはグラニュー糖を溶け残るほど入れて、ホイップクリームも限界まで盛りつけてください……タカぁ? どこへ行ったのですかぁ……?」

 

「アキハ先輩、タカさんいませんって」

 

「んぅ〜……」

 

 アキハ先輩はややうつむき、こっくりこっくり船を漕いでいる。

 

 まるで幼女だ。

 いつもの覇気はどこへやら。

 どうやらこの生徒会長、朝はポンコツになるタイプらしい。

 

 俺は苦笑しながら、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。

 

「はい、お待たせ。朝ごはんできたわよ」

 

 フユミが人数分の朝食をテーブルに並べ終えた。

 色鮮やかな和定食。見ているだけで食欲がそそられる。

 

「いただきま〜す。……って、あれ?」

 

 箸を手に取ったコハルが、ふと気付いたように首を傾げた。

 

「ナッちゃんがいなくない?」

 

 言われてみれば、ナツキの姿がない。

 食卓には一人分の空席がある。

 

冷水(しみず)さん、まだ寝てるのかしら」

 

 フユミが時計を見る。もう7時半だ。

 

 放っておけば、昼まで寝ているかもしれない。

 せっかくフユミが作った朝食が冷めてしまう。

 

「仕方ないな、俺が起こしてくるよ」

 

 その瞬間、フユミの手がピタリと止まった。

 

「……トーマ?」

 

「ん?」

 

「なんでアンタが行くの? 私が起こしてくるわよ」

 

「いや、フユミには朝飯つくってもらったしさ。それに――」

 

 俺は何気なく、いつもの調子で言った。

 

「あいつ、朝はホントに弱いからさ。毛布を剥ぎ取って、無理やり揺り動かさないと起きないんだよ」

 

 そう、あの日もそうだった……ってアレ?

 

 これ、空白の一週間の記憶だな?

 

「…………へぇ」

 

 室温が、急激に下がった気がした。

 

 恐る恐る振り返ると。

 

()()()()()()()()?」

 

 フユミが、笑顔のままで固まっている。目が笑っていない。

 

「トーマ、ナッちゃんに何してんの? 詳しく聞かせてもらっていい?」

 

 コハルがジト目で睨んでくる。箸を持つ手が震えている。

 

「トーマさん。詳しく説明していただけるかしら」

 

 低血圧で眠りかけていたはずのアキハ先輩の目に、研ぎ澄まされたハイライトがみなぎっている。

 

 ギラッ。

 三方向からの強烈な殺気。

 

 しまった。

 俺はまた、踏んではいけない地雷を踏み抜いてしまったらしい。

 

「い、行ってきますッ!!」

 

 俺は弁解する間もなく、脱兎のごとくダイニングから逃げ出した。

 

 背中に突き刺さる三人の視線を感じながら、俺はナツキの部屋へと向かうのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。