「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
「……知らない天井だ」
目が覚めて開口一番、俺は某ロボットアニメの有名なセリフを呟いた。
視界に広がるのは、木目を生かした高い天井。
聞こえてくるのは、小鳥のさえずりと、風が木々を揺らす音。
カーテンの隙間からは、爽やかな朝日が差し込んでいる。
大きなあくびを一つして、ゆっくりと体を起こす。
そうだ、俺は今、アキハ先輩の別荘で合宿中なんだった。
スマホを確認すると、時刻は朝の七時を回ったところ。
今日は土曜日。学校はない。
二度寝の誘惑が頭をよぎったが、階下から漂ってくるいい匂いに釣られ、俺はベッドを出た。
トントン、トントン、と小気味よい音が、かすかに響いている。
階段を降りてダイニングキッチンへ向かうと、そこにはすでに先客がいた。
「あ、トーマおはよ〜」
「おはよう、トーマ」
コハルとフユミだ。
コハルは髪もメイクもゆるふわでバッチリ決めている。服装は灰色のスウェットとショーパン。
昨夜の完全オフモードとは異なり、部屋着で抜け感とオシャレさを両立している。
対するフユミは、ピンクのジェラピケにエプロン姿でキッチンに立っていた。
味噌汁の香り。炊きたてのご飯の湯気。焼き魚の音。
お手本のような『日本の朝食』を作り上げている。
「すごいなフユミ。もう朝食を作ってたのか。ありがたい」
「これくらい普通よ。人数が多いから、少し早めに起きただけ」
フユミは事もなげに言いながら、卵焼きを皿に盛り付けている。
「いやマジでフユちゃん尊敬するわ〜。アタシなんて自分のことばっかりやってたのにさ〜」
コハルが感心の溜息をつく。
「
「えへへ、フユちゃん優しくて褒め上手だな〜。ってかコハルって呼んで」
「不意打ちで距離詰めるわねアナタ……」
「なにしろギャルなもんでして」
朝に強い女子二人が、互いを称え合っている。尊い光景だ。
俺が感心しながらホットミルクを飲んでいると、階段の方からゆっくりとした足音が聞こえてきた。
「…………おはよう、ございます……」
現れたのは、アキハ先輩だった。
昨夜のネグリジェから着替え、楚々とした白のロングワンピースを
避暑地に住まう深窓の令嬢といった、パーフェクトな装いである。
だが。
「……アキハ先輩? 大丈夫ですか?」
その瞳には覇気がなく、虚ろでぽやぽやしていた。
足取りもフワフワとしていて、まるで酔っ払いのようだ。
「……ええ、問題ありませんわ……ただ、血圧が、低空飛行なだけで……」
アキハ先輩は幽霊のような動作で椅子に座り込んだ。
「私、朝はからっきしダメなのです……。起動するまで、あと30分は掛かります……。タカ、エスプレッソを……」
クセになっているのか、使用人に指示を出すアキハ先輩。だが、使用人のタカさんは、この別荘にはいない。
「アキハ先輩、タカさんはいませんよ」
「そうなのですか。ふゃ……」
アキハ先輩は手で口元を覆い、あくびをした。こんなときでも仕草は優雅だ。
「エスプレッソにはグラニュー糖を溶け残るほど入れて、ホイップクリームも限界まで盛りつけてください……タカぁ? どこへ行ったのですかぁ……?」
「アキハ先輩、タカさんいませんって」
「んぅ〜……」
アキハ先輩はややうつむき、こっくりこっくり船を漕いでいる。
まるで幼女だ。
いつもの覇気はどこへやら。
どうやらこの生徒会長、朝はポンコツになるタイプらしい。
俺は苦笑しながら、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。
「はい、お待たせ。朝ごはんできたわよ」
フユミが人数分の朝食をテーブルに並べ終えた。
色鮮やかな和定食。見ているだけで食欲がそそられる。
「いただきま〜す。……って、あれ?」
箸を手に取ったコハルが、ふと気付いたように首を傾げた。
「ナッちゃんがいなくない?」
言われてみれば、ナツキの姿がない。
食卓には一人分の空席がある。
「
フユミが時計を見る。もう7時半だ。
放っておけば、昼まで寝ているかもしれない。
せっかくフユミが作った朝食が冷めてしまう。
「仕方ないな、俺が起こしてくるよ」
その瞬間、フユミの手がピタリと止まった。
「……トーマ?」
「ん?」
「なんでアンタが行くの? 私が起こしてくるわよ」
「いや、フユミには朝飯つくってもらったしさ。それに――」
俺は何気なく、いつもの調子で言った。
「あいつ、朝はホントに弱いからさ。毛布を剥ぎ取って、無理やり揺り動かさないと起きないんだよ」
そう、あの日もそうだった……ってアレ?
これ、空白の一週間の記憶だな?
「…………へぇ」
室温が、急激に下がった気がした。
恐る恐る振り返ると。
「
フユミが、笑顔のままで固まっている。目が笑っていない。
「トーマ、ナッちゃんに何してんの? 詳しく聞かせてもらっていい?」
コハルがジト目で睨んでくる。箸を持つ手が震えている。
「トーマさん。詳しく説明していただけるかしら」
低血圧で眠りかけていたはずのアキハ先輩の目に、研ぎ澄まされたハイライトがみなぎっている。
ギラッ。
三方向からの強烈な殺気。
しまった。
俺はまた、踏んではいけない地雷を踏み抜いてしまったらしい。
「い、行ってきますッ!!」
俺は弁解する間もなく、脱兎のごとくダイニングから逃げ出した。
背中に突き刺さる三人の視線を感じながら、俺はナツキの部屋へと向かうのだった。